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留置所の元侍女

ここから主人公サーラ視点に戻ります。

 翌朝、翡翠宮殿の出口には、大変すっきりした顔つきのルカルディオ陛下とジルがいた。


「おはようございます! ほんとに早いですね?」


 私は遅れていないはずだった。近衛騎士のサーシャとしての身支度は、ドレスなどと比べてびっくりするくらい簡単だからすぐに終わる。男装最高。


「ああ、私たちが早すぎたんだ」

「ねえー! でも昨夜はサーシャくんがいなくなってから二人ですっごい盛り上がっちゃった!」


 ジルは陛下の肩にべたべたと甘え、朝からえらく見せつけてくる。昨夜、ジルがバルコニーに直接帰って来てから、私はすぐに退室した。そのあとに二人で何か話したんだろう。まあ、誤解があったみたいだからそれが解けて何よりだ。兄弟が仲良くしているのは微笑ましい。陛下に私とジルのあらぬ仲を疑われたときは、きゅっと胃が痛くなったから。


 皇太后陛下が、皇弟殿下と子供を作ったこともあり陛下はその辺に敏感なのかもしれない。私だって、もしお母様がお父様の弟とそういう関係になったら嫌すぎておかしくなる。


「ところで、サーシャ」

「はい?」


 陛下はどこに持っていたのか、ベルベットのマントを広げて私の肩にかけた。


「今朝は少し肌寒い。体を冷やさないようにな」

「あ、ありがとうございます。陛下はいいんですか?」

「私は全く問題ない」


 寒いとは思っていなかったけど、ありがたくマントに袖を通した。ジルがにやにや見ている。


「良かったねえ」

「……?」


 なぜか、2対1という感じがした。ルカルディオ陛下とジルは強力に結託していて、私は手のひらの上で転がされているような感覚だ。


 いたずらでも仕掛けたいのかもしれないが、この二人のことだからそんなに害はないだろう。それより、私にはやることがある。



 ◆


 入れ替わりが終了するまで、あと少しだ。


 私はサーシャの体調が回復したときに何の憂いもないよう、準備しようとしていた。となると、サーシャの近衛騎士の制服に呪いを仕掛けた侍女の問題を解決する必要がある。


 侍女の名前はマヌエラと言い、爵位のない地方領主の長女らしい。今は呪術使用の罪状により裁判を待つ身で、帝都内の留置所にいる。


 サーシャとマヌエラの間には何の関わりもないとは関係者の証言で明らかになった。やっぱり皇太后陛下の差し金でやったのだろうが、そこは尋問官の取り調べにも耐えて答えていないそうだ。


「ルカルディオ陛下」

「何だ」

「お忙しい陛下についてきて頂かなくても、私ひとりで大丈夫ですよ」


 マヌエラに会いに行く許可を取ろうとしたら、陛下も同行すると言って聞かなかった。結局、政務に穴を空けて留置所に来ることになってしまった。私、陛下、バレッタ卿の3人でぞろぞろ移動する。マントは暑くなってきたので勘弁してもらった。


 陛下がお通りになると、留置所勤めの憲兵たちが廊下の両脇に直立して敬礼する。陛下は慣れているかもしれないけど、私は悪いから早く通り過ぎたいな、と小走りになる。


「サーシャ自身がマヌエラに問い質したい気持ちはわかるから便宜を計るが、今さらマヌエラが何か吐くとは思えないな」


 ルカルディオ陛下は浮かない顔だ。


「その道の専門の尋問官相手に強硬な態度だそうですね。でも当事者だからこそ訊けることもあるかもしれませんし、試したいものもありまして」


 怪訝そうな陛下に、私は小さな軟膏入れをポケットから出して見せる。この間、フォレスティ邸に帰ったときについでに取ってきたものだ。


「それは傷薬か? マヌエラに塗って飴と鞭作戦でもやるつもりか?」

「いえ、私に塗ります」

「サーシャに?」

「子供の頃、たまに頼っていた手法です」


 何であれ、やるしかない。マヌエラに守りたいものはあるだろうが、私にも守りたいものがある。サーシャだ。数多くいる近衛騎士の中でサーシャを狙った理由について、少しでも情報が欲しい。


 私は薄暗い地下牢へと降りた。陛下とバレッタ卿はこの上の階の、覗き穴で覗ける部屋にいる。


 憲兵について歩き、いくつも並ぶ牢屋のうちのひとつに案内された。錆の浮き出た鉄格子の向こうに、打ちひしがれた様子のマヌエラが床に直接座り込んでいた。椅子はない。侍女であったときは髪をきりっとひとつにまとめていたが、今は乱れた下ろし髪だ。


 だが、同情ばかりもしていられない。彼女は恐らく皇太后から十分な報酬を受け取っていると、ルカルディオ陛下から聞いた。というのも、マヌエラの実家は投資事業に失敗して借金を抱えていたが、どこからか金を用意して完済したからだ。


 更に陛下は、親子の権力争いにマヌエラを巻き込んだ慰謝料として、退職金名義で高額な給与を彼女の実家に送ったという。何だかんだでマヌエラの実家は助かった。マヌエラは恐らく5年は服役するだろうが、わかっていて選択したのだろう。


「……マヌエラ、覚えていますか。サーシャ・フォレスティです」

「あら、騎士様が私に何のご用かしら」


 案外としっかりした声で、マヌエラはすぐに立ち上がった。髪を手ぐしで整え、力強い眼差しで私を見据える。同情なんていりませんと言外に語っていた。


「どうしているかと心配になりました。留置所は、心身を弱らせて尋問するところですから」


「私の心配ですって? 迷惑をかけられた相手にお優しいことですわね。騎士様は私に一切不埒なことはしていないと、私は既に吐きましたよ。ええ、私が一方的に好きになって、でも叶わぬものと呪いをかけたのでございます。その節は申し訳ございませんでした。ですから早く帰って頂けます? こんな姿を見られたくありませんわ」


 このマヌエラという人は、前回もそうだったけど勢いがすごくて圧倒される。とっとと切り札を使おう。


 私は、手に予め塗っておいた軟膏を目の下と鼻の下に擦り付ける。ツーンとした刺激ですぐに目が潤んだ。


「ううっ……」


 この軟膏には、強力なミント油などが入っている。本来は筋肉痛に使う軟膏だが、子供の頃は嘘泣きに使っていた。マヌエラには弟妹が3人もいるので、良心を揺さぶって悪いけれど泣き落としで聞き出す作戦だ。


「ちょっと……? 何であなたが泣くの?! 泣きたいのは牢にいる私でしょう?!」

「……だって、僕はすごく怖かったんです、ひうっ」


 涙をぬぐうときに失敗して軟膏が目に入った。私のバカ。めちゃくちゃ痛くて、私は荒い呼吸をする。


「ぼ、僕はずっと近衛騎士になりたくてただひたすら頑張って来たのに、何で呪いなんて……ど、どうして僕を……」


 今の私の見た目はサーシャだから、多分すごくかわいくて可哀想に見えるはずだ。目が痛くてよく見えないけれど、雰囲気でマヌエラがうろたえているのがわかった。


「ああもう、そんなに泣かないでよ! 責めるなら私じゃなくて皇帝陛下を責めなさいよ」

「へ、陛下を?」

「そうよ、だってお抱えの画家に、黒髪で紫の瞳の美人絵ばかり描かせてるって有名なのよ」

「え?」


 鼻をすすりながら私は聞く。私とサーシャは黒髪で紫の瞳をしているから狙われたということ?

 それにしても陛下にそんな趣味があるとは知らなかった。


「でも勘違いしないで頂ける? これは私個人があなたを好きで調べ上げたことで……」

「わかっています」

「もういいわ、こうなったら」


 マヌエラは覚悟を決めたように髪をかき上げた。


「皇帝陛下の理想通りの容姿のあなたが近衛騎士になれば、間違いなくご寵愛を受ける。更にあなたにはそっくりな双子の姉がいる話だって有名よ。そうなると、いくら女性嫌いの陛下でも彼女に会うかもしれない、もしかすると、彼女を気に入るかもしれない……だからあなたは狙われるのよ」


「そんな推測に推測を重ねた話で僕に呪いを? しかも呪いは陛下にすぐに見破られるのに?」


 ちょっと納得がいかなかった。マヌエラが手招きするので、私は鉄格子に近付く。


「皇帝陛下に一切女性を近付けたくない方がいるのよ。わかるわよね? 陛下が、万が一にも皇位継承権を持つ子供を作ったりしないように」

「そんな、急に子供なんて……」


 マヌエラが言っているその方とは皇太后陛下だろうけど、ルカルディオ陛下を何だと思ってるんだろう。女性に近付いたからって、お花みたいにそうそう受粉しない。


「おかしいと思うでしょう。でもね、憎しみってそういうものなのよ。愛と同じで、理屈なんて通用しないの」


 マヌエラが低く声を低めているせいで、何だかこの世の真理を教えてくれているように聞こえた。確かに、マヌエラは家族を守るために馬鹿なことをした。そして私もサーシャを守るために、人を騙している。


「……話してくれて、ありがとうございました」


 もう十分だと私はマヌエラから離れる。


「騎士様。最後にもうひとつだけよろしいですか?」


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