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叙任式

「始めよ」


 皇帝陛下の声によって、式典は滞りなく進み、私は決められた通りに、決められた歩数で陛下の前に膝をつく。


「ディランドラ帝国に栄光と繁栄を」

「顔を上げよ」


 命に従って顔を上げると、当たり前だが皇帝陛下と正面から視線がぶつかった。ルカルディオ・アレッサンドロ・ディランドラ皇帝陛下。11歳にして、早世した先代皇帝の後を継ぎ、今年25歳になられた。太陽のような金色の髪と、強い魔力を示す翡翠のような緑の瞳。


 不純な目で見てはいけないと思うけど、無表情でも凛々しくてすごくかっこいい。憧れの気持ちはずっとあった。即位に前後して、なぜか極度の女嫌いを発症されてほとんどの女性はこの姿を目に出来ない。勿体ない、見てるだけでも目の保養になるのに――と思っていると、陛下の眼差しが一際するどくなった。


 私が女だと見破られてないかと、心拍が激しくなる。


「……私、サーシャ・フォレスティは騎士の掟に従い、礼節を守り、勇敢なる騎士として皇帝陛下に忠誠を誓います」


 どうにか声には動揺を出さないように宣誓して、私は再び頭を下げる。陛下が、鞘から剣を抜く音が聞こえた。黒髪を短く切った私の首筋に剣による風がかかる。思わず息を吸う私に、冷たく重い剣が肩に乗せられた。これが叙任式の形式だ。命を捧げる。


「サーシャ・フォレスティを私の近衛騎士として認める」


 陛下の声が頭上から降りかかる。なぜか、動悸は激しくなる一方だった。


 ◆



「フォレスティ卿」


 無事に叙任式を終え、ほっとして近衛騎士の詰所に向かう途中に私は呼び止められた。


「はい?」

「皇帝陛下がお呼びです。こちらへ」


 呼び止めたのは、陛下の侍従と思しき若い青年だった。大きな目をしている。


「わ……私をお呼びと?」


私はすっと背中が冷たくなった。


「はい。早くお越し下さい」


 初日から陛下に呼ばれるなんて、私の正体がばれたくらいしか理由が思いつかない。そういえば、陛下は穴が空きそうなくらい私を観察していた。どうしよう、陛下を欺いた不敬罪とかに問われたらサーシャに大迷惑だ。陛下の足でも何でも舐めるから許して欲しい。


「サーシャ、私もついていこうか? 可哀想に、生まれたての小馬のように震えてるじゃないか」


 ベラノヴァ団長が、ガタガタ震える私を支えようと肩に触れた。


「だ、大丈夫です! では、団長!! 行って参ります!」


 魔女の魔法によって、私は誰が見ても弟のサーシャに見えるはずだ。だが、触れられるのはまずい。私は震えながら団長から離れ、侍従の青年の後をついていった。



 私は陛下の執務室らしき部屋に連れていかれた。室内には、お仕事中の陛下と、現在の側仕えの近衛騎士、バレッタ卿がいた。側仕えは、特に精鋭が務めるらしい。


「サーシャ・フォレスティです。お呼びとあって参りました……」


 息も絶え絶えで私は膝をつく。


「顔が真っ青ではないか、やはりな。楽にしていい」


 陛下は羽ペンを置いて苦笑した。信じられない、笑ってる――ということは私が心配してることとは違うんだろうか。


「サーシャ。どうして呼ばれたか、心当たりはあるか?」

「っ……あ、あの……」

「わからないか?服を脱いでみろ」

「えっ?!」


 ルカルディオ陛下は、何でもない口調ですごい命令をされた。


「へ、陛下、申し訳ありません。いくらなんでもそれはその……」


 お嫁に行く予定は全くないが、男性が2人もいる前で服を脱いだらお嫁に行けなくなってしまいそう。側仕えのバレッタ卿は表情ひとつ変えずにこちらを見てきている。


「男同士だというのに、何をそんなに照れている。その上着に何か、呪いがついているから見せてみろ。式のときに、この聖顕の瞳で見えたんだ」


 陛下はふっと笑い、椅子から立ち上がって私の目の前まで来た。男同士、という大事なお言葉に私は生きた心地がした。それから、呪いという言葉は絶対聞き逃せない。今、邸で寝込んでいるサーシャに呪いをかけたのと同じ人物の仕業かもしれない。


「お待ち下さい」


 私は12個もある近衛騎士の制服の金色のボタンを手早く外した。この下にはシャツを着ているので、上着だけなら大丈夫だ。問題ない。

 私が上着を脱ぐと、陛下は躊躇なくそれを手に取って、机に広げた。でも脱いだばかりの服を皇帝陛下に調べられるなんて、すごく恥ずかしい。


 陛下は上着の胸の辺りの裏側を指先でなぞる。すると、淡く光る複雑な魔法紋が表れた。


「わ?! 何でしょうこれ……」

「サーシャはこの魔法紋に生気を奪われていた。だから具合が悪かったんだろう」

「動悸がするとは思っていました」

「顔色が戻ってきたようだな」


 陛下は私の顔を覗き込んで、微笑んだ。でも距離があまりに近く、また動悸はぶり返してしまう。思ってたより陛下って優しい。


「しかし、この私の近衛騎士に手を出すとは不埒な輩だ。見つけ出して、処罰を与えなければ」


 ルカルディオ陛下が指で魔法紋を弾くと、それはさっと儚く消えてしまった。陛下は聖顕の瞳を持つすごい魔法使いでもある。だから11歳で即位して、今まで御無事でいられたんだろう。陛下自身に呪いは通用しないし、周囲にあっても全てお見通しだという。


「お気持ちだけありがたく頂戴いたします。ですが、私に降りかかった火の粉ですから自分で犯人を見つけます。お忙しい陛下の手を煩わせられません」


 サーシャを何度も呪おうとする輩を、どうにか私自身で捕まえたい。


「当てもなくか? サーシャは呪いを見抜けないだろう」

「それは、ですね……」


 口ごもる私を、陛下は改めて上から下まで観察した。


「サーシャ、私の近衛騎士になったからには、もう君は私のものだ」

「はい」


 疑問符を隠して私は返事をする。そうなのかな。確かに、元老院を通さずに皇帝陛下が直接動かせる私兵だし、陛下の手駒ではあるけど。


「私のものに呪いをかけた人物を放ってなどおけるか。絶対に許さん」

「……」


 陛下の口元は笑っているけど、翡翠の瞳には静かな怒りが感じられた。いや、結構激しいかも。


「サーシャ。今から、バレッタ卿と共に私の側仕えを命じる。私の近くにいた方が見つけやすい」


 そう言いながら陛下は、上着を私の肩にかけてくれた。


「陛下のご命令とあらば、忠義の限りお仕えいたします」


 仕事にしか興味のない冷徹な皇帝だという噂もあったけど、ルカルディオ陛下は思ったより熱い人だ。


 私も決意を新たにした。皇帝陛下が協力してくれるなら、サーシャに呪いをかけた人物をすぐに見つけられるかもしれない。

 そうしたら、本当のサーシャが近衛騎士として勤められる。

 私は、平和だけど少し退屈な日々に戻るだけ。

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