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もうひとつの魔法

 安心感に浸ってサーシャと取り留めのない話をしていると、開け放しのドアが控えめにノックされた。


「お嬢様。お連れ様は応接室にお通ししましたが、どういたしますか?」


 うちの家令、カルルッチだった。フォレスティ家に長年勤めてくれている人で、私たちの事情を知っている数少ない人物だ。


「そうだった……」


 馬車を飛び降りてきた私は、ジルとベラノヴァ団長のことをすっかり忘れていた。サーシャがびっくりしたように息を呑む。


「サーラひとりで来たんじゃないの? 大丈夫?」

「そうなのよ。えっと、サーシャに呪いをかけた犯人と協力者と一緒に来たの」

「えっ?」


 何がなんだかわからずに目を見開くサーシャに、私は今回の呪いによる事件の全貌をやっと伝えた。


 ベラノヴァ団長がサーシャを愛したが故に、呪いをかけたこと。それから、私がサーシャに擬装していることを見抜きながら協力してくれているジルについて、彼が先帝の隠し子という身の上だけを省いて話す。


 私が決闘で勝ち、ベラノヴァ団長のこれからは私たちで決めていいと言われたことなども説明した。


「――あと、団長はサーシャに直接謝りたいとも言ってたけど、どうする?」

「やだ。弱ってる姿を見せたら負けって感じがする」


 サーシャは手負いの獣みたいにきっと目元を強めた。


「じゃあ謝罪は受けないのね? ベラノヴァ団長にはこのまま会わずに、修道士になってもらう?」


 ベラノヴァ団長は、罪を償うために輝かしい身分や経歴を捨てて修道士になると自分から提案していた。サーシャは激しく首を振る。


「そんなのは、いい。もちろん僕だって、怒りの感情はある。僕の夢を潰そうとして、サーラにもすごく迷惑をかけた。でも、感情に任せて私的に人を裁こうだなんてベラノヴァ団長と同じレベルになるだけだ。僕は、回復したら自分でベラノヴァ団長に勝つ」


 息を荒らげてそう言うサーシャは、我が弟という感じがした。普段は穏やかで繊細なところさえあるのに、実は負けん気が強い。手を伸ばして、サーシャの滑らかな黒髪を撫でた。


「わかったわ」

「うん、でもこれは僕の意見。サーラが決闘に勝ったんだから、あとはサーラが決めて……」

「別に、サーシャさえ治ってくれたら私はいいの。ねえ、いつから復帰できそう?」

「それは……」


 サーシャは途端にしょんぼりした顔になって、シーツを胸元に引き寄せた。


「まだ無理そうなの?」

「うん……体力がすごく落ちちゃって。歩くのもまともには出来ないんだ。ごめんね」

「サーシャのせいじゃないんだから、謝らないで。いいわ、もうしばらく休んでて」


 サーシャは平気そうに振る舞ってるけど、やっぱりすごく苦しかったんだろう。私はまだサーシャとして近衛騎士を続けることになりそうだ。回復を待つだけなら、全然問題はない。


 だけど、懸案事項がひとつあった。

 ルカルディオ陛下は、どうしても(サーラ)の顔を見て呪いがかけられてないか確認したいと言っている。陛下が熱を出したことで延びてはいたが、もう限界だろう。


「サーラが心配してるのは、ルカルディオ陛下の訪問でしょ?それについては考えたよ」

「私が一日だけサーラに戻るとか?輝石の魔女が協力してくれるかしら」

「ううん、僕がサーラの姿になる」

「……!!」


 私とサーシャはしばらく見つめあった。


 私がサーシャでサーシャが私。

 何か決定的に間違っているようでいて、それしか手段が見当たらない。洞察力と推理力に優れたルカルディオ陛下を騙し続けるには、常識はずれのこのやり方しかないだろう。


「い、いけるかしら」

「サーラから2日前に連絡をもらってすぐ、輝石の魔女に打診したよ。そしたら面白そうだから協力してくれるって」


 私より余程賢明なサーシャは、呪いに魘されながらも最善策を取ってくれたようだ。でも輝石の魔女が何を考えているか、若干の不安があった。


「私たち、泥沼にはまってない?」

「大丈夫。サーラよりかわいいサーラを演じて、陛下にはサーラに惚れてもらうよ。だって、サーラは陛下が好きなんでしょ?」

「いや、それはその……」

「だから僕の姿では、あんまり変なことしないでね。僕は陛下に対して尊敬の気持ちだけだから」

「へ、変なことなんて何も」


 恥ずかしいやら何やらで私はしどろもどろになる。手を繋いだなんて言わないことにした。



 ジルの協力もまだまだ仰ぐことになりそうなので、私はサーシャの部屋を出て、待ってもらっている応接室に移動した。


「お待たせしました」


 応接室は、家のメイドが用意したお茶やお菓子の甘い匂いが漂っていたが、あまり良い雰囲気ではなかった。ジルとベラノヴァ団長は楽しく談笑などはしていなかったらしい。


「サーシャは呪いが解けたようで、楽になったと言っています。ただベラノヴァ団長には今は会いたくないそうです」


 私の報告に、ベラノヴァ団長は少なからず動揺したようだ。立ち上がりかけていた中途半端な姿勢のままぴたっと止まってしまう。


「そ、そうか、わかった……」

「私的な刑も、行いたくないそうです。これは私も同意見です。ベラノヴァ団長は今まで通りお過ごし下さい」

「いや、私はあなた達の精神的な負担になるつもりは全くない。だが、サーシャが復帰するのなら、私が団長であっては嫌だろう? サーラも心配ではないか? 遠慮はいらないから……」


 厳罰を望むベラノヴァ団長に面倒だなと思ってしまってから、すぐに思い直す。面倒なのは私かもしれない。


 ベラノヴァ団長は敗者の責任を果たそうとしているだけだ。そして私には勝者の責任がある。はっきりさせなきゃいけない。曖昧な態度では納得してはくれないんだ。


「……ベラノヴァ団長。聞いて下さい」


 私はベラノヴァ団長の向かいに腰かけ、背筋を伸ばす。


「私だって、怒っていました。でも、私と同じ気持ちを他の人に与えたくありません。怒りや憎しみによる報復がどれだけ多くの人を傷つけるのか、今回の件でわかりました」


 ベラノヴァ団長が今の地位を捨てれば、彼の周りを囲む家族や、家人や、近衛騎士団員たちがきっと悲しむ。私に彼らを傷つける資格はない。であるなら、私は、許さなくてはいけない。サーシャを苦しめ、傷つけたこの男を。


「サーラ……」


 ベラノヴァ団長は目を見開き、私の名を力無く呼んだ。


「私は、一切の責を問わずベラノヴァ団長を許します。信じてくれますか」


 自分に言い聞かせるように、ゆっくりと宣言する。ベラノヴァ団長は、信じられないと言いたげに瞬きを繰り返すので私の口許が緩んだ。


「無理でも信じて下さい。それが私の望みです」

「本当に、それだけでいいのか……?」

「はい。ベラノヴァ団長は優れた方です。剣の強さは、言うまでもありません。決闘をして身に染みました。修道士になるなど勿体ないですよ。だって、私の人生より長く剣を握って、たゆまぬ努力をされてきたのでしょう」


 ふと、寝込んでいたときの陛下の声が鮮明に思い出された。私の手を握って、努力家の手だと、好きだと言ってくれた。あのときに私の心は大きく書き換えられたのかもしれない。


 実はすごく嬉しかった。


 私の努力は、ベラノヴァ団長みたいに形になっていない。いい歳して家庭教師とか、サーシャの代わりとか、そんなことしか出来ない。認めてくれたのはルカルディオ陛下が初めてで、泣きそうなくらい嬉しかった。


 他人の努力に気づいて、価値を認められる、ああいう人に私はなりたい。目の前にベラノヴァ団長が居るのに、私はルカルディオ陛下を思っていた。


「ありがとう……」


 ベラノヴァ団長は自分の胸元のローブをぐしゃっと握った。青い瞳が潤み、涙が零れ落ちそうに見える。


「はは、サーラ様はお優しいですね」


 別の次元で感情を昂らせている私とベラノヴァ団長に水を差すように、今まで黙っていたジルが笑った。

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