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決闘

 私とベラノヴァ近衛騎士団長の決闘は、翌日の業務が終わった夕方に決定した。早くサーシャを呪いから解放してあげたいから、私は事を急いだ。


 しかし、審判を頼んだ副団長から、ものすごい速さで噂が広がったらしい。茜色の夕陽に照らされた訓練場は、近衛騎士や王宮騎士などの見物人で溢れかえっている。


 騎士たちは決闘を好む生き物で、やるのも見るのも大好きなのだ。


 もちろん、大昔のように相手を殺傷するような決闘は禁止されている。剣は刃をつけていないレイピアを用い、相手の胴体に攻撃を当てたら勝利となる決まりだ。胴体には魔物素材を織り込んだ防具を身に付ける。


 決闘の名目は、ある程度事実に沿って『サーラ・フォレスティを賭けて』というものとなった。私は姉のサーラを、ベラノヴァ団長に紹介したくない弟のサーシャとして戦う。私がサーラなので微妙な気分だけど。


「信じられない、勢いでベラノヴァ団長に決闘を申し込むなんて。よく考えてと言ったじゃないですか。負けたら、陛下のことはどうするんですか。前もって僕に相談してくれれば、色々な手段の用意だって出来たのに、昨日の今日だなんて」


 ジルはぷりぷりと怒りも露に、一気にまくしたてている。噂を聞きつけて、日中からずっと文句を言いたかったのだろう。


 片方は青、もう片方は緑の大きな目が吊り上がって今にも噛みついてきそうな迫力だ。だけど、開始までこうして誰かが付き添ってくれるのがありがたい。私は余裕の笑みを作る。


「大丈夫です、負けませんよ」

「ベラノヴァ団長に正攻法で勝てると思ってるんですか? 彼は近衛騎士団で1、2を争うくらい強いから団長なんですよ。敵うとしたら、バレッタ卿くらいです」


 そのバレッタ卿は、遠くの席から切れ長の目で私を睨むように見ている。多分、遠いせいだろう。体調が回復したルカルディオ陛下も私とベラノヴァ団長の決闘を見たがったので、訓練場に立派な席が用意された。バレッタ卿は当然ながら、陛下の隣に胸を張って控えている。


「私はそのバレッタ卿のご指導を受けてますから」

「たった数日でしょう?! いくら元々心得があるといっても、あなたはその、あれですし、絶対にベラノヴァ団長が勝つと思いますが」


 私が女性であり、力では基本的に敵わないということをジルはゴニョゴニョぼかして言った。


「ええ、誰もがそう思うでしょう。ベラノヴァ団長自身も。だからこそ、私が精神的に有利なのです」

「というと?」


 ジルは小首を傾げた。私は再び笑う。勝負の前には、意識して笑うことが大事だ。無駄な力が抜ける。


「勝ち目のないはずの勝負を持ちかけるからには、何か仕掛けがあると考えるでしょう。まあ何もありませんが、ベラノヴァ団長は疑心暗鬼になっています。見てください、あの顔を」


 離れたところで、準備運動をしているベラノヴァ団長の顔には、余裕があるように見えなかった。私の視線に気付いたベラノヴァ団長は、ぎこちない笑みを浮かべた。私は、思いっきり笑って見せる。


「挑戦者の方がいつだって心理的に優位なのです」

「だからって……」


 頭の良いジルは納得していない様子だった。確かに、心理的に優位でも実力が拮抗していなければ、勝負にならない。


 ただ決闘の規則がある以上、私が勝てる可能性は十分にある。剣をベラノヴァ団長の胴体に当てれば良いのだ。サーシャとの勝負では、10回中7回は勝ってきた。


 どんなに優れた騎士であっても一瞬の隙はある。


「心配いりません。ですから、ジルは私が勝ったあとの諸々をお願いしますね」


 私はジルにそう言った。ベラノヴァ団長に勝ち、魔方陣を破壊したあとの細かく難しい処理は何もかも知っているジルに任せたい。


「あなた、もう勝った気でいるんですか?! 信じられない、こわっ」


 大げさに額に手を当てるジルの様子に私は笑ってしまう。口調も随分くだけてきて、かわいらしい。ジルは弟っぽさがある。


「応援しててください」


 私は剣を持って、決闘の舞台へと進んだ。何でもない訓練場が今や私の運命を決める場だ。負ければ私はベラノヴァ団長のものとなる。あまり深くは想像したくない。


 黄褐色の踏み固められた地面は、長年騎士たちの汗を吸い込んでいるせいだろうか、決闘にふさわしい貫禄があった。周りを囲む騎士たちが、大歓声をあげた。


 ベラノヴァ団長も続いて入場する。私のときより、もっと大きな歓声があがった。


「存分にかかってきたまえ、フォレスティ卿」

「ベラノヴァ団長の胸をお借りします」


 何度も素振りを行っていたベラノヴァ団長の褐色の肌はうっすら汗ばみ、滑らかに光っていた。私は持久力に自信がないので、準備運動は軽く体を伸ばしただけだ。


 こうして間近で向かい合うと、ベラノヴァ団長は更に大きく見えた。手足が私より長い分、完全に有利だ。私が届かない間合いで、彼は私に切っ先を当てられる。


「構え!」


 審判役を務める副団長が声を張り上げた。


 私はレイピアの柄を一度きつく握り、それから細く息を吐いて力を抜く。手を保護する、半円状の護拳に人差し指をかつんと当て、握り直す。勝負の前のちょっとした儀式だ。剣の先端を斜め上に向け、構えた。


「始め!」


 先に踏み込んできたのは意外にもベラノヴァ団長だった。想像以上の俊敏さで、私の間合いに入ろうとする。


 レイピアの刃渡りは私の腕よりずっと長い。ベラノヴァ団長の腕の長さもあり、届く範囲はかなり広い。矢のような鋭い突きを後ろにステップして避ける。後ろに下がるステップの速さは負けないつもりだ。


 ベラノヴァ団長が感心したように青い目を細める。私がレイピアを地面と水平に倒し、攻撃に転じようとするとベラノヴァ団長が後退した。


 ――いける


 一歩、二歩と後ろに下がるために、足を浮かせた瞬間。地面に足が着く前の不安定な体制。そこを狙って私は突きを繰り出した。甲高い金属音が耳に届く。


「くっ……」


 声をあげたのは、私だった。恐るべき反応速度で、私の突きはパラードされた。剣で剣を叩くという、盾を持たない決闘の基本の防御法だ。


 ずしりと重い一撃がレイピアから私の手に伝わった。反動で柄についている護拳に指がぶつかるくらいに、強い衝撃だった。流石に、近衛騎士の団長なだけある。


 だが、ベラノヴァ団長のパラードには力が入りすぎていた。本来は受け流すだけでいい。そうでなければ、いくら腕力があるベラノヴァ団長でも、長いレイピアを思い切り振り下ろした後には隙が生まれる。再び持ち上げるための――


「はあっ!!」


 私は指の痛みを無視して踏み込み、がら空きのベラノヴァ団長の胴体に突きを入れた。当たった。確かな手応えと同時に、自分自身の胴体に何か触れた感覚があった。


 信じられない。


 ベラノヴァ団長は、今の体勢からあっという間に私に突きを入れた。なんという膂力。恐怖を振り払うように私は後ろに飛び下がり、審判の顔を見た。


 審判役の副団長は公平な判断をしてくれるはずだ。そう誓ってくれた。


 私とベラノヴァ団長の攻撃はどちらが先に当たっていたのか。祈るような気持ちで、まばたきもせずに、迷った様子の彼を見つめる。その腕は、どちらに上がるのか――


「同時突き!」


 審判の判定に、観衆が、割れんばかりの大声をあげる。賛成と反対、両者入り交じっているように聞こえる。だが、審判の判定は絶対だ。彼はどちらの腕も上げなかった。


「もう一度、ですね」


 息が上がっているのを気付かれないように、私はベラノヴァ団長に軽く笑って見せた。緊張と重圧のせいか、ほんの僅かな戦いで予想以上に消耗している。額に汗を感じた。


「ああ、次こそ決着をつけよう」


 答えるベラノヴァ団長は、私側に仕掛けがないことに気付いてしまったのだろうか。余裕がありそうだった。

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