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ベラノヴァ近衛騎士団長

 夕食が済み、各々の自由時間である夜に私はベラノヴァ団長の私室を訪れた。近衛騎士たちの私室は、紅玉宮という場所にある。団長はひとり部屋だ。


「団長、サーシャ・フォレスティです。お話があります」


 ノックをして呼びかけると、ややあって扉が開いた。私から仕掛けた突然の訪問にも関わらず、ベラノヴァ団長はどこか優位に立った者の笑みを浮かべていた。


「君から来るとはね。入りたまえ」

「失礼します」


 団長の部屋に入るのは少し緊張した。流石に近衛騎士団長を務めるだけあって、私に背中を向けていても後ろに目がついているかのようで隙が全く見当たらない。


 団長用の部屋は結構広く、2部屋続きらしかった。入ってすぐ部屋には、向かい合わせに置かれたひとり掛けソファが2つと、間にテーブルがあった。私は席を勧められたが、立ったままにした。ベラノヴァ団長は片方に深く腰掛け、足を組む。そして黙したまま青い瞳で私を見上げた。言いたいことがありすぎて何から話そうか、逡巡してしまう。


「あの……」

「君はサーラ・フォレスティだね?」


 ベラノヴァ団長は、息を吸って口を開きかけた私の発言を遮るようにそう言った。いやらしい方法で虚を衝いてくるものだ。


「団長、いきなり何を言うのですか」

「とぼけなくてもいい。君は、サーシャ・フォレスティではない。サーラ・フォレスティだろう」


 あまりはっきり言われると心拍が乱れそうになるが、努めて冷静を装う。ベラノヴァ団長はやっぱり全てを知っていた。


「どうしてそうおっしゃるんですか?」


 ここまではっきり言えるのは、サーシャがここにいない理由を作った人しかいない。つまり、ベラノヴァ団長がサーシャに呪いをかけたんだ。どうにか自白してくれないか問いかけると、ベラノヴァ団長は笑った。


「君は気が強いんだね。わざわざ近付いてきて吠える子犬のようで、躾けてあげたくなる」


 何となく気持ち悪かった。背中を駆けめぐる悪寒に、私は一歩後退する。


「私は君に、ずっと会いたかった。今ここで君の真の姿を暴いても構わないんだ」


 もしかして、私にかかっているサーシャに見せる幻覚魔法の解き方を知ってるのかもしれない。最低な脅し文句だ。


「会いたかったとはどういうことですか? 私と団長の間には何のご縁もありませんよね?」


 私はサーラとして、ベラノヴァ団長に会ったことはない。断じてない。褐色の肌に銀髪、青い瞳という珍しい容姿をした団長ともし会ってたら、間違いなく印象に残る。


「会ったことはない。君は本当に深窓の令嬢で社交界にも顔を出さないから」

「ではなぜ」

「私はサーシャの顔が好みだったんだ」

「は?」


 呆気に取られた私を、ベラノヴァ団長は目を細めて見る。


「この歳まで、誰かにこんなに心を奪われたことはない。その艶やかな黒髪、そして謎めいたアメジストの瞳は私を誘惑している」

「してないと思いますし、それならそうとサーシャに気持ちを伝えたら良かったじゃないですか」

「伝えたが、断られた」


 でしょうねと言いかけて、私はやめた。もうベラノヴァ団長は全然好きになれないし憎いくらいだが、人の傷口に塩を塗る趣味はない。サーシャは、小さくてかわいいものが大好きだから、ベラノヴァ団長みたいに大きくてたくましい人は好みじゃないんだろう。


「……私はサーシャに振られ、失意の底で苦しみ抜いていた。だが先日、ルカルディオ陛下から、サーシャにそっくりの双子の姉がいると聞いたのだ。それで陛下に取られる前に紹介してくれとサーシャに何度も頼んだが、それすらも断られた」

「……」


 私はサーシャの優しさに心から感謝した。代用品として紹介されたくはないし、私は早い者勝ちの景品でもない。


 サーシャは、知らないところで私を守ってくれていた。ベラノヴァ団長の話など、微塵も私に話さなかった。


「つまり、ベラノヴァ団長は付き合うことも、私を紹介することも断ったサーシャを恨んで呪いをかけたのですね。薊の魔女に依頼して、禁忌の黒魔術を用い、穢れを取るために二日間、休みを取った」

「そうだ」


 私は改めて、ベラノヴァ団長の罪を詳細に述べた。知りたかったことがやっとわかった。


「皇太后陛下は関係ありますか?」

「いや、完全に私の私怨によるものだ」


 簡単に頷くベラノヴァ団長の瞳は落ち着いたものだった。まだ優位に立っているつもりらしい。


「しかしサーラ、君は決定的な証拠を握っていない。一方で、私は証拠である君自身を今すぐにでも捕まえられる」


 ベラノヴァ団長が椅子からおもむろに立ち上がったので、私は身構えた。身長の高いベラノヴァ団長に見下ろされようと、怯みはしない。


「――君は女性の身であることを隠して皇帝陛下を欺き、皇宮中の人間を騙し、偽の騎士の誓いを立てた。名門であるフォレスティ家が取り潰しになってもおかしくない重罪を犯しているんだぞ。今や君を守れるのは、私だけだ。私のものになるのなら、黙っておいてやろう。そして君とサーシャを救ってやれる」


 抜け抜けと厚かましいことを抜かすベラノヴァ団長に私は今すぐ殴りかかりそうになった。人を呪っておいてよくも守るだの何だのと言えたものだ。私は深く息を吐き、何とか自制して笑みを作った。


「ベラノヴァ団長のものになれですって?」

「交渉できる立場か?」

「交渉ではなくただの感想です。呪いなんて卑怯な手段を使う方など、生涯お慕いできません。本当にそれでよろしいのですか?」


 わざと嘲るように、私は挑発した。ベラノヴァ団長は、物理的にも精神的にも私を見下している。見下している相手からバカにされたら、さぞかし悔しいだろう。ベラノヴァ団長は片頬を引き攣らせた。


「そのような口の利き方が出来ぬよう、すぐに躾けてやる」

「口の利き方を変えても、心は変わりません。私の心が求めているのは、私より強いお方」


 私は敢えて、触れそうなくらいにベラノヴァ団長に近付いた。剣術が得意な人ほど、この間合いを嫌う。一般的にはもっと離れたところで斬り合うからだ。予想通りに団長は数歩後退した。


「団長、私と決闘して下さい。私に勝ったのなら、あなたに身も心も捧げると誓います」

「ほう?」


 意外そうに、ベラノヴァ団長は眉を上げた。


「結果が見えている勝負に挑むというのか?」

「私はこれでもフォレスティ家の端くれです。結果は蓋を開けてみないとわかりませんよ」


 ベラノヴァ団長は自分の手のひらを見て、おかしそうに笑った。


「就任式の日、一度、君の背中に触れた。いかにも華奢なお嬢さんだったではないか。打ちのめすには気が引ける」

「丈夫に出来ていますから、どうぞ私の心根を叩き直して下さい。その代わりもし、私が勝ったらすぐにサーシャの呪いを解いて下さい。それと私の行動について他者に一切言及しないこと。騎士として、誓って頂けますか」

「わかった。このベルトルド・ベラノヴァが真に誓おう」


 ベラノヴァ団長は優雅に胸に手を当て、一礼をしてから私をじっと見る。


「君は……思っていた以上に面白い。本当の姿は知らないが、その心に惚れてしまいそうだよ」

「そうですか。ではお手柔らかにお願いしたいですね」


 彼にどう思われようと関係ない。ただこれしか手段がないと結論が出た。無理に捕らえ、私のことを騒ぎ立てられても困る。


 ベラノヴァ団長が、自尊心が高い人間であったのが唯一の救いだ。挑発に乗ってくれた。


 あとは、決闘に勝つだけ。


 その方法はまだ考えていないが、勝たなければいけない勝負だ。

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