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疑惑の芽

「バレッタ卿、ベラノヴァ団長について知ってることを全て教えてくれませんか?」


 ルカルディオ皇帝陛下不在の執務室で、書類整理をしながらバレッタ卿に私は話しかけた。明日すぐに陛下が取りかかれるように私たちで下読みして、必要そうな資料を添付して置くのだ。


「何で急にベラノヴァ団長のことが知りたいんだ?」


 バレッタ卿の切れ長の赤い瞳は、今日も鋭く私を睨む。だけど慣れてきたせいか、この目付きに私は親しみを感じ始めていた。何もかもを話したジルには、バレッタ卿でさえ一度は疑うべきだと言われたけれど、私は信じたいと思っている。


「どういう人なのか気になりまして」


 ベラノヴァ近衛騎士団長は、(サーラ)が皇后候補になるかもと知っている、最後のひとりだ。ルカルディオ陛下が、サーラ嬢なら平気かもと何気なく発言した際に部屋に居たのは、彼と、バレッタ卿と、ジルである。バレッタ卿とジルを味方とした場合、ベラノヴァ団長しか怪しい人がいない。


「ふむ……まあ、フォレスティ卿は初日から陛下に気に入られすぎて、近衛騎士になってからあまり話が出来ていないか」

「はい。昼休憩のときに交代するだけで、団長とは全然まともにお話したことないんです」

「ん?」


 書類を整理していた手を止めて、バレッタ卿が不思議そうな顔つきになった。


「フォレスティ卿が王宮騎士団にいるときから、たまにベラノヴァ団長と話しているのを私は見たが」

「え?」

「近衛騎士団に入りたくて団長に媚びを売ったって、近衛騎士団は実力主義なのになあと思ってたから、確かな記憶だ。まあお前は結局、幼い頃の陛下とのご縁と双子の姉のおかげでまんまと入団した訳だが」

「……」


 私は自分の不手際を呪った。ベラノヴァ団長とサーシャは、就任式以前から接点があった。サーシャからその辺をちゃんと聞き取りしておけば良かった。熱があってまともに話は出来なかったとは言っても、大事すぎる情報だ。



 でも、私はあの日が初対面だと思い込んでいた。だから私は、そういう態度を取っていたのに何も言われなかった。つまりベラノヴァ団長は、私がサーシャではないと勘づいている可能性が大いにある。


 そういえば彼に背中とか叩かれたけれど、見た目と実際の感覚の差について何も言わなかった。私はサーシャより明らかに筋肉が少ないから、触って気付かないはずがない。


「……なあ、そんなに怒らないでくれ。すまない、冗談だ。フォレスティ卿は実力で近衛騎士団に入ったと思う。君は外国語が得意だし、力はないが剣術の技量に優れた騎士だ」


 私が思索にふけって黙っていたら、バレッタ卿が勝手に反省してくれた。やっぱり憎めない人だ。


「ほかにベラノヴァ団長について、バレッタ卿が知っていることを話して下さい」

「いや団長の私生活のことはほとんど知らないぞ。33歳で未だに結婚していないが、理由を聞く程仲良くない」

「うーん……」


 それは関係なさそうだけど、私はベラノヴァ団長の笑顔を思い浮かべる。交代のときには爽やかな笑顔をいつも見せてくれていた。褐色の肌に銀髪が映え、甘く華やかな顔立ちの近衛騎士団長がどうしてサーシャに呪いなんてかけたのだろう。動機がわからない。



 ◆




「という訳で、ベラノヴァ団長の皇宮内の私室か、帝都にあるベラノヴァ邸に魔方陣がないか、調べて欲しいのですが」


 私は、静養中のルカルディオ陛下に付き添っているジルを呼び出した。陛下の寝室はすぐ後ろという廊下での話だが、ジルは素早く遮音の魔法を唱えた。

 ジルは今までは私の前で魔法を使わなかったけれど、輝石の魔女の息子だと明かしたせいか、もう隠す気がないのだろう。私には魔力量から言って絶対に無理な、高位の魔法だ。顔色ひとつ変えずに、ジルは私の質問に答える。


「皇宮内の彼の私室ということはないでしょう。近衛騎士の部屋の清掃を受け持つ侍従は、全員僕の手下ですから、不審なものがあればすぐに報告が来ます」

「そうなんですか」


 ジルは密かに侍従たちをまとめあげ、そんな情報網を持っていたらしい。物凄い魔法も使えるし、ジルの助力は猫の手どころじゃなかった。


「ちなみに僕の方でも、ベラノヴァ団長について調べました。確かにあなたの就任式の数日前、申請して2日休みを取っています。でもベラノヴァ邸を調べるのは難しいですね」

「そうですよね」


 ベラノヴァ邸は大きいし、家人もたくさんいるだろう。秘密裏に全部の部屋を見て回る手段がない。策が思い付かない私とジルはお互いに首を傾げて顔を見合わせる。


「思い切って、私がベラノヴァ団長に直談判してみましょうか」


 迷ったら、突撃。私はそのように生きてきた。


「何て言うんですか?実家を見せてと?」


 呆れを隠さずにジルはため息をついた。何だか、彼は昨日までと比べて感情が明け透けになった気がする。身分を明かしたことで不可思議なベールを脱ぎ捨てたみたい。今までの悠然とした微笑みではなく、バカにした感じで顎を少し上げる。


「あなたにはもう少し思慮深くなってもらいたいですね。世の中を甘く見すぎです。そもそも、良くもその身ひとつで皇宮に乗り込んで来ましたよね。よほどの策がある切れ者か、ただの向こう見ずかどちらかと思いましたが、後者でしたね」

「ふ、ふん……」


 怒涛の説教を食らって私は鼻を鳴らす。ジルって口うるさいタイプだったんだ。言い返したら百倍になって返されそうだからあんまり何も言いたくない。


「そんな無謀なことでは、皇宮で皇后なんてやっていけませんよ。ルカにも迷惑です」

「だから、それはまだわからないって……」


 大事なところだけは否定しつつ、私は微かな空気の流れの変化を感じた。後ろにあるドアを振り返ると、ドアが薄く開き始めているところだった。


「へ、陛下!! どうされました?」


 夜着のルカルディオ陛下が不満そうに、ドアの隙間から私たちを睥睨する。会話の内容は遮音の魔法で聞こえなかったはずだ。


「何だ、二人でこそこそと……遮音の魔法まで使って。私が寝込んでいる一日で仲良くなりすぎだ」

「何言ってるのルカ、僕が愛してるのはルカだけだよ。今この使えない近衛騎士に世の中を教えてやってたんだ」


 ころっと甘えた声と顔つきになって、ジルはルカルディオ陛下を部屋に押し戻す。


「だったら3人で話せばいいだろう?」

「あー僕、ちょっと急用を思い出しちゃった! フォレスティ卿、ルカをきっちり寝かせておいてね。よろしくー」


 陛下をベッドに座らせると、ジルは素早く部屋を出ていく。


「……サーシャ」


 視線でジルを見送ったルカルディオ陛下が、私に呼びかけた。


「はい」


 今の話の内容について問われて私はうまく誤魔化せるだろうか。声に緊張が出てしまった。


「ジルから、自らの出生について話をしたと聞いたよ」

「あっ、はい」

「正直驚いた。あいつは人当たりはいいが、どこか他人と距離を置く。血の繋がりもなしに心を開いたのは、サーシャが多分初めてだ。ありがとう」


 陛下は翡翠のような瞳を笑ませた。あまりに純粋な兄の愛を感じて胸が痛む。陛下に細かい事情を打ち明けられないのが心苦しい。ジルは、別に私の人柄を気に入ってくれた訳じゃない。私に陛下を傷つけさせない為だ。本当にジルはルカルディオ陛下のことしか考えていない。


「勿体ないお言葉です。ええと、ジルとはお互いに姉や兄が大好きという点で意気投合しました」

「ああ、なるほど」


 陛下は私の嘘を信じてくれたのか、嬉しそうに笑った。寝ていたせいだろう、陛下は金色の髪が少し乱れている。手を伸ばして触ってみたくなるが、もちろんそれは出来ない。


 視線を下げると、枕元に積まれている本が目に入った。分厚い本が何冊もある。


「本など読まれたら、お休みにならないのでは?」

「あ、いや……これは政務とは関係ない本だから」


 驚いたことに、ルカルディオ陛下は本をシーツの下に入れる。まだ熱があるせいか子供染みた動作だ。


「本を寝かさなくてもいいので、陛下がお休み下さい」

「わかった、寝るから」

「本がお体に当たりますよ」


 本が入ったままなのに構わず身体をシーツの下に滑り込ませる陛下はちょっと面白かった。私もついつい、乳母風の態度になる。ばさっと、1冊の本がベッドから落ちる。表紙には『愛は薔薇色の雲の彼方に』とあった。これは、昨年帝国で大流行した恋愛小説だ。


「あっ……」


 ルカルディオ陛下が慌てた様子で本を拾い上げ、またシーツの下に隠す。それなら私も読んだと言っていいのか、迷ってしまった。そんなに隠したいんだろうか。


「見たか?」

「見ましたけど、隠すことはないかと。今日はお休みですし、そういった本もご覧になりますよね」


 陛下の態度は、いやらしい本を隠すサーシャのようだ。実は表紙だけ恋愛小説で中身は差し替えてるのかと考えてしまう。


「だが、女性に近付けないのに恋愛小説を読んでるなんて馬鹿みたいだろう?」


 顔を赤くしたルカルディオ陛下は、涙目で私にそう言った。めちゃくちゃかわいいんですけど。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃかわいい、に同感です(>_<)♪
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