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兄弟愛

「じゃあジルは、ルカルディオ陛下の……弟なんですか?」


 ジルの正確な年齢は知らないけれど目が大きくて猫みたいなジルは、25歳のルカルディオ陛下よりは歳下に見える。


「そうです」

「た、大変なお話なんですけど?!」


 弟で合っていた。だけど、そうなると王位継承権とかややこしい話になる。私の動揺を流すように、ジルは肩をすくめた。


「ほら、皇太后と先帝陛下は政略結婚だったじゃないですか。相性がすごーく悪かったんです」

「だからって……」


 浮気して隠し子だなんて。そう続けそうになって、私は口を閉ざした。目の前のジルは何ひとつ悪くない。私はジルのことは、そこまで詳しく知らないけれど立派な青年だと思う。何よりルカルディオ陛下は、ジルを可愛がっている。きっと心根はいい人なんだろう。


 ただ、さっきルカルディオ陛下が私に、ジルが異母弟だと話さなかったのは、色々と葛藤があるからだろう。ルカルディオ陛下は、ジルも好きだろうし、当然父君である先帝陛下も好きだっただろうから。


「はは、とても難しい顔してますね。先帝陛下は僕にとってはいい父親でしたよ。ただ皇太后からすると良い伴侶ではなかったようです。二人は相性が悪すぎて何年も子供が出来ず、それで、輝石の魔女に愛の妙薬をお願いして……」

「待って、輝石の魔女ですか?」


 ジルの話を聞いて、私は胸がざわざわとした。私をここに送り込んだ輝石の魔女の名前がここに出るなんて。


「そうです。輝石の魔女は愛に関する魔法が得意ですから。そして何とかルカが誕生しました。が、先帝陛下は輝石の魔女に惚れてしまったのです。数年かけて愛を伝え、僕が生まれました」

「うそ、輝石の魔女がジルのお母さん?」


 私はジルの顔つきに、輝石の魔女の面影を探した。言われてみれば似てるような、似てないような。輝石の魔女は、はっきり言って美女なので逆に特徴が少なく、判別が難しい。


「はい。ですから僕には一目でわかりましたよ。あなたは母の魔法がかかっている人だって。あなたのその胸に……」


 とんとんと、自らの胸を指で叩くジルに私は総毛立った。何もかも見透かすような目付きと思っていたけど、まさか本当に見抜いていたとは。


「美しく燃えている自己犠牲の愛と、それに依って永続的に続く魔法が見えます。僕はルカのように呪いは見えませんが、母が使う愛の魔法は見えるのです。姿こそ、サーシャ・フォレスティとして見えていますが……」

「私が何者か、わかっているのですか?」


 バレているようだ。小競り合いは面倒なので私は直接的に質問した。ジルはくすっと笑う。


「サーラ様でしょう?」


 久しぶりに本当の名前を呼ばれて、目の覚める思いがした。生まれてからずっと馴染んできた名前は、やけにはっきり聞こえる。


「色々な情報を総合してわかりました。母は依頼者の秘密は守っていますよ」

「……それをルカルディオ陛下や、ほかの人に話しましたか?」

「いいえ。母の仕業を見守ろうと思って、誰にも言っていません。僕を怪しんでいるようですが、僕はあなたの味方をしてきました」

「私の味方ですか?」


 私の近衛騎士の制服についていた呪いの調査について、ジルは不審な点が多かったけれど、味方をしてくれていたと言う。信じるべきかどうか、私は迷いの中にいた。


「そうですよ。あなたが就任式の朝に声をかけた衛兵、庭師、キッチンメイドは、残念ながらみんな皇太后側の人間でしたから。あなたのことなど一切記憶にないと言っていました」

「そんな……」


 ジルの嘘かもしれないし、皇太后陛下の息のかかった人たちがそんなに居るとしたら、誰も彼も信じられない。王宮とは恐ろしいところだ。ただ、今の私は、ジルにひとつひとつ訊ねていくしかない。


「教えて下さい。ジルが、先帝の息子だと皇太后陛下は知っているのですか?」

「知られたら、殺されちゃいますよ。僕はどこぞの馬の骨と思われています。ここで知ってるのは、ルカだけ」

「そんな重大な秘密をどうして私に話してくれたのですか?」


 私がサーラだと知っているとしても、ジルが私に秘密を話す必要はない。相変わらず微笑みを絶やさないジルは、敵なのか味方なのか――


「あなたの秘密を知っているから、僕の秘密を教えました。協力しましょう。僕たちはきっと、良い協定を結べる。全てはルカのためです」

「ルカルディオ陛下のため?」

「ええ」


 ジルは一歩、私に歩み寄った。あまり鍛えているようには見えないし、そこまで男性っぽくないジルだけど圧迫感のような居心地の悪さを感じた。


「ルカが重症になる前に、早くサーラ様として会ってあげて下さい。ルカはあなたにのぼせ上がってます」

「まさか」

「とぼけないで下さい。ルカはこのままでは、サーシャ様の姿をしたサーラ様という、実在しない人物を本気で愛してしまいそうです。ルカは女性に免疫が無いんですから、弄ばないで下さい」


 私を病原菌か悪女みたいに言わないで欲しい。


「それに、将来的にあなたが皇后になって下さればルカの政務の負担が減りますし、良さそうです」


 ずいぶんと軽く考えているジルに、私は目眩を感じた。ジルはまだ若いところがあるのかもしれない。陛下のこと言えないくらい、ジルだって恋愛経験なさそう。もちろん私もないけれど。


「そんな簡単な話じゃないでしょう、ルカルディオ陛下のお気持ちもあるし、女性嫌いの問題もあるし、そもそも私に皇后なんて大役が務まるかどうか」

「ふうん」

「なんですか?」

「あなた自身は嫌とおっしゃらないので。やっぱりルカが好きなんですか?」

「それは……!」


 血が顔に上ってきたみたいに熱くなった。ジルは面白いと言わんばかりに私の顔を覗き込む。サーシャに見える幻覚の魔法がかかっていても、私の顔は赤くなっているんだろうか。


「隠さなくていいですよ。ルカは格好いいし、優しいし、惹かれない人なんていない。僕はルカが大好きで、何より大事だから。ルカを好きな人間はわかります」


 私は、左右で僅かに色彩の違うジルの瞳を見つめた。うっとりと熱を持ったような、好きな人を語る目をしている。彼がルカルディオ陛下を大事にしているのは、疑いようのない真実だろう。私のサーシャ好きも大概だけど、ジルのルカルディオ陛下への愛情は闇が深そうだ。なんかドロドロしたものまで感じた。


「私もわかりましたよ。私に特別な目や力はないけれど、ジルの兄弟愛はすごく伝わってきます」

「本当?すごい感受性ですね、正確です」


 なぜか満足そうにジルは大きく息を吐く。


「良かったです。僕は力の限り手を貸しますから、あなたの目的を教えて下さい。なぜ僕の母に頼ったのですか?」

「それは――」


 私はジルに何もかも打ち明けた。


 ジルの思い描く、楽観的な未来図には頷けない。けれど、協力してくれるのなら猫の手だろうとジルの手だろうと借りなければ、サーシャに呪いをかけた人物など見つからないだろう。王宮には人が多すぎる。



 ――翌朝、やっぱりルカルディオ陛下の熱は下がらなかったので一日ご静養となった。


 手が空いた私は、ジル、バレッタ卿という協力者にそれぞれお願いをした。


 もうひとつの疑惑をつぶしておく必要がある。

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