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外伝 アントニオの恋2

「母上が懐妊されたという話の時点で寂しく思っていましたし、出産時には危篤状態になってしまうし、僕は彼らが憎くなってしまうのではないかと、恐れながら見せてもらいました」

「うん」


 アントニオが話すのは、クロエとネーロが生まれた当時の話だ。


「でも、すごくかわいい、愛しいと感じられたんです。生まれたての赤ちゃんはまだしわくちゃで、本当に人かどうかも怪しいのに、見てるだけで胸がぎゅっとして、大切だと感じられたのです。だって、大好きな人たちの子どもですから」

「わかるよ」


 同意しかなかった。僕も、ボロボロの精神状態であの子たちと対面した。出産でサーラは意識不明になってしまったし、ルカはひどく落ち込んでいるし、僕にできることは何もなく、ただ祈るだけだった。けれど、赤ちゃんがとんでもなくかわいくて、何なら僕が育てようと勝手に決意したくらいだ。


「あのとき、私はやっと、まともな人間になれたと安心しました。あの子たちを愛しいと思えるくらい、母上と父上が与えてくれた愛情が育っていたのだと思います」

「うん」


 そうか。アントニオの中でも色々あったんだな。アントニオは迷ったように翡翠色の瞳をさまよわせ、息を吸い込んだ。


「私はもう、家族愛だけで十分だと思っていました。本当によその女性に興味を持てなかったのです。だから婚約や結婚の話は避けていました。興味を持てない人と結婚しても、上手くいくはずがありませんから」

「そうだね」

「でも、モニカに出会いました。モニカを好きになれて、私は嬉しいです。やっと欠けていたものが埋まった気がしています」


 礼儀正しいアントニオなのに、モニカ令嬢の呼び方が自然とモニカ、になっていた。どれだけ二人きりのときに彼女の名前を呼んだのだろう。その響きには特別な愛情が込められていた。


「だけど、モニカを不幸にするかもしれない私は、彼女から離れるべきなのでしょうか?」


 苦悩を滲ませ、アントニオは僕を頼るように見つめた。そういえば、アントニオに頼られるのは初めてだ。


「モニカ令嬢と結婚したいんだね?」

「はい」

「モニカ令嬢は未亡人だから、皇太子である君と結婚するとなると普通より苦労があるかもしれないよね」

「その通りです」

「モニカ令嬢はなんて?」

「私といつまでも一緒にいるつもりはないそうです。時が来たら、身を引くと」

「ふーん」


 そんなこと言われたら僕が一肌脱ぐしかないじゃないか。だって、僕には見えているのだ。モニカ令嬢は間違いなくアントニオを愛している。僕はついに動くときが来たのだと確信した。



 僕は、サーラが年末に行うパーティーに目を付けた。


 海の向こうの国では、年末になるとモミの木に色々なオーナメントを飾りつけ、プレゼントを交換するそうだ。寒い冬に心を暖めるような発想をサーラはとても気に入り、今や皇室主宰の盛大なパーティーとなった。なお、プレゼントはモミの木の下に集めて後日恵まれない子どもたちにプレゼントする。


 また、ホールにはいくつもヤドリギが飾られるのだが、この下でキスをすると愛が永遠に続くのだという言い伝えも取り入れている。皆がこのロマンチックなチャンスに、愛を告白したり、確認し合う素晴らしい催しだと僕はずっと思っていた。だってみんなは僕と違って、愛を視覚として認識できないのだから。


 アントニオとモニカ令嬢をくっ付けるには、この日の雰囲気しかないのではないか。


「少し大変だけど、やってやろうじゃないか」




 パーティー当日、赤いポインセチアやキラキラ光る魔法の電飾で飾られた大ホールに、紳士淑女の招待客が集った。シャンパンや、チョコレートカクテルなどの甘く芳しい香りがみんなの心を浮き立たせているだろう。


 僕は遅れてホールへと入場した。案内係が、「ジルベール・ファウスト・ヴィノフレード皇弟殿下のご入場です」と本名を高らかに宣言してくれる。一応、僕は盛大に迎えられる形になった。


「パーティーをお楽しみの紳士淑女の皆様。僕からプレゼントがあります」


 にこやかに挨拶をすると、指示をしていたメイドたちが一斉にワゴンを押して中央へと進む。


「偉大な魔女の息子である僕が、真実薬のチョコレートを皆様に用意しました。この良き日に、愛を確かめあう一興となれば幸いです」


 ワゴンには、小さな箱が山積みとなっている。そのひとつひとつに、真実薬入りのチョコレートが入っているのだ。


 なお、真実薬とは本当のことしか答えられなくなる薬だ。僕や母さんでもなければ作るのは難しいが、効果は絶大。質問に対して、真実しか答えられなくなる。また、自分の本当の気持ちがよくわかるようにもなるので、自分で自分に問うてもいい。普段、厳重に蓋をしていた気持ちが顔を出す。ただ入れたチョコレートのひと粒は小さいので、効いているのはほんのわずかな時間だ。


「まあ、ジルベール殿下の魔法薬入りですって?」

「真実薬だなんて、ご冗談かしら……」

「でもお戯れのお好きなジルベール殿下ですもの、本当かもしれませんわ」


 貴婦人方は、興味をそそられてヒソヒソと囁きあった。


「本当ですよ。だから、紳士淑女の皆様におかれましては、自己責任でお召し上がり下さい。この場で試すもいいし、後で気になる人に食べさせてもいいでしょう」


 僕は自信たっぷりに微笑み、階段を降りてホールを進む。通りすがりにワゴンから、箱をふたつ引っつかんだ。


 僕が取ったことで、みんなもワゴンに集まった。次々と箱を受け取っていく。だけど、僕にとって盛り上がるみんなはほんの前菜なのだ。


「アントニオ」


 見知った顔は、大勢の中からでもすぐに見つけられる。ちゃっかりモニカと共にいたアントニオは、曖昧な笑みを浮かべた。


「叔父上、すごい贈り物ですね」

「そうだよ、2日寝ないで作ったんだからぜひ食べて欲しいな」

「本物なのですか?」

「もちろん」


 箱のひとつをアントニオに、もうひとつをモニカに押し付けた。困惑しながらも二人は受け取った。その勢いで、僕は早く食べてと急かす。


「ジルベール殿下、ご厚意に感謝して頂きます」


 意外なことにモニカが勇気ある行動を見せた。アントニオもそれを見て、同様にする。咀嚼のために口をつぐむ二人に、僕は何か言ってあげることにした。


「おいしい?味もこだわったんだよね。僕は魔法薬の味にもこだわる男だからさ。中はピスタチオペーストで、外側のチョコレートはビターにしたんだ」


 コクコクと、二人は揃って頷いた。魔法薬はもう効いてるだろうから本当の感想だろう。しかし本当に、お似合いって感じだ。


「ちなみに、そこのバルコニーにはヤドリギが飾ってあるよ。二人で行ってきたら?」


 アントニオは、かっと翡翠の瞳を見開いた。僕を見るためではなく、モニカの様子を知りたいのだろう。そしてモニカ令嬢は青い瞳をぱちぱちさせて、うっすら頬を染めた。


「うん、ほら、早く二人でバルコニーで過ごすといいよ。余計なことを言う前に」

 

 アントニオは慌ててモニカに腕を差し出し、モニカは従った。軽く礼をして、厚いカーテンの向こう、バルコニーへと出ていく。


「やれやれ」

「ご苦労だったな」


 ルカが後ろから声をかけてきて、慌てて僕は振り向いた。相変わらず、帝国で最もかっこいいルカが、姿勢良く立っている。


「アントニオの想い人とは、モニカ令嬢なのか」

「うん。ごめん、勝手に動いて」


 パーティー主宰のサーラには、余興としてこのような贈り物をする許可を取っている。だけどアントニオとモニカをくっつける画策は、誰にも話していなかった。二人が一年ほど、穏やかに愛を育てていることも。


「謝ることはない。ジルには人の心を思いやる優しさが昔からある。私は政務で頭がいっぱいだから、助かっているよ」

「事後承諾だけど、彼らが結婚してもいいかな?」


 僕たちさりげなく移動して、壁際にあるソファに並んで座った。


「二人がそう望むなら構わない。私とサーラが全面的に支援するなら、彼女が寡婦ということに何も問題はない。そもそも、彼女に落ち度が全くないのだから」


 ルカは断言した。ルカともなると、特に関わりのない一貴族であるモニカ令嬢が未亡人であることは頭に入っているようだ。そして、僕は何度でもルカのかっこよさに感動するのだった。器が大きい!


 僕は勢いのまま、小箱を開けてチョコレートを食べた。真実を言おう言おうと思いつつ、時が経つにつれ言えなくなってしまったこと。


「あのさ、今までルカにもちゃんと言ったことなかったけど、僕は見えるんだ」

「何が?」

「他人の好意とか、愛が。炎みたいに見えるんだ」


 息苦しさを感じながら、僕は告白した。聡明なルカが気付いてないはずはないけど、僕はずっと誤魔化してきた。だって、やっぱり他人の気持ちを勝手に見てはいけないと思う。


 僕は瞳の能力は使わずに、微笑するルカを見つめた。ああ、僕への愛情が減ってたらどうしよう。


「そうか。告白してくれてありがとう。嬉しいよ」

「そ、それだけ?」

「わかっていたし、告白してくれて嬉しいだけだな」


 ルカにしては珍しく、同じようなことを2回言った。


「ほら、見ていいぞ。何も変わりない」


 たくましい胸に手を当て、ルカはどこでも見ろとばかりに少し顎を上げる。恐々と、瞳に魔力を合わせると赤くて大きな炎が何も変わることなく燃えていた。


「ちょっと!何をいちゃついてるのかしら?」

「そうですよ!」


 サーラと、クレアが怒ったように僕たちを見下ろしていた。ホールの喧騒で、二人の接近に全く気付いていなかった。どこから聞いていたんだろう。


「兄弟愛はもう深めなくてもいいでしょ?」

「そうですよ!ジル様の陛下への深いご敬愛は存じてましたけれど告白って何ですか?」


 誤解を生みそうなところから聞いていたらしい。僕は初めてくらいの、クレアの怒った顔に胸がざわざわした。嫉妬されるのは嬉しいんだな。でも、恥ずかしがり屋のクレアに僕の能力についてちゃんと告白するのはまだ先にしておこう。


「僕とルカの秘密だよ。それより、そこのバルコニーでもっと面白い展開があるよ」

「え?」

「何ですか?」


 僕が指さすバルコニーでは、二つの影がそっと重なっていた。


「アントニオの恋が、成就するところ」


 真実の心でぶつかり合えば、アントニオとモニカ令嬢は疑うことなく愛を確かめ合えるだろう。周囲が少し騒いだところで何だって言うんだ?

 大事な人が笑ってくれるのが一番だよ。

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