好きなのに
「3×8……?23かな……?」
「惜しい…24だよ」
「おやおやぁ…掛け算もできないのぉ…?無知とは罪だよぉ…?」
「うるさいな…!お前が予め出来る様にしてくれればよかったんだよ…!」
「博士にお前と呼ぶな!1七号!」
「僕を十七号と言うな!」
「ユウ…!落ち着いて…!別に私がいるから無理に覚えなくてもいいんだよ?」
ユウは今、掛け算を覚えようとしている。
きっかけはこの前……
「お会計4580円になります」
「………?これで何円?」
「それだと10円足りないよ」
「そっか………」
ということがあり、自分一人でも買い物が出来る様にと頑張ってくれている。
「ユウくんが頑張る姿ぁ…いいねぇ…」
「奏…!そもそもなんでこいつがいるの…!?僕を娯楽目的で作りやがって……」
「だから博士をこいつと呼ぶな!」
「ごめんね……でも約束だから…」
「そぉそぉ約束なんだからぁ…守ってもらわないと困るよぉ…」
ユウは玲奈がいる事に少し苛立っているみたい。
まあ自分を捨てた張本人で、更には連れ去ろうとした人だし無理もないけど……
「それにぃ…ボクが居なかったらぁ…キミは奏くんと出会えてないんだよぉ…?」
「…! 別に…! お前が居なくても僕と奏はきっと出会えてる!」
「やっぱムカつく…!奏…!僕の部屋に行こう!」
「えぇ!?ちょっと…!ユウ!?」
ユウは私をユウの部屋へと無理やり連れて行くと、鍵をかけて玲奈博士達が入れないようにした。
「ちょっとぉ…!悪かったてばぁ…!開けてよぉ!」
「ユウ…!流石にこれは……」
「奏も奏だよ!なんであいつの事ばっか気にかけるの…!?」
私はユウの言葉に何も言い返せなくなる。
確かに、玲奈と息が合うからって、玲奈の事中心にしていたかもしれない。
「ごめん…ユウの事考えれてなかったかも……」
「本当だよ……次から気をつけてよ…!」
最近のユウはどこか魅力的だった。
笑う顔も、今みたいに少し怒ってる顔も。
ちょっと前は幼い感じだったのに、姿は何も変わってないのに表情や言葉が変わるだけで、ここまで魅力的になるなんて思わなかった。
最初は顔がタイプだったからユウを拾ったけど、正直恋愛感情なんて抱いてなかった。
どちらかと言うと子供として見ていたから、ユウに対してこんな気持ちになる事なんてなかったのに…
(やばい……嫌われちゃうかもなのに…)
「ねぇ…! 聞いて…る? ……奏……!?」
私の顔はいつの間にかユウのすぐ近くで、あと少しでキスをしてしまう所だった。
ユウの吐息の温もりが感じれてしまう程、その程度の距離だった。
「…!?ごめん…!なんか今日変だね私…!」
ユウに誤魔化すように放った私の言葉は、私自身をも騙そうとしていた。
関係が崩れるくらいなら今のままで良いと、私の気持ちを隠して。
だけど、それをユウが許してくれなかった。
ユウは離れようとする私に迫り、私の頬に手を当てる。
「ほんとにしなくていいの……?」
ユウの綺麗な顔は私を壊そうとしてくる。
私の理性を徐々に奪い、私を化け物にしようとしてくる。
私が自分でいる事でいっぱいいっぱいになっている間、ユウは私の口を塞ごうとしてくる。
私もそれを受け入れ、塞がれるのを待っていた。待っていたのに……
「ボクも入れてよぉ…!!!」
ドガァン!と大きな音がして、扉の方を見ると、玲奈が鍵のかかっていたはずの扉から入って来て、少し不機嫌そうにしていた。
「よくやったよぉジーナァ……!」
「ほんとに空気が読めないやつだな!なんで今なんだよ!」
こればっかりはユウが正しい。
折角キスできると思ったのに……
「あれぇ…そっかぁ…お邪魔だったみたいだねぇ…ボクの事は気にせず、口付けを交わしなぁ…?」
「出来るわけないでしょ玲奈……もー!!空気読んでよ!!!」
「ご…ごめんねぇ…奏…ボクもまさかそんな雰囲気になってるなんて思わなかったんだよぉ…!」
「っていうかお前ら……その扉……どうしてくれるつもり…?」
ユウがそう言い、扉を見ると扉は取っ手の部分が破壊され扉としての機能をもはや果たせなくなっていた。
「あぁ……これはぁ弁償させてもらうよぉ…だから許してくれないかぁ…?」
「ならさっさと直せ!!」
「はいぃぃ……」
ただでさえ玲奈のことが嫌いだったユウは今回の事で完全に玲奈の事を嫌っている様子だった。
「ねぇ奏…僕達ほんとにあいつと関わらないとダメなの…?」
「でもそうしないとユウが連れ去られるかもしれないし……」
「そう……」
ユウはどこか不完全燃焼らしく、少しでも気を紛らわそうと私の手を握ってくる。
そんな私は手を握られて焦って、何を思ったのか掛け算の問題を出してしまう。
「ユ、ユウ…! 4×7は!?」
「何…急に、どうしたの…? えーっと…28?」
「す、凄い…! 正解じゃん…!はは……」
自分は何を言っているんだ……まだ少し残っていた雰囲気を完全に消してしまった。
自分がここまで恋愛下手だと思っていなかった。
だけど、ユウはそんな私が消した雰囲気を戻してくれる。
「奏…?さっきのこと、忘れたほうがいい…?それとも…覚えておいた方がいいかな…?」
ユウは少し微笑んで私に問いかける。
ユウは私よりも恋愛なんてしたことがないはずなのに、ずっと雰囲気を作れて、恋愛上手だった。
ユウの黒い髪のショートカットは、ユウを大人な女性に見せてくるのに、猫耳で可愛らしい雰囲気を作り出す。
日本では滅多に見ない緑色の瞳も私を惹き寄せ、理性を吸い取る。
「奏…?」
「覚えておいて……忘れないでほしい…!」
「そっか……分かった、覚えておくね…?」
ユウはそう言いながら私に微笑んでくる。
ユウはズルい、私が奥手なのを理解して、私に行動を起こさせようとする。
ユウに好きと言わない限り、私はユウと付き合う事が出来ない。
私が嫌われてしまわないかで不安なのに、怖くて仕方ないのに、ユウはただ私の言葉を待つだけだった。
僕はある日突然、不思議な気持ちを抱いてしまった。
奏の横顔。
それは普段と何も変わらないはずなのに。
少し茶色のロングヘアに眼鏡をかけて、怠そうに家で仕事をする姿は、凛々しくて、僕を好きにさせてしまった。
「ん? どうしたの? ユウ」
「えっ!? いや? 何でもないよ!」
「そう…?」
危なかった……
僕が奏の事を好きだと知られてしまったら、きっと僕はここにはいられない。
奏は僕の面倒を見てるだけで、決して好意を抱いてくれている訳ではないはずだから。
僕に『愛してる』や『大好き』何て言わせていたのも、きっと寂しさからの事で、きっと僕には何も思っていない。
我慢しなければダメなのに僕の想いは溜まっていくばかりだった。
そんなある日、僕を作ったと言う少女達がやってくる。
僕を連れていこうとする少女達に僕もついていこうと思っていた。
奏にこれ以上迷惑をかけれないし、僕の想いが暴走しないうちに離れた方がいいと思ったから。
でも、僕の想いは既に暴走していた。
頭では奏から離れないといけないと分かっているのに、言葉に出すと出る言葉は『嫌だ』、『離れたくない』という言葉ばかりだった。
自分を制御しきれていない間に、奏が帰って来てしまった。
彼女の右手にはケーキと思われるものを持って。
きっと僕はあのケーキを食べてしまえば、もう二度と僕は彼女から離れることができない。
僕の離れる辛さが、甘いはずのケーキが余計に辛くさせると、そう分かっていたから。
だから今言わないと……!もう今しかない……!
「奏…!僕は絶対に行かないから!安心して……」
無理だった。言えるはずがなかった。
とっくの昔に、離れる辛さは、僕が耐えれる辛さじゃなくなっていたから。
奏はズルい人。
顔をそんなに近づけて、僕を誘惑してくる。
焦って誤魔化すその表情も何も誤魔化せていない。
奏のは気の迷いだって分かってる、分かってるけどキスだけ…口付けだけなら良いと思ってたのに、それすらも出来なかった。
僕が奏の手を握ると、奏は変な事を言い出した。
掛け算の質問。露骨に動揺していたけど、そんな可愛らしい姿も愛おしかった…
僕は一つ、奏に問いかける。
その問いかけの答え次第で、僕は奏を諦めようと思ってた。
奏はホントにズルい人。
だって僕を………諦めさせてくれないのだから…………
からいにつらいという意味もあるなら良いのに
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