魅了魔法はヒロインの証し。さあ、王太子殿下。婚約破棄を告げるのです!
「さあ、ミーア! 気合をいれるのよ、今日を乗り切れば人生に光が差し込む、貴族とは名ばかりの貧乏生活から逃れられる! 絶対成功させるの、絶対絶対成功させるんだから!」
両の頬を両の掌で、パチン! と叩きました。ありきたりの方法ですが、これが一番気合が入ります。
皆様、初めまして。
私の名前は、ミーア・クライメル。十七歳です。
パラデュール王国男爵家、クライメル家の一人娘。体格は華奢で小柄、髪はピンクがかったローズブロンド、瞳の色はフォレストグリーン。周りの皆は、「ミーア様は、とっても愛らしいわね」とか、「君は本当に可愛いね、守ってあげたくなるよ」とか、言ってくれます。まあ、半分お世辞だとは思いますが、褒めるのに困らない見目であることは確かです。
通っていた貴族学院(今日、卒業式でした)の成績は中の上。そして、魔力を持っています。つまり魔法が使えるのです。ただし、使える魔法は一つだけ……。そして、その唯一の魔法が、あろうことか禁忌魔法なんです。
そう、「魅了」です。あの魅了魔法。だから、魔力を持っていることは今まで誰にも話したことはありません。これは私の秘密、知られてはいけない絶対の秘密なのです。
私は学院の時計塔を見上げ、時間を確認しました。
「まあ、もうこんな時間! 早く行かないと卒業パーティーに遅れてしまう、こんなところで自分語りしてる場合じゃないわ!」
清楚でありながらも、華やかさもある素晴らしいパールホワイトのドレスの裾を揺らしながら、会場への道を急ぎました。このような高価なドレス、貧乏令嬢の私は滅多に着れません。これは貰い物、とある方からプレゼントされたものです。めっちゃ嬉しい。
会場に着きました。大広間から楽団が奏でる軽やかな音楽とパーティーの出席者達の和やかな談笑の声が聞こえて来ます。
「え、もう始まってるの? 私、遅れてしまったの?」
私の持っている懐中時計は安物であまり正確ではありません。そして、時計塔の時計も古いものなのでよく遅れていたりします。……、私は冷汗をかきつつ、大広間から少し離れたところにある控えの間へ向かいました。打合せ通りなら皆様はここにおられる筈です。
おられました。おられたのは五人の素晴らしき殿方。
王太子ファーディナンド・パラデュール殿下、騎士団長令息ダグラス・ハミルトン様、宰相令息アーネスト・クインター様、貴族学院長令息エリオット・ベリエルム様、辺境伯令息テレンス・アシュクロフト様。
皆様、ご実家の地位もさることながら、ご本人達も学院の生徒会に所属されていた優秀な方々ばかり、今でこそ普通に言葉を交わさせてもらっていますが、以前は、その他大勢として遠巻きにキラキラした彼らを眺めるのがやっとでした。
遅刻を平謝りしました。
「王太子殿下、皆様。こんな大事なパーティーに遅刻だなんて申し訳ございません! まことに、真に、真に!」
「気にしなくて良いよ、クライメル嬢。始まってそんなにたってない。全然大丈夫だから」
王太子殿下の優しい言葉にホッとして顔を上げると、そこには、王太子殿下のにこやかな笑み。一瞬、そのあまりの美男子ぶり、好男子ぶりに眩暈を覚えます。殿下は王太子である上に眉目秀麗、文武両道。学院の女子で殿下に憧れない者はいないと言われた方です。そんな素晴らしい方の隣に、私が立つことになろうとは……。
私は最後の確認を致しました。
「王太子殿下、本当に私のような者で良ろしいのですか?」
「何を言っているんだい。君はとっても魅力的だよ。今では君しかいないと思っている。それに君を選んだのは――」
「お二人さん、そろそろ行こうじゃないか。会場の雰囲気も十分温まった頃だろう」
ハミルトン様が声をかけて来られました。彼は殿下の幼馴染。この中で一番殿下と親しい方です。
そうだな、と言う風に頷く王太子殿下。
「クライメル嬢」
殿下は私の方へ曲げた肘を出されました。その肘に腕を絡め、彼を見上げました。
うわっ、めっちゃ近い~。緊張する~。
殿下も少々緊張なさっているようです。ほんの少しですが表情が固くなっておられます。まあ、この後やることを思えば仕方ないことだと思います。
「では、ミーア。戦場へ参ろうか」
「はい、ファーディナンド様。戦場へ」
一組の初々しいカップルとなった私達は、四人の素晴らしき殿方をお供に、パーティー会場へと向かいました。
******
「公爵令嬢、イザベル・アントワーヌ。私、王太子ファーディナンド・パラデュールは今をもって君との婚約を破棄する!」
さすが、殿下。パーティー会場には何百人もおられるのに、とても堂々としたお姿。素敵です。そして、私達の目の前には、大きな目を更に大きく見開き、驚愕の表情を浮かべられるイザベル様。しかし、そのような状況でも、取り巻きの令嬢を周りに従えた彼女は女王のような風格さえ漂わせています。
イザベル様って、いつ見てもほんとお美しい……。豊かなバストを持ちながらもすらりとした体躯。腰にまで流れる白銀の髪、長い睫毛に飾られたアイスブルーの瞳が印象的なお顔は、整いきっているとしか言いようがありません。本当の美人とは彼女のような方を言うのでしょう。
私は可愛い系で良かったと心から思いました。もし同じ方向性、美人系だったら、あまりの格の違いに奈落の底に沈んでしまったことでしょう。
イザベル様の麗しき声が響きました。
「ファーディナンド殿下、今、何と仰いました」
「君との婚約を破棄すると言ったのだ。私は、ここにいるミーア、男爵令嬢ミーア・クライメル嬢と婚約する!」
「そんな……」
一瞬、体をふらつかせたイザベル様ですが、直ぐに姿勢を戻されました。
「どうしてです! 私は婚約して以来この三年間、殿下のお隣に立てるよう必死で勉学に、妃教育に頑張ってまいりました。なのに何故、何も悪いことをしていない私に、婚約破棄を突き付けたりなさるのですか!」
「何も悪いことをしていないだと? この性悪女め!」
王太子殿下は、隣に立っている私をグッと己が身に引き寄せました。あはん。
「ミーアを、この健気で可愛い天使のようなミーアを権力を笠にイジメ抜き、挙句の果てには階段から突き落としたというではないか! 幸い、彼女は足を痛めただけで済んだが、命を落としても不思議ではなかった」
私は屈みこみ、包帯を巻いた左足をさすりました。いた~い。
「このようなこと言語道断。いくら君が公爵家令嬢だとて許されるべきものではない。よって婚約は破棄、君は国外追放だ!」
お~! と観衆にどよめきが起こりました。『国外追放~!』『出た~!』
「殿下、私はクライメル嬢をイジメたり、階段から突き落としたりなどしておりません。冤罪です、何かの間違いです!」
イザベル様の訴えに王太子殿下は、フッと嘲るような笑み浮かべられました。
「何が冤罪なものか、こちらには証人がいるのだ。証人1、騎士団長令息ダグラス・ハミルトン、前へ!」
「はっ!」
「証人2、宰相令息アーネスト・クインター、前へ!」
「はっ!」
「証人3、貴族学院長令息エリオット・ベリエルム、前へ!」
「はっ!」
「証人4、辺境伯令息テレンス・アシュクロフト、前へ!」
「はっ!」
彼らは、如何にイザベル様が私に辛く当たっていたかを滔々と述べて行きました。そして、最後に喋られたアシュクロフト様が決定的な証言をされました。
「イザベル嬢。私は貴女がクライメル嬢を階段の下へ突き落とすのを、この目ではっきりと見た。そして、突き落とした後、貴女が言った言葉も覚えている。『私と殿下の前から消え失せろ、このゴミ虫!』……。おお、イザベル・アントワーヌ! 貴女はそのような麗しき姿をしておきながら、なんて残酷で邪悪なんだ。恐ろしい、本当に恐ろしい……」
「嘘です、彼らは全員嘘を言っておられます! 信じて下さい、殿下。私は本当に何もしてはおりませぬ!」
そのような狼狽の姿を見せるイザベル様に向かって、私は目に涙を浮かべながら立ち上がりました(己が腿をきつくきつく抓りました。とっても痛かったです)。
「見苦しいですわ、イザベル様。私はたまたま王太子殿下と知り合うことが出来、殿下が貴女様の傲慢な性格のせいで、ご苦労なさっているのをたまたま知りましたので、殿下をお慰めしていたまでのこと。それだけなのに貴女様は…………。私、辛かったですよ、本当に辛かったのです。よよよ」
殿下が、優しく肩を抱いてくれました。
「泣かないで、ミーア。私は心優しい君を選んだ、選んだんだ。大好きだよ、ミーア」
「殿下……、私もです、私もファーディナンド殿下が大好きです!」
私は涙ながらに、王太子殿下に抱き着きました。それは強く強く抱き着きました。
他の四人の方達も男泣き。
「うんうん。ミーア嬢。君のような健気な人こそ、殿下と結ばれ未来の王妃、国母となるべき女性だ。私達は全員いつまでも君を応援するよ」
「する」
「する」
「絶対する」
王太子殿下は厳しい表情に戻すと、イザベル様の方を向かれました。
「イザベル。成績優秀で皆からの人望も厚い彼らが、君の悪行を明確に証言している。最早言い逃れなど出来はしまい。衛兵! イザベル・アントワーヌを連行しろ!」
殿下の命令に、壁際に控えていた衛兵達が動きだそうとしたのですが、イザベル様が声を上げられました。
「殿下、待って下さい、待って下さいませ!」
「ええい、往生際が悪いぞ。まだ言い訳を続けようとするのか!」
「いいえ、もう致しません。殿下は私がどんなに否定し抗弁したとて信じては下さらないでしょう。ですから、私には殿下のご命令に従うほか道は残されておりません。ですがその前に、一つ、一つだけお願いがあるのです」
「願い? 願いとは何だ」
「最後に一度だけ、以前のように抱きしめていただけませんか。お願いです、殿下」
「イザベル様、貴女にそのような権利は最早ございません!」
イザベル様は私を無視しました。
「殿下、この三年間、貴方様のためだけに生きて来た女の最後の願いです、どうか、どうか憐みを下さいませ」
私は、殿下にそんなことしなくて良い、悪女に情けなど必要はないと言いましたが、イザベル様の取り巻き令嬢達の声にかき消されてしまいました。
「王太子殿下、願いを聞いてあげて下さいませ! イザベル様ほど一途に貴方様を愛した方はおられません」
「そうです。断罪されてなお、もう一度抱きしめて欲しいという悲しい女心。わかって上げて下さいませ」
「ほんに、ほんに、殿下!」
王太子殿下は彼女達の弁に抗しきれませんでした。
「わかった。イザベル、こちらに来なさい」
「はい、ファーディナンド殿下」
イザベル様は、令嬢の中の令嬢と謳われた彼女らしい淑やかさをもって、ゆっくりと王太子殿下に近づいて行きました。そして、殿下の目の前まで来た時、突然、
「目を覚まして、私のファーディナンド!」
と、叫ぶと共に殿下に抱き着き、自らの唇で王太子殿下の唇を塞ぎました。美男美女のロイヤルキッス、なんて美しいキラキラした光景……。会場中の令嬢達が、「きゃー!」と黄色い声をあげ、大喜びしたのは当然でしょう。
イザベル様から身を離された王太子殿下が叫ばれました。
「イザベル、お前は私に何を飲ませたんだ!」
「解魔薬、魔法を解く薬です。ファーディナンド様、貴方はクライメル嬢に魔法、禁忌魔法の『魅了』を掛けられていたのです!」
「な、なんだってー!」
イザベル様は、自らの取り巻き令嬢達に檄をとばします。
「さあ、皆さん。貴女達も婚約者の目を覚ましてお上げなさい!」
「「「「 はい、イザベル様! 」」」」
王太子殿下の取り巻きの四人の方々は、次々と自らの婚約者によって、唇を奪われて行きました。もう、会場中は大喜び、拍手喝さい。
この様子を見ながら私は思いました。王太子殿下の側近として王国の将来を担う彼ら全員が、イザベル様の取り巻き令嬢の婚約者。なんて素晴らしい布陣でしょう。イザベル様の将来の王妃としての地位は盤石としか言いようがありません。
心の中で彼女を拝みました。イザベル様、貴女様は私にとって救いの女神。ありがたやー、ありがたや。
この後も台本通りに劇は進みました。魅了魔法の呪縛から解き放たれた王太子殿下達は私を糾弾。
「おのれ、このチンチクリンの魔女め、よくも謀ってくれたな! 衛兵、その魔女を捕らえろ、地下牢に放り込むのだ!」
殿下がアドリブで台詞の一部を変えられました。チンチクリンの魔女って……、ただの魔女でいいでしょ、魔女で。泣いちゃうよ。
衛兵に引きずられて行く私の遠吠えが会場中に響きました。負け犬の遠吠えが。
「くそー!もう少しで、この国は私のものになる筈だったんだ、それなのに、それなのに……、覚えてろよ! 絶対絶対覚えてろよー!!」
私達の通っていた王立貴族学院には恒例となり、皆が楽しみにしている行事があります。それは、男性王族の卒業生がいる時の卒業パーティーで行われる劇、魅了の魔女の断罪劇です。
どうしてこのような劇が行われるようになったかと言いますと、私達のパラデュール王国は百年前、大いなる災いに襲われました。その災いとは、異性を己に恋させ盲目的に従わせてしまう「魅了魔法」を持った悪女、通称「魅了の魔女」の出現です。
その魔女は、当時の王太子や多くの高位貴族男性を魅了魔法で篭絡し、王妃の地位に上り詰め、権力を我がものとしました。そして、贅沢三昧の生活をし、超いい加減な政策や、好き嫌い人事を行い忠臣や賢臣を次々に追放したり、処刑したりしていったため、王国は無茶苦茶になってしまったのです。
当時の大公(女大公)が、魔女のあまりの暴政に堪忍袋の緒を切り、立ち上がったことによって、その魔女は誅滅されましたが、傾いた国が元に戻るまで十年近くを要したと聞いています。
このようなことがございましたので、魅了魔法の恐ろしさを後世に知らしめるため、忘れさせないために、このような劇が行われるようになったのです。ただ、史実のままだと鬱な劇になってしまいますので、魔女があっさりと滅ぶハッピーエンド劇になっております。
そして、劇の細部はその時その時の演者達によってアレンジされます(毎回同じだと飽きます)。今回の一番のアレンジは、殿下達とイザベル様達が行ったキスシーン。これは私が提案したものです。イザベル様は、
「人前でそのようなこと……、恥ずかしいですわ」
と、仰っておられましたが、私は意見を押し通しました。
「婚約者なのですから、何を恥ずかしがることがございましょう。キスは二人の愛の象徴です。崇高な行為です。それに、王太子殿下もイザベル様も共に大変な美男美女、最高の絵面となり、劇を大いに盛り上げるのは間違いございません」
結局、「他の方々もなされるなら」と条件付きでイザベル様の了解を得ました。結果は大成功。私達の劇は、歴代の劇の中でも最高シーンとの評価を受け、イザベル様も、王太子殿下も、他の方々も大変お喜びになり、私のお蔭だと感謝してくれました。
やったね、私!
万歳ー! 万歳ー!
これで人生勝ち組だー!
******
私は今、イザベル様のお家、アントワーヌ公爵邸のお庭にいます。青い芝生が広々としてなんとも気持ちが良いです。うちの家の庭、貧乏男爵家の猫の額のような庭と何たる違いでしょう。うう。
少し離れたところにテラスがあり、王太子殿下とイザベル様が、二人仲良く小さな丸テーブルにつき、優雅にお茶を楽しんでおられます。何かを話しておられるようですが、お二人とも先ほどから、ちらちらと私に視線を送って下さっています。多分、私のことを話しておられるのでしょう。
私は二人の話声が聞こえるよう少し近づきました。(私が近づいた距離では、普通、会話を聞き取ることは出来ません。でも私には聞こえます。私は途轍もなく耳が良いのです)
「イザベル。君はクライメル嬢を侍女の一人として王宮に連れて行くと決めたようだが、将来の王妃の側近としては彼女の家の家格はあまりにも物足りなくないか? やはり有力貴族の娘にした方が良いと思う」
「まあ政治的見地からすれば、そうでしょうね。ですが、ミーアは私達に大変な貢献をしてくれました。報いなければ信義にもとります。それに……」
「それに?」
「私はミーアが好きなのです。彼女ほど心根が美しいものはおりません。だから、彼女を『魅了の魔女』の役に私は推したのです」
「心根が美しいから魔女役を? ちょっと意味がわからない」
「だって、劇の最中、魅了の魔女役の娘は、始終、私の愛しい貴方様にベタベタするじゃないですか。そのようなこと、いくら劇とはいえ私が我慢できるとお思いですか? 魔女役が大好きな心優しいミーアだったから何とか嫉妬心を抑えられたのです、他の娘だったら到底無理でした」
「イザベル、君はそれほどまでに私のことを……」
「当り前です。私は身も心も、私の全てを貴方に捧げているのですよ、ファーディナンド、未来の旦那様」
王太子殿下は心を打たれたようですが、私は少し殿下に同情いたしました。殿下、将来浮気は絶対ダメですよ。もし、したら、とんでもないことになりますよ。とんでもないことに……。
イザベル様のお言葉に照れられたのか、殿下は話を変えられました。
「少し、話を戻そう。君は先ほどからクライメル嬢のことを、彼女ほど心根が美しいものはいないだとか、心優しいだとか褒めちぎっているが、どうしてそこまで彼女を褒めるんだい? 確かに良き令嬢だとは思うが、他の令嬢達に比べて特段にそうだとは思えないのだがね」
「いいえ、ミーアは私の知っている令嬢達の中で一番、心の美しい娘、優しい娘だと断言できます。だって、主人である私以外には絶対懐かなかったレオンヘルム三世が、ミーアだけには会った瞬間から懐いたんです。人と違って犬を騙すことは出来ません。ミーアはほんと心美しい素敵な娘ですよ」
「そうか、そう言われると納得せざるを得ないな。三世には私も散々泣かされたものだ。何度吠えられたことか。今でも、吠えはしないが触らせてもらえない」
クスリとした笑みを浮かべられるイザベル様。
王太子殿下とイザベル様がこちらを向き手を振ってくれました。私も今まで毛を撫でていたレオンヘルム三世の大きな背中から手を離し、お二人に手を振り返しました。
そして、地面に置いてあった棒を手に取り立ち上がりました。もっとレオンヘルム三世と遊んであげなければ……、可愛がってあげなければ。
だって、イザベル様の愛犬、レオンヘルム三世の尻尾は振りちぎれんばかりにブンブンと振られ、二つのつぶらな瞳は一心に私を見つめています。まるで恋する人を見つめるかのように……、貴女が好きだと言いたいかのように。
そうです。レオンヘルム三世は魔法にかかっています。私の魅了魔法に。
私の魅了魔法は犬限定。人にも他の動物にも全く効果がありません。このような魔法、持っていても大して使いようがないと落胆していたのですが、貴族学院に入学してから光が差し込みました。なんと、王太子殿下の婚約者であらせられる公爵家ご令嬢、イザベル・アントワーヌ様が、大の愛犬家であることを知りました。こんな素晴らしい幸運を逃してはなりません。一生懸命にイザベル様の行動パターンを調べ、知り合う機会を求めました。
イザベル様がレオンヘルム三世を散歩させている時に、偶然の出会いを装いました。
この後は、大体おわかりでしょう。私はイザベル様と懇意になり、卒業パーティーでのイザベル様達の劇に出演。そして、その功績により彼女の侍女の末席に加えてもらえることになりました。
私は今、嬉しくてなりません。未来の国王夫妻と確かな繋がりが出来ました。貴族家の最底辺で喘いでいた、我がクライメル男爵家も、その繋がりで引き上げてもらえることでしょう。そして、私の結婚相手も、それなりに高位の家から……、夢は広がるばかりです。
犬限定の魅了魔法、こんなものでも私の人生を変えてくれました。どんなものでも使いようはあります。使わないのは損なだけ。
「さあ、レオンヘルム三世。この棒をとっておいで!」
ぶん!
「ワンワン!」