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芥川龍之介の「蜜柑」を読んで

作者: 亜紗陽 凪

 僕は芥川龍之介が好きだ。彼の書いた小説は、我々読者に改めて人間の醜さや闇などを教えてくれるからだ。僕が近代文学を身近に感じる契機となったのは、僕が中学一年生の国語の授業で読んだ少年の日の思い出や、二年生の走れメロスの授業だ。僕は、その時初めて表現媒体としての文章の持つ人の心を動かす力の大きさを知った。そして、その時から文学に興味を持ち始め、今日に渡って膨大な本を読み漁ってきた(それは芥川に始まり夏目を経て今では村上春樹に進んだ)。特に芥川の作品では、本来人間が皆持っている素直な部分、隠したい部分、ドロドロと渦巻き葛藤している部分が描かれている。彼の作品を読んでいるとこんな感情を抱くのは僕だけではないと思え、ほっとする。「蜜柑」は、電車の中でこれから奉公先へ赴こうとしている田舎者の少女が見送りに来ている弟たちへ蜜柑を投げる姿を主人公「私」が目撃するという小説だ。   


 僕はこの小説の最後の文「私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れることができたのである。」に感動を覚えた。この主人公「私」は始め、夕刊を出して見るという元気も無く、さらに、そこへ乗り込んだ少女の頬の色や服装を嫌悪するほど憂鬱に苛まれていた。しかし、少女が生き生きと弟たちへ蜜柑を窓から投げるのをひと目見ると、「私」は最後の文のような感情になる。このように「私」の感情が逆転したのは、彼が少女の弟たちに対する優しさや思いやりを垣間見たからである。それを目撃し、こんなにも感情が豊かに変化する「私」の感受性に僕は心を打たれた。


 話は変わるが、僕は1年生の時、学校の生徒会中央役員選挙に立候補したことがある。「学校を良くしたい。」「活躍したい。」と僕は自信に満ち溢れていた。そのやる気を演説で全校生徒に伝えた。当日当選発表があり、先生から自分は落選したということを知らされた。その事実を知った僕は、自分を選ばなかった人たちを憎み、嫌悪し、軽蔑した。どこかで自信があったのかもしれない。当選したあとのことを思い描き、楽しみにしていた。そして皆から受け入れられなっかたことが大きな傷になった。苦しかった。また、これまで勉強などを頑張って来た自分が急に馬鹿馬鹿しく思え、もうどうでもいいと投げやりになった。その日は家に帰り、いつものように自分の好きなアーティストの曲をイヤホンで大音量で聴いた。何も考えたくない。何の情報も入れたくない。現実から目を背向けていた。すると、いつも聴いていたはずの曲が、いつもより美しく、心地よいテンポで僕の耳の中へ流れ込んだのである。その時の僕は明日からも中学校生活を頑張ろうとは思えなかったけれども、少なくともその日の嫌な出来事だけは、忘れることができたのである。


 この選挙に落ちたという経験と「蜜柑」という小説から得た教訓は、人間の価値は、一目見るだけでは判断できないということだ。つまり、自分の価値も他人にはわからない。だから、自分が他人に認められず受け入れられくても、人前で不満を言わず動じない人間になりたいと強く思った。


 僕は医者を目指している。病気を患う大勢の人々を自分の手で救いたい。また、患者の病気を治し、患者の命を救う医者という職業でしか得られないやりがいを得ることができるからだ。医者になるまでの過程や、医者になってから僕は多くの失敗をし、大きな壁にぶつかることがあるだろう。ときには、人々に蔑まれ、自分を認めてもらえないこともあるだろう。しかし、そんな時こそ、僕は決して動じること無く、堂々とした態度を保ち、人が見ていない時でも根気強く努力をし続けることで、逆境を乗り越えてゆきたい。そして、そのような局面に立たされた時、「蜜柑」という小説は必ずや僕にとって大きなバックボーンとなるはずだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  『蜜柑』という小説。 あの萌黄色の着物を着た少女は、「私」という存在に関心を向けることなく(半ば、いや完全に私と言う存在を無視していたが)自らの意思を貫き通していました。 「私」という人…
[一言]  僕は君より一つ年上、16歳だ。読書は僕たちに、想像力や感動を与えてくれる。 「読みなさい、どんどん読みなさい。くだらないもの、古典、傑作も駄作も、何でも読む。読みたまえ!そして吸収するので…
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