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魔界の勇者と天界の悪魔  作者: 綱島真
序章 ~少年時代~
5/6

勇者の息子04


 ルシウムは目を覚ます。見慣れない白い天井。どこからか吹くさわやかな風。あれ、昨日窓開けていたっけか……。あんまり覚えていないや。

 ルシウムの頭上から、眩しい日差しが、カーテン越しに差し込んでいる。


 相当深い眠りだったのか、夢は見なかった。

 目覚めが良い。こんなに気持ちの良い目覚めはいつ以来だろうか。

 昨日までは毎晩のように悪夢を見ていたから。


 ルシウムは、上半身を起こし辺りを見渡す。そよ風に吹かれゆっくりと靡くカーテン。

 そうだ、昨日、レモンドとかいう魔族に連れ出されたんだった。そしてこの屋敷に招かれて、この部屋に案内されたんだ。

 それにしてもいい天気だな。魔界にもこんなに気持ちの良い風が吹くのか。

 朦朧としていた意識と記憶が徐々に覚醒していく。


 しばらく部屋を見渡し茫然としていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「失礼します。ルシウム様、おはようございます。お目覚めになりましたか」


 部屋に入ってきたのは、眼鏡をかけた長身の金髪メイドだった。


「……おはようございます」

 

 少々歯切れが悪い感じでルシウムは挨拶を返す。


「お食事のご用意をしております。よろしければ、客間までどうぞ」


 金髪メイドは、深々と頭を下げ、若干ずれ落ちた眼鏡をスッと直すと部屋から去っていった。


 ここは魔界。あの人は魔族。

 だが昨日ほどの不信感はない。一晩眠って気持ちが落ち着いたからだろうか。

 まだあの人たちの目的と思考が分からないし、疑問ばっかりだ。いや、目的は正直分かっている。分かってはいるが、ただ信用できていないだけ。

 まあ、いっか。で割り切ってしまえば済む話ではあるが、そう簡単に割り切れるほど、ルシウムの心情は軽薄ではない。


 魔族のあの言葉が信用できないのであれば、何かここに留まる理由がないと、ルシウムは動き出せない。

 明確で仕方がない理由。屋敷に滞在する理由。客間に向かわないといけない理由。


 腹が減っている。あの金髪メイドが食事の準備ができていると言った。

 そうだ、腹が減っているから仕方がなく行くんだ。生きるためには食事が必要だ。

 せっかく拾った命なんだから大事にしないと。


 ただの善意を、まだ素直に受け取ることができないルシウムは、そうやってどうしようもない理由をつけて客間へ向かうのだった。



――――――――――――――――――――


 客間へ到着すると、テーブルの上にはすでに食事が用意されていた。

 昨晩ほど豪勢ではないが、スープとバゲット、卵料理とシンプルで食べやすい料理が並べられていた。天界で出てくる朝食とさほど変わらないものを魔族も食べているらしい。

 

「……いただきます」


 ルシウムは、目の前のバゲットを頬張りながら辺りを見回す。


「レモンド様をお探しですか?」


 何やらひと仕事終えたらしい金髪メイドが厨房から顔を出し、ルシウムに話しかける。


「え、あ、はい……」


 急に話かけられて肩をびくつかせたルシウムが答える。


「レモンド様は今、急用で外出しております。申し訳ありませんが、いつお戻りになるかについては存じておりません」


「そうですか」


 レモンドが出かけていると聞いて、落胆する気持ちと安堵する気持ちが混ざり合う。

 早くこの状況にケリをつけて安心したいという気持ちがあるが、昨日の今日でなんとなく顔を合わせづらい。


 そんな気まずい心情で目の前の料理を口に運んでいると、金髪メイドがルシウムの真横にしゃがみ込み、顔を見上げる。


「ルシウム様。お食事が済みましたら、少々お時間をいただけますか?」

 まるで、愛する我が子を見守るような優しい顔つきで、ルシウムに問いかけた。


「あ、はい」

 食事が終わったところで特にすることもなく、むしろ何をしたらいいのか分からないし、この人たちにまだ聞きたいことがたくさんあるルシウムは、快く了承した。



 決して急かされている訳ではないのが、なんとなく気持ちが早まってしまい、目の前の料理をせかせかと口に運び、時折咽ながらも、手早く食事を済ませた。


 金髪メイドは、食べ終えた後の食器を厨房奥の流し台に慣れた手つきで片付けると、「お待たせしました」と汗1つかいていない額を拭いながら、ルシウムを客間から連れ出した。


 連れてこられたのは、屋敷3階のレモンド執務室、ではなくその隣、執務室ほどではないが、ルシウムの部屋よりは大きめのドアが厳重にロックされた部屋だった。

 中に案内されると、部屋の中には世界地図や古びた本棚にぎっしりつまった何やら難しそうな本の数々。剣や槍などといった武器や高級そうな盾がそこかしこに置いてあり、怪しく光る鉱石がずっしり詰まった箱が無造作に並べられている。その他にもルシウムが見たことないような貴金属や宝石などが並べてあった。 


「ここは……」


「この部屋は、この屋敷の――というよりほとんどはレモンド様の私物なのですが、レモンド様の宝物庫です。」


 見たこともないような物が多く詰まったこの宝物庫に入った幼い少年ルシウムは、なぜそんなところに連れてきたのかという疑問より先に、見たい手に触れたいという好奇心に目を輝かせていた。


「どうぞ手に取っていただいて構いませんよ、壊したりしなければ」


 そんなルシウムの様子を見ていた金髪メイドは、まるでおもちゃ屋ではしゃぐ子供を眺める優しい母親のような声色で言った。


 ルシウムは、抑えきれない好奇心に駆られながら部屋にある珍しい物を物色する。

 その中で、部屋の片隅にひっそりと立て掛けてあった剣を見つけた。その剣は、全体が黒に覆われていて、グリップの部分に赤い血のようなラインが引かれているシンプルなものだ。

 しかし、その佇まいは、切り裂いたものをすべて闇に葬り去ってしまいそうなほど禍々しく、ルシウムには到底扱うどころか手に取ることすら躊躇ってしまうほど強大な魔力を感じさせた。


「それは、魔剣ヴァウスといって、闇の魔力が込められた強力な武器です」


 後ろを振り返ると、金髪メイドが綺麗な姿勢を保ったまま、ルシウムを見下ろしていた。

 表情自体は、先ほどと変わらず優しい母のような表情をしていたが、どこか遠くを見つめているようなそんな雰囲気を感じさせた。


「魔剣……」


 天界で暮らしていた頃、母から魔剣について聞いた事があった。

 魔剣とは、その名の通り魔の剣。闇の魔力を持つ魔族にしか扱えず、その中でもかなり優れた剣術と精神力を兼ね備えた選ばれし魔族にしか扱うことのできない強力な剣だと。

 もし人間が手にすれば、精神が崩壊し我を失ってしまうか、灰となって消えてしまうという恐ろしい物であると。

 

 その事を思い出したルシウムは、途端に恐ろしくなり数歩身を後退りさせた。


「そうです。魔剣です。しかもこの魔剣は魔界にある武器の中でも特に厄介なもので、レモンド様ほどの強い力を持つ魔族でも、扱うことが難しく、よほどのことがない限りはこちらの剣は手にしません」


 レモンドほどの魔族。

 ルシウムはまだ、レモンドがどの位強いのかなど知らない。

 知らないが、佇まいや滲み出るオーラから、魔族の中でもかなり優れた力を持つに違いない。

 あの風貌で、実は魔法はおろか、剣もろくに扱えませんと言われたらそれこそ驚きを隠せなくなる。


「あの、レモンドってどのくらい強いんですか?」


 そう考えると、レモンドがどの位強いのか気になる。

 ルシウムという人間を助け出すくらいお人好し(?)な魔族なのだから、そこまで魔に染まった人物ではないと思う。思いたい。

 顔つきは確かに恐いし、背も高くオーラもとてつもない。けれどあまり腕っぷしが強そうではなく、むしろ普通の人間より細いのではないかと思うくらいだ。まあ、普通の人間じゃなく魔族なんだけど。

 魔法の扱いに優れていて、とても優秀な魔術師である可能性もあるが、もしかしたら、知性派であまり前線には出ずに、部下に残酷な指示を出し城に籠ってるタイプかもしれない。

 なんか非道な事考えるの得意そうだし。


 ルシウムが知らないレモンドの実力を推測していると金髪メイドが、「んー」と頭を捻らせていた。


「そうですね……レモンド様は魔術も剣術も魔族でトップを争うくらいには強いですね。昔、光の勇者と互角に戦ったことがありますし」


「……」


 想像していた以上の答えが返ってきて、ルシウムは言葉を失った。


 あの母を……天界最強と言われたあの光の勇者と互角……。

 光の勇者がどれほど強く逞しかったか、その実力をよく知るルシウムは、金髪メイドの言葉を聞いて驚愕していた。

 驚愕すると同時に、なおさらなぜ自分を助けたのかという疑問がますます増していった。



「あれから20年近く経った今でもその実力は衰えておりません」


 それならばなぜ、自分を助けたのか。

 それほどの実力があるのならば、昨日言っていた「世界を平和にする、人間と魔族の共存」という目的をレモンドがやればいい。

 なぜ自分なのか。なぜ自分を利用するのか。こんなか弱く泣き虫なただの少年を利用して何になる。使えないただの道具にすらならない。


「そんなに強いのなら、レモンドが自分で自分の野望を果たせばいいじゃないですか。なぜ、僕なんですか。確かに僕は勇者の息子です。でも、道具として利用するとしても僕には何の力もない。魔法も剣も使えない」


 ルシウムは静かに問いかける。

 昨日みたいに癇癪を起すことはなく、至って冷静に、だが怒りの籠った口調で金髪メイドに問いかけた。


「道具として利用するなんてそんな非情な事はしません。ルシウム様が剣や魔法を使えないのは、恐らく誰からも教えてもらわなかったからです」

 金髪メイドが、優しく少年を宥めるように答える。


「……確かに、僕は誰にも教えてもらわなかった。いや、教えてくれなかった」

 少年は俯き、弱く呟く。


 ルシウムは、母に、父に、剣と魔法の使い方を教えてほしいと頼んだことがある。だが、ルシウムの両親や天界の人間は「お前には平和に生きていてほしい」と言って教えてくれなかった。

 恐らくそれは、本気でルシウムの身を案じていた人間達の優しさだったのだろう。


 しかし、それが返ってルシウムを苦しめることになったのだ。

 あの日、自分に力があれば……、家族を守る力があれば、もしかしたら未来は変わっていたかもしれない。両親が死なずに済んだかもしれない。

 誰からも教えてもらわなくても、自分で学んでおけばよかった。

 でもそれをしなかった。家族に甘え、絶大な力を持つ勇者に甘えていた。自分が何もしなくても母が、父が守ってくれていた。

 ただ、家族が襲撃された日、父も母もあっけなく殺された。自分は恐怖し怯えて隠れることしかできなかった。力は無くても、勇気があれば、もしかしたら被害が少なく済んだかもしれない。


 魔族を恨み憎み、己の無力さを呪い、そして自信を無くし、全てを諦めた。


 天界の人間がルシウムを育てるうえで決断した判断が返ってルシウムの心を酷く痛めつけていた。


「だから私達が、あなたに剣も魔法も教えます。過ぎ去った過去は元には戻りません。失った者は還ってきません」


 金髪メイドは、ルシウムの心を見透かしたように言った。

 心に深い傷を負い、自信を無くし魔族を憎み恨み絶望している少年を諭すように。


「無理だよ……僕にはできない。例え教えてもらったとしても僕には無理だ。いくら人間の僕が力をつけても、魔族には勝てない。魔族は人間の何倍も強い。普通の人間には勝てっこない」


「魔族の私が言うのはあれですが、確かに魔族の力は人間を遥かに上回っています。非戦闘員である私ですら、人間1人殺すくらいなら造作もないでしょう」


「なら尚更、僕じゃなくても、違う人がやればいい。わざわざ人間の僕を助ける必要もなかった……」


「昨日、レモンド様も言っておりましたが、私達は決して人間を滅ぼしたい訳ではないのです。」


「共存――。そんなの出来るわけ……」

 ルシウムは言葉を詰まらせる。


「レモンド様は不器用な方ですので、キツイ言い方だったかもしれません」

 金髪メイドが口元を軽く抑えふふふっと微笑み、そして続けて言った。


「人間が魔族に対してどのような印象を持っているのか、魔族がどれほどの罪を犯したのか、私達も分かっております」

 金髪メイドがそう言うと、さっきまでの優しい表情が少し濁り、遠くを見つめる。


「だったらなんで……」

 それでも魔族を信用できないルシウムは、答えのない問いかけをし続ける。


「憎しみが憎しみを生み、そしてその憎しみが消えない限り、この負の連鎖は止まらないのですよ」

 視線をルシウムに戻し、今度は悲しげな表情でルシウムに語り掛けた。


「それってどういう意味ですか?」


「昨日も言いましたが、何の罪もないただの魔族が、人間に憎まれ殺される。そして家族を殺された魔族は人間を恨み、今度は何の罪もないただの人間を殺してしまう。こういった負の連鎖が、戦争を引き起こし、人間を魔族を対立させてしまうのです」

 

 復讐が復讐を呼び戦争を引き起こす。

 今のこの世界では大きな戦争は起こっていないものの、各地で小さな争いが続き、その小さな争いがやがて大きな戦争を引き起こすということを金髪メイドは伝えたかった。


 しかしこの幼い少年には、難しすぎる題材であり、理解するにはまだ幼すぎる。

 そしてこの戦争を止め世界を平和にするという使命は、ルシウムにとってはあまりにも重く、大きすぎる。

 心優しい魔族である金髪メイドやレモンドはそれを分かっている。本当ならこんな幼い少年にこれ以上悲惨な思いをさせたくはない。

 だがこのままだといずれ今よりももっと残酷で悲惨な思いをすることになると予見している。


「そんなこと言われても分からないよ。僕には分からない」

 今にも泣きだしそうな顔をしているルシウムを見て、金髪メイドは下唇を噛む。

 哀れみや悔しさを含んだような複雑な表情で。


「今は分からないかもしれない。理解できないかもしれない。ルシウム様はまだ子供で未熟です。ですがあなたには素質がある。剣も魔法もあなたはこの世界の誰よりも強くなれる。ただ、勇者の息子だからという理由ではなく、今はまだ言えませんが、あなたには世界を変える唯一の才能があるのです。だからあなたにしかできないことなのです」


 金髪メイドの濁り無き碧眼がルシウムを見据えている。

 その目に宿る光は、希望や期待を含んだ真っすぐな目だ。


 ルシウムに希望を託している。ルシウムは期待されている。


「僕にしかできない……。僕には特別な力があるのですか?」


「そうです。ルシウム様には特別な力がある。レモンド様やかつての勇者も持っていなかった、この世界で唯一の力が」


 ルシウムはまだ人の言葉の裏を読む力など皆無に等しい少年だ。

 悲惨な過去を送ったとはいえ、ルシウムも1人の人間、1人の少年。

 誰しも「特別だ」などと言われれば期待してしまう。それがまだ幼い少年であるならば尚更である。


 金髪メイドの言葉は虚言でもお世辞でもなく本気でそう言っている。

 そんな目をしている。信じたい。信じても良いのか。

 魔族を、あれだけ憎んだ魔族を信用できるのか、、信用していいのか。


「……信用してもいいのかな?」

 ルシウムは、誰に問いかけるわけでもなく、独り言のように呟いた。

 否、これはルシウム自身への問いかけだ。

 魔族を信用できない気持ちと魔族を信用してみたい気持ちがぶつかって混ざり合う。


「今は私達魔族の事を信用できないかもしれません。あなたが心に負った傷は簡単には治りません。無理に信じてほしいとは言いません。例えこの先、あなたに信じてもらえなくても――」


 金髪メイドは、これまでにないほどの優しい顔でルシウムを包みこむように、ルシウムの凍り付いた心を溶かすような温かさで言った。


「私達が、あなたを信じています」


 そう言って金髪メイドは、ルシウムを優しく抱きしめた。

 傷ついた少年を、何も分からず恐怖で震える少年を、全てを諦め絶望していた少年を、重くて大きな使命を背負うことになる少年を。


「なら少しだけ、信用してみます」

 ルシウムは俯いていた顔を上げ、大きな紅い瞳で金髪メイドを真っすぐ見据て微笑んだ。

 それはルシウムが魔界に来てから初めて見せる笑顔であった。


――――――――――――――


 ルシウムが抱えた心の闇は簡単には晴れない。過去のトラウマはそう易々と消し去れない。

 でも、そうやってずっと心を閉ざしていては、いつまで経っても成長できない。

 自分を信じてくれて期待されていて、理解してくれる人がいる。

 魔族だからとか、人間だからとか、そういうのはもうやめだ。

 魔族であろうが人間だろうが、世界の平和を望む者がいるのであれば、望みを叶える希望にならなければいけない。

 自分にしかできないことならば、自分がやるしかない。いつまでも母に、自分に甘えていてはいけない。過去を引きずって、何事も諦めてはいけない。

 勇気があれば、どんな困難にも立ち向かっていけるはずだ。


 だってルシウムは、勇者の息子なのだから。








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