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魔界の勇者と天界の悪魔  作者: 綱島真
序章 ~少年時代~
3/6

勇者の息子02


 テーブルに並べられた食事は、パン、肉、野菜、魚、フルーツとバランスよく作られていた。

 ルシウムが天界で食べていた料理となんら変わらず、この人達は本当に魔族なのかと疑ってしまうほど、人間味あふれる物だった。

 肉は何の肉だろうか。牛か、豚か、鳥か。野菜はどんな野菜なのか。魔界に畑なんで存在しているのだろうか。この魚を獲った川や海は綺麗なんだろうか。


 ルシウムが抱く魔界の印象は、暗く闇に覆われ、川や森は酷く荒んでいるといったもので、牢屋で3日に1度出る食べ物も、料理とは呼べず、人間が食べるようなものではない禍々しい“何か”だった。


 だからこそ、今目の前に並べられた料理を見て、ルシウムは戸惑いと不安を隠せずにいる。


「大丈夫ですよ。人間のお肉などは使っていません。むしろそんなもの食べたりしませんよ」

 ルシウムの表情を見て、レモンドの横で凛と佇む金髪のメイドが、ルシウムの思考を見透かしたようにふふふっと微笑む。


「うむ、やはり人間というのは魔族に対してそういった印象を抱いているのか……」

 ルシウムと金髪メイドのやり取りを見て、レモンドが少し悲しげに呟いた。


「安心してください、ルシウム様。ここに並んでいる食事は、私が愛情を込めて作ってますから」

 そう言って悪戯に微笑む金髪メイド。その隣で「うん、うん」と頷くレモンド。


「まぁ牢屋で出てきた“アレ”よりはマシだろ。別に食べたくなければ食べなくてもいいが」

 レモンドは、ルシウムを真っすぐ見つめる。決して威圧している訳ではないと分かっていても、目つきが悪いため、萎縮してしまう。


 レモンドの言う通り、牢屋で出てきたアレよりかは断然マシである。むしろ天界で過ごしていた時よりも豪華なのではないかと思う程、目の前にある料理は美味しそうである。

 ここ数年ろくに食事をとっていなかったルシウムは目の前にある誘惑に負け、すぐ手元にあったふわふわしたパンに手を伸ばそうとした瞬間

「待て」

 レモンドが、冷たくルシウムを睨みつけた。

 やはり何か裏があるのか。レモンドの冷たい表情にルシウムが驚き、恐怖の顔を浮かべる。


「腹が減っているのは分かる。だが“いただきます”はちゃんと言うのだ。勇者である母親からそんな当たり前のことも教えてもらわなかったのか」


 色々な感情をルシウムは抱く。魔族がこんな人間みたいなことを言うのかという驚きと、ただ“いただきます”を言わずに料理に手を出そうとした事への説教であった安心。

 この人達は本当に魔族なのかと再度疑わざるを得ない。


「い、いただきます……」

「はい、どうぞ召し上がってください」

 金髪メイドが、かつて母がみせた大事な息子に向けた優しい笑顔のような、穏やかな表情で言った。


 ルシウムは、再度目の前のパンに手を伸ばし、ひとくちで食べられる大きさに千切り口に入れた。


 美味しい。

 味が付いてないパンではあるが、久しぶりに食べた料理の味。

 美味しい。他に色々な表現方法があるとは思うが、ルシウムにとって今一番感動している表現は美味しいただそれだけ。

「美味しい……美味しい……美味しい美味しい」

 そして、ルシウムの目のは大粒の涙が浮かび、そして溢した。


 溢れんばかりの涙。久しぶりに受けた人の愛情。

 まだ幼くか弱い少年が、目の前で両親を殺され、狭く不気味な牢獄に拉致監禁され、ろくに食事も与えられず、ただ勇者の息子というだけで魔族から妬まれ乱暴に扱われた。

 辛かった。死にたいのに死ねない生き地獄。殺すなら早く殺してほしかった。

 なんで?どうして?と常に少年は思っていた。

 自分は何もしていないのに。ただ平和な世界で、両親と暮らしていただけなのに。

 家を襲った魔族の「勇者を殺せ。息子は生け捕りにしろ」という不気味な叫び声と、両親の悲鳴が脳裏をよぎる。

 恐かった。悲しかった。魔族に対して憎く思った。憎い。なんで、どうして。

 光の勇者と呼ばれ、誰よりも強かった母が一瞬にして亡き者にされた恐怖。

 あれほど憎く思った魔族が今、自分を助けてくれた。なんで、どうして。

 分からない。こんなに優しくしてくれるのに、どうして母を殺したのか。どうして僕を拉致監禁したの。なのになんで助けてくれたの。なんで……どうして……。


 言葉にならない色んな感情が入り混じりルシウムは声を荒げて泣いた。泣きながらテーブルに並んだ料理を口に頬張る。

「う……うわあああん」


 そんな幼い少年の姿を、優しく見守るメイドとレモンド。


「辛かっただろうな。私達が無力なばっかりに……本当に情けない」

 レモンドが悔しそうな表情で呟く。


 屋敷中に響き渡るほどの泣き声。それは食事が終わった後もしばらく続いていた。


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