表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナイト&クイーン(短編版)  作者: 赤佐田奈破魔矢
2/3

悪魔の箱

 結論から言うと、少女はすぐに見つかった。

 探し始めてすぐに、爆発音や破壊音が聞こえてきたので、音のした方に行ってみると、少女と怪物が戦っていた。

 だが、相変わらず、少女の攻撃は怪物には効かず、防戦一方になっている。

 

(どうする?)


 ハジメは辺りを見渡した。

 なにか武器になるようなものが欲しい。

 だが、都合よく、道端にバットや鉄パイプが転がっていたりはしなかった。

 仕方なく、ハジメは近くに設置してあった、木製の自立式看板の足を掴み、持ち上げた。

 怪物も少女も互いに意識を集中していて、こちらには気づいていない。


「うぉおおおおおお!」

 

 怪物に向かって走る。 

 勢いをつけ、側方から看板を怪物の右腕に思いきり叩きつけた。

 音を立てて、足元から看板がへし折れる。


「あれ?」


 その一撃で看板は、使いものにならなくなってしまった。

 逆に言えば、そのくらいの威力はあったということでもあるのだが、怪物にはまるで効いていなかった。

 そもそも、少女の放つ火球のようなものでさえ、怪物には大して効き目がなかったのだ、冷静に考えれば、その程度の打撃が応えるはずもない。


「ちょっと! あなた、なにやってるの! 早く逃げなさい!」


 ハジメの存在に気づいた、少女が叫ぶ。


「え? ってうぉおおおおおおおお!」 


 少女の声に、ハジメはそちらを向くが、突然体が宙に浮いた。

 怪物が攻撃された右腕でハジメを鷲掴みにし、持ち上げたのだ。

 ゴミでも捨てるかのように、怪物はハジメを水平に投げ飛ばす。 


「うぁああああああああああああ!」


 ハジメは宙を舞い、背中から地面に激突した。

 そして、その勢いのまま数メートル近くゴロゴロと転がる。


「ガッ.......ハッ.......!」


 横隔膜が麻痺して呼吸が止まる。


「ちょっと、大丈夫!?」


 声のした方に視線を向けると、少女が、こちらに向かってかけてくるのが見えた。 

 次いで、ハジメは目を見開く。

 少女の背後にいた怪物が、少女に向かって、腕を振り上げていたからだ。

 少女は、ハジメに気を取られて気づいていない。

 後ろ──────────── 

 と、叫ぶ暇も無かった。

 怪物の拳が、少女の体を容赦なく吹き飛ばす。

 少女の体は勢いよく、シャッターに叩きつけられた。

 幸い意識は失っていないようだが、少女はかなりぐったりとしている。


(マズイマズイマズイ──────!)


 ハジメは、急いで辺りを見渡した。

 なんとかして、この窮地を脱しなくてはならない。

 『だが、そんなものがあるのか?』と思ったその時、赤い街灯設置型の消火器の格納箱が目に入った。

 

「ぐ、あ......」


 全身を襲う痛みを無視して立ち上がり、よろよろと格納箱の元まで歩く。

 格納箱を開け、中から消火器を取り出した。

 ホースを怪物に向け、レバーを引く。

 白い消火剤が勢いよく噴射され、怪物を包み込んだ。


「ゴア.......ガアアアアアアア!」


 怪物が苦しそうなうめき声を上げる。

 大したダメージにはならないが、目くらましくらいにはなるだろう。

 ハジメは、消火器を投げ捨て、少女の元に駆け寄った。

 自身の背中に少女を背負う。

 そして、ふらつきながらもその場を後にした。

 

 


「うっ......足が.......」


 辛そうに少女がうめく。

 ハジメは、少女のズボンの裾を捲った。

 左足首が赤く腫れている。

 さっき、シャッターに叩きつけられた時に強く打ったか、捻ったのだろう。


「ごめん、俺のせいで......」

「いいわよ。もう......」

 

 力のない声で少女が答える。

 ハジメ達は、路地裏に身を隠していた。


「なあ、あの怪物って一体なんなんだ?」

「あなたが知る必要は......」

「頼むよ......!」


 ハジメは険しい顔で少女を見た。

 自分が、無謀な行動を取らなければ少女に余計な怪我を負わせずに済んだかもしれない。

 にも関わらず、この期に及んで、自分が何も知らない部外者でいることがハジメには許せなかった。

 少女は小さく嘆息する。そして、根負けしたように語り始めた。


「あれは、悪魔(デーモン)。パンドラボックスに封印されていた、闇の魔力から生まれし、魔族よ」

「パンドラボックス......魔族?」


 おおよそ日常生活で聞くことのない単語の羅列に、ハジメは眉をひそめる。

 

「信じられないかもしれないけど、私はこの世界の人間じゃない。世界は1つではなく、無数に存在しているものなの。そして、その昔私達の世界を滅ぼそうとした100体の悪魔を封じていた箱がパンドラボックス。でも1年前に、何故かその封印が解かれた」


 常識の外れた少女の説明に、ただただハジメは戸惑っていた。

 他の世界に悪魔に、それを封印していた箱。

 できの悪い漫画やファンタジー小説のような話だ。


「私の家は、かつて悪魔をパンドラボックスに封印した魔術士の家系なの。そして、私は現在の当主の血を引いている。この世界に逃げ出した悪魔達の討伐を命じられて、半年前、私はこの世界にやってきたの」

「じゃあ......その間君はずっと1人で戦っていたのか?」

「パンドラボックスの管理は、私達の一族が行ってきた。封印が解けた責任は私達にある。だから、これは私がやらなくてはならないことなのよ」

「でも......!」


 ハジメが反論しようとした時、通りの方から重い足音が聞こえた。

 顔を向ける。

 通りにはさきほどの怪物──────悪魔がいた。

 悪魔は、まだこちらには気づいていない様だったが、まるでこちらを探しているかのように首を左右に振って辺りを見回していた。


「悪魔......」

「見つかるのは時間の問題ね。私が奴を引き付けるからあなたはその隙に逃げないさい。この体でもそのくらいはできる」

「な、何言ってるんだ! そんなことできるわけないだろ!」

「言ったでしょう。これは私がやらなければならないことなの。この世界に生きるあなた達には何の関係もない。あなたは自分が生き延びることだけ考えていればいいの」


 少女は、真剣な表情をハジメに向ける。

 本気の眼だった。

 少女の話を聞く限り、この世界は巻き込まれただけだ。

 たまたま、封印されることを恐れた悪魔達がこの世界に逃げ込んできたというだけ──────直接的には何の関わりもない。

 この世界の住む人間からすれば、いい迷惑だろう。

 そもそも自分がいたところで足を引っ張るだけかもしれないし、彼女が悪魔を討伐するためにこの世界にやってきたというのなら素直に任せた方がいいのかもしれない。

 だが──────


「嫌だ......」

「あなたには関係のないことでしょう!」


 少女が声を荒上げる。

 ハジメは、悪魔のいる方を向き、立ち上がった。


「あるさ......!」

「え?」


 言葉の意味がわからず、少女は呆然とハジメを見上げる。


「1つ、君は俺のせいで怪我をした。2つ、君が死ねば、あの怪物が野放しになってしまう。そしたらもっと多くの犠牲者が出る。3つ──────」



 ハジメは、古い記憶を呼び起こしていた。

 眼が痛くなるほどの光。

 むせかえるような煙の臭いと熱気が肺を侵す。

 自身の名を呼ぶ父と母。

 焼け落ちた建材が自身と両親を隔てている。

 父と母の元に駆け寄ろうとするが、反対に距離はだんだんと離れていった。

 耐火服を着た消防士によって、強引に外へと連れ出される。

 最後に見たのは、崩れ落ちていく部屋。

 そして、黒煙に飲み込まれる両親の姿──────

 


「──────俺はもう、目の前で誰かを失いたくない」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ