第九話:異世界では相棒は他人より心強い
「くらいやがれ!」
「ティンダー!」
先手必勝。俺とユルビンは渾身の攻撃をレインボースライムに喰らわせた。
俺は鉄の剣での斬撃を、ユルビンは炎魔法を、ありったけの力を込めて繰り出した。
しかし、レインボースライムはまるで応えてない。
それどころか、なんだか生き生きし始め、こちらの方を向いた。目こそ無かったが、なんだか殺気にあふれた視線を感じた。
「フォッフォッフォッ、お主ら、わしに挑むか?」
その声は、どこからともなく聞こえてきた。
「ふーむ、なるほど。駆け出しのファイターにウィザードか…ふん!その装備でわしに挑むなど、百万年早いわ!」
もしかして、このレインボースライムが喋ってるのか?
「くっ、なんともおぞましい鳴き声!マナブさん、もう一回行きますよ!」
いや、違う。
ユルビンはこいつの言葉を理解していない。それどころか、「鳴き声」としか認識していない。
ということは、俺のチート能力はモンスターの鳴き声すら理解させてくれるのか?そういえば、俺が初めてこの世界で戦ったスライムも、何か喋っていた気がする。おそらくあれは、俺以外にはただの「鳴き声」でしか無かったんだろう。
俺の言語力の新事実がわかったところで、俺はユルビンに声をかけた。
「いや、待てユルビン!こいつは自分の魔法耐性を変える厄介な敵なんだろう?だったらただがむしゃらに攻撃するだけじゃダメだ。こいつの弱点を探らないと。今から俺が言う属性がやつの弱点だから、ユルビンはそれ系の魔法をとにかく撃ってくれ!」
「あ、はい!わかりました!でも、どうやって探る気ですか?」
「そこら辺は任せとけ!俺は観察力に定評がある見たいだからよ!」
ユルビンとの作戦会議を終え、俺はレインボースライムの方へと走り出した。
さて、どうしたものか。
ああは言ったものの、正直なんの策も浮かばない。このままではただやられに行くだけだ。
いくらユルビンにいいところを見せたいからって、見栄を張るんじゃ無かった。
そう俺が思っていると、レインボースライムが話し始めた。
「フォッフォッフォッ、わしの弱点を探るだと?できるものならやってみろ!」
そう言うと、レインボースライムは眩い光に包まれた。
光が収まると、その姿が大して変わっていないのがわかった。
変わっているとしたら、俺とやつの間の距離だ。もうやつが目の前まで来てる。
ヤバイ、このままでは攻撃を食らってしまう。
だけど、引き下がるわけにもいかない。
どうしよう。
俺がそう葛藤していると、レインボースライムが意外なことを言い始めた。
「フォッフォッフォッ、ほれ。お主の仲間が得意な炎魔法への耐性を強くしたぞ。氷魔法には弱くなってしまったが、あいにくそれを使える仲間がいないようだのう!残念だったのう!フォッフォッフォッ!」
俺はとっさに後ろを向き、ユルビンに叫んだ。
「ユルビン!氷だ!今こいつは氷魔法に弱い!」
「了解しました!行きます!フロスト!」
ユルビンはそう言い、右手から冷気を纏った光線をレインボースライム目掛けて放った。
「ぐわああああああ!」
その光線は見事に命中した。
「うらあぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのまま俺も、剣での斬撃を繰り出した。
「ぐっふ!』
これまた綺麗に命中した。
「ば、ばかな…なぜわしの弱点がわかった!?」
レインボースライムは表情が読み取れなくとも、わかりやすく動揺していた。
「よし!このまま行くぞ、ユルビン!」
「はい!」
そこからは早かった。
レインボースライムが魔法耐性を変えてはご丁寧にそれを説明し、俺がその情報をユルビンに伝え、ユルビンが弱点に合った魔法を撃つ。ひたすらそれの繰り返しだった。レインボースライムはその能力が厄介なものの、どうやら知力は高くないようだった。なにせ、やつは一度も俺が自身の言葉を理解していると疑わなかったのだから。
言葉がわからないと思い、調子に乗って自身の弱点を暴露する。実に愚かなモンスターだ。やつもまた、過度な自信に溺れた者なんだなと思ったところで、やつはもはや瀕死の状態になっていた。
「はあ、はあ…く、くそう!なぜだ!なぜわしの弱点がわかる!?そしてなぜいくら魔法耐性を変えてもわしの弱点をつけるのだ!?魔法を使う冒険者は一つの魔法しか極めないと聞くが…お主ら幾ら何でもいろんな魔法を使えすぎだ!」
ここまでくるとさすがに哀れに思えてくる。
トドメを刺す前に、俺は奴に語りかけた。
「残念だったな。俺らに出会ったのが、お前の運のツキだ。」
「ま、まさか、お主わしらスライムの言葉が喋れるのか!?」
やつの声は、恐怖を通り越して怒りで溢れていた。
そんなやつを気にもせず、俺は続けた。
「ああ、そうさ。俺は言語力に長けているんでね。お前の言ってる事はぜ〜んぶわかっていたぜ。ご丁寧にご説明、ありがとな。」
「く、くっそう…一生の不覚…」
「あと、一つだけ訂正させてもらうが–」
俺は鉄の剣を振りかざした。
「俺の相棒はウィザードなんかじゃない!ありとあらゆる魔法を操る最強最高のソーサラーだ!」
俺はそう言い、剣を振り下ろした。
あたりに響き渡るおぞましい悲鳴と共に、レインボースライムはゆっくりと形を忘れていった。
やがて、そこには虹色の水溜りしか残っていなかった。
俺はユルビンの方へと振り向き、彼に語りかけた。
「やったなユルビン!」
「はい!無事にクエスト完了ですね!」
ユルビンはそう言いながら、こちらへと駆け寄ってきた。
彼の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
もちろん、俺のにもだ。
なぜかはわからなかったが、俺の体を妙な爽快感が包んでいた。
少し変な気持ちだったが、正直悪い気持ちでは無かった。
いつしか忘れていた感情が、蘇った気がした。
「そういえば、マナブさんさっきあのレインボースライムに話しかけていましたよね?もしかして、スライムの言葉がわかるんですか?」
俺が爽快感に浸っていると、ユルビンは俺にそう問いかけた。
すかさず俺は返事をした。
「あ、ああ。一応言語には長けていてな。ヴァンパイアやデュラハンの相手ができたのも、この言語力のおかげさ。」
するとユルビンはお菓子を与えられた子供の様な顔をして、俺にさらに問いかけた。
「ヘェ〜すごいですね!さぞかし物凄く勉強したんでしょう…その探求に対する姿勢、尊敬します!どれだけ勉強したんですか?」
「あ、いや、別に勉強したわけじゃないんだけど…」
なんだか少し勘違いをしているみたいだが、まあ別にいいだろう。
こんなにも嬉しそうなユルビンの笑顔を奪うわけにはいかないからな。
するとユルビンは思いがけない事を聞いてきた。
「そういえば先程あのレインボースライムに僕の事を『相棒』って言ってましたよね?あれはなんでですか?」
相棒。
とっさに、俺の口から出たその言葉。
それは俺がずっと欲していたものなのかもしれない。
なるほど、そういう事か。
俺がユルビンによく思われたかったのも、彼の前でカッコつけたかったのも、さっき妙な爽快感を感じてたのも、全部「相棒」と呼べる存在が欲しかったからだ。「友」と呼べる存在が。
何年も人と接さずに過ごしていた俺は、いつしか人肌が恋しくなっていたのかもしれない。
俺はフッと笑みを浮かべ、ユルビンの問いかけに答えた。
「いや、なんか俺たちもう仲間だろ?一緒にモンスターを倒した仲だし、『相棒』って呼んでもいいかな〜って思ってな。嫌ならやめるけどさ。」
「あ、いや、別にいいです!正直、僕も『相棒』と呼べる存在ができて嬉しいです…だから、これからもよろしくお願いします、マナブさん!」
ユルビンは嬉しそうに、そう言った。
当たり前だ。彼もまた、今までずっと一人だったんだから。
俺はさらに大きな笑みを浮かべ、言葉を返した。
「ああ、よろしくな!っていうか、さん付けはやめてもいいぞ。俺ら、相棒だろ?さん付けしてたら距離感じちゃうから、普通にマナブでいいぜ。」
ユルビンもまた、大きな笑顔で返事する。
「はい!じゃあ、これからもよろしくお願いします、マナブ!」
レインボースライム、無事、討伐完了である。




