第六話:異世界では過信は自信より恐ろしい
俺は再び、吸血鬼城の門の前に立っていた。
昨日は溢れんばかりの自信を持ってここに立っていたが、今はただ決意しか心にない。
ナイトベールを追い返して、やつに襲われた女性達を助けるという決意が。
俺は覚悟を決めて、吸血鬼城の門をくぐった。その内装は相変わらず美しくも不気味だったが、今となってはそれは関係ない。今はただ、目の前の敵に集中すればいい。
そう、目の前の敵に。
ナイトベールは俺を見るなり、ニヤリと笑いこちらに歩いてきた。
「よく来たな、ドウモトマナブよ。その様子から見るに呪いは解いたようだが、どうだった?初めて啜る乙女の血肉は?さぞかし美味だったろう?」
やつの声は余裕で満ち溢れていたが、そんな事を気にもせず、俺もニヤリと笑い返した。
「ああ、脂が乗っていて実に美味しかったよ。特に背中の辺りは香辛料も効いていてなんとも味わい深いものだったよ。」
「ん、貴様、首どころか丸ごと食ったのか?それも香辛料までかけて?」
ナイトベールはわかりやすく動揺していた。俺はさらに大きな笑みを浮かべ、続けた。
「ああ、もちろんさ!何かを仕留めたのなら、それを全て感謝を持って食うってのが自然の摂理だろう?」
ナイトベールの顔は一気に青ざめた。その真っ白な肌は、まるで泥が塗られたように血色が悪くなった。やつは躊躇しながらも、口を開けた。
「き、貴様!本当に人間か!?貴様に呪いをかけた我が言うのもなんだが、同種族の者を最後まで貪り食うとはなんとも末恐ろしい…我々アンデッドでさえしない行為だぞ!貴様正気か!?」
ナイトベールの声にはわかりやすく恐怖の感情がこもっていた。
あれだけ威張っていたやつが、こんなにも動揺している。
その光景があまりにも面白くて、俺は笑い出してしまった。
「ははは!何を勘違いしてるかわからないが、俺は人間を食ってなんていないよ。」
「は!?ばかな!貴様は呪いを解いたはずだ!なのに人間を食っていないなどあり得ない!」
ナイトベールの表情は、恐怖のものから怒りのものへと変わっていった。
ああ、やっぱり面白すぎる。
俺は笑いを堪えられず、そのまま続けた。
「いやいやいや、あり得るんだよな〜それが。」
「何!?どういう事だ!?」
いまだにどういう事かわかっていないナイトベールにもはや哀れみすら感じてきたところで、ようやく笑いが収まった。俺は冷静を取り戻し、そのまま続けて、ネタバラシをした。
「君は昨日こう言った。『この呪いを解きたいのであれば、純粋無垢な乙女の首根っこに噛みつき、その血肉を啜れ。それ以外に、この呪いを解く方法はない』と。そこには一言も『人間の』とは言われていない。だから俺は噛み付いてやったのさ…豚の丸焼きにね。」
吸血鬼城の中が妙な沈黙に包まれる。
「はい?」
その沈黙を破るかのように、ナイトベールが口を開けたままにしてそう言う。
「だから言った通りさ。俺は雌豚に丸焼きの首根っこに噛みつき、その血肉を啜ったのさ。これは俺が昨日読んだギルドの資料による話だが、この世界の呪いは一種の契約みたいな物らしい。強大な力を使用できる代わりに、必ず呪いを解くための条件をつけなければいけない。もちろん、この条件を無理難題にする事もできるが、そのためには結構言葉遣いに気をつけなければいけないらしい。なにせ、呪いはそれを解く条件をたとえどんな形でも満たせば、即座に解かれるからな。つまり、君が呪いをかける時、それを解くために噛みつかなければいけない首を『人間の』と指定しなかったから、俺は豚の首に噛み付いて呪いを解く事ができたのさ。」
俺はそう説明した後、改めてナイトベールの顔を見た。
それは怒っているような、悔しがっているような、不思議な表情をしていた。
しかし、それを心配してる場合ではなかった。
ナイトベールは深紅の剣を鞘から抜き出し、俺の頭めがけて振りかぶった。
「我の力が…そんな屁理屈に負けてたまるか!」
素早く剣は振り下ろされる。
しかし俺は怯みもしなかった。
なぜなら、その剣は俺の前に現れた青い結界のような物に弾かれたからだ。
「なっ!?」
ナイトベールは素早く俺と距離を取る。
その疑問と驚きに満ちた表情に対して、俺の顔はいたって冷静だった。
俺はゆっくりと口を開けた。
「そして、呪いには解いた時に起こる事を設定する事もできる。こちらは設定するかどうかは任意だが、設定した場合は呪いが解けたと同時にそれは起こる。君は昨日、『この呪いを解くことができれば、この地の者に危害を加えない事と、我が捕らえた乙女達を解放する事を約束しよう』と言った。どうやら君がかけた呪いはこれを『呪いが解けた時に起こる事』と認識したようだな。つまり、今の君は俺を含めたこの地にいる者を一人足りとも傷つけることはできない!そして捉えた女性達を解放するしかない!俺を絶望させるためにかけた呪いが、結果的に自分の首を締めたようだな!」
俺の言葉を聞いたナイトベールはその場にへたり込み、ブツブツと喋り始めた。
「この我が…高貴なるヴァンパイアの我が…人間なんかに負けるとは…あり得ぬ…あり得ぬ!」
俺は軽くため息をつき、吸血鬼城深部へと足を進めた。
そして去り際に、ナイトベールに語りかけた。
「過度な自信はいつか過信となり、身を滅ぼす。まあ、実際俺も滅びかけたんだけどね。」
そう言い残し、俺は広間を後にした。
静かに何かが崩れ落ちる音がした気もしたが、俺は後ろを振り向かずそのまま進んだ。
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しばらく探索した後、ようやくナイトベールが攫った女性達を見つけることができた。
そこは寝室のような部屋で、床に十人くらいの女性が布団に包まって寝転んでいた。
俺が部屋に入ってきた時は皆ナイトベールと同じ真っ白な肌だったが、数秒経つとだんだんと血色が良くなっていった。一分もすれば皆健全な人間に戻っていたようだ。
やはり、呪いの力は強大な物だ。さっきナイトベールと対峙した時は半信半疑だったんだが、これを見てしまっては疑いようが無い。この世界において、呪いにはできないものがほぼ無いと言っていいだろう。末恐ろしいが、今はその呪いに感謝するしかない。
「う〜ん…」
床に寝転んでいた女性達が一人ずつ意識を取り戻し、起き上がり始めた。
その際、彼女達が包まっていた布団がズレた。
その下には、服などなかった。
「あ、あ、あの。』
俺は焦って思わず声を出してしまった。
部屋にいる全員の視線が俺に集まる。
そして目がガッチリ合う。
説明しようとしたが、時すでに遅し。
「キャーーー!!!」
女性達の悲鳴が吸血鬼城内に鳴り響く。
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俺はギルドに戻って来た。
あの女性達の誤解を解くのにだいぶ時間はかかったが、なんとか皆に俺を信じてもらえた。幸い誰も大きな怪我はしていなかったし、全員ヴァンパイアだった時の記憶はないみたいだ。まあ、あんなやつにされたことなんて、すぐに忘れた方がいいんだろう。
いずれにせよ、これでやっとこのクエストは完了だ。
俺は軽やかな足取りで受付へ向かった。するとステラが俺を笑顔で出迎う。
「お帰りなさい、ドウモトさん!クエストの進行の方はいかがですか?」
「おかげさまで無事完了しました。これ、依頼主からの証明書です。」
俺はそう言い、ステラに証明書を渡した。しばらく書類確認の手続きをした後、ステラは再び笑顔でこちらを向いた。
「はい!確かに確認致しました!『ヴァンパイア討伐』、無事クエスト完了です!こちらの報酬金をお受け取りください。」
ステラはそう言い、俺に溢れんばかりの金貨が入った巾着袋を差し出した。
俺、堂本学の初めてのクエストは無事終わりを告げた。