第五話:異世界では希望は絶望より強し
俺は重い足でギルドに戻った。
俺が扉をくぐるなり、ステラが駆け寄って来た。
「ドウモトさん!ご無事でしたか?!」
彼女の声からは、純粋な心配が読み取れる。
「はい、なんとか、この通り…ご心配ありがとうございます。」
俺は弱った声で返す。
「ご無事でなによりです。大変だったようですね。しかし、お戻りになられたということは、クエストは完了したということですか?」
俺は思わずため息をつく。
「いや、少し厄介な事が起こりまして…」
「と、言いますと?」
ステラは首を傾げ、そう俺に問いかける。
その際に、彼女の髪の毛がずれ、彼女の首筋が露わとなる。
俺は思わず、そこに目を奪われる。
手入れされた柔らかい肌。
汚れひとつ付いていない純白な肌。
まさに、純粋無垢な乙女の首筋…
いやいや、俺は何を考えているんだ。
ステラはを俺をほぼ無償でギルドに入会させてくれた恩人だ。いくら呪いのせいだからと言って、彼女を襲うわけにはいかない。第一、罪の無い人間を襲うなんて、冒険書としてあるまじき行為だ。
俺は冷静を取り戻し、彼女の問いに答えた。
「いや、なんでもありません。できれば、俺の心配はしないでください。ステラさんが頭を悩ませるような物ではないので。」
俺はそういうと、飲み屋の方へと向かった。
ステラは少し戸惑いながらも、素直に受付窓口に戻ってくれた。
俺は飲み屋のカウンター席に座り、考え始めた。
さて、どうしたものか。
ナイトベールの呪いを解くタイムリミットは明日の正午だ。それまでに純粋な乙女の首根っこに噛み付かないと、俺はヴァンパイアになってしまう。そして、ナイトベールに拐われた女性達を救い出すこともできない。
つまり俺は多数の人を救うために一人の女性を殺さなければいけない。完璧すぎるトロッコ問題だ。
しかし、俺に決断できるわけがない。理由が何であれ、俺には人を殺す事は到底できない。できるわけがない。
どうにか、人を一人も殺さずにこの状況を打破する方法はないものか…
俺は必死に考えた。
ギルドの資料にも目を通した。
読んで読んで読みまくって、考えて考えて考え抜いた。
気付けば夜になっていた。
なのにまるで何も思いつかない。
くそ、やはりこのクエストを受けるべきではなかったのか?
俺は改めて、自分の行動を悔いた。
横を見ると、そこにはデュラハン事件のお礼にと、また冒険者たちが奢ってくれた酒が山ほどあった。
今まで考えるのに集中したかったから、手を付けていなかったが、この際どうなったっていい。ヴァンパイアになろうが屍になろうが、今はただこの絶望を打ち消したいだけだ。
俺は片っ端からその酒を口の中に放り込んだ。安い酒、高い酒。うまい酒、まずい酒。その違いがわからなくなるくらいに、俺は飲みまくった。なのにまるで酔う気にならない。どんなに酒を口の中に放り込んでも、絶望が消えることはなかった。やがて、酒は底をつき、俺に残ったのは絶望と虚しさだけだった。
すると、飲み屋の店主が俺に声をかけた。
「いや〜、ニイちゃん今日は飲むね。何か嫌な事でもあったのかい?」
俺は深くため息をつき、言葉を返した。
「まあ、そうですね。今すぐにでも忘れたい、嫌な事がね…」
「はっ、そうかい。まあ、詳しい事は聞かんが、しょげていてもいいことはないぞ。元気出せや。」
それができるなら、等の昔にしているっての。と言いたいところだったが、流石に口には出さなかった。
すると店主は、意外なことを言い始めた。
「そう言えば、まだこの間のお礼をしてなかったな。よし!うちのメニューからなんでもいいから好きなモン食ってけ!俺の奢りだ!。」
「え、いいんですか?」
「ああ、ニイちゃんがあのデュラハンを追っ払ってくれてなきゃ、うちは商売できてなかったかもしれない。だからニイちゃんのためなら飯の一つや二つなんて安いモンよ!とにかく食っとけ食っとけ!。」
俺は店主の言葉に、思わず微笑んだ。
こんなに絶望的な状況でも、人の優しさには心が温まる。
「じゃあお言葉に甘えて…」
俺はメニューに目を通した。鳥の串焼き、山菜のサラダ、モンスターの内臓の漬物と、そこには様々な美味しそうな食べ物の名前がズラリと並んでいた。正直何か食べる気にはなれなかったが、店主の好意をないがしろにするわけにもいかなかった。俺はさらに、メニューに目を通した。
すると、ある一つの品目が目に飛び込んでくる。
そして、ある一つの考えが頭を過ぎる。
それは、一つの可能性、一つの希望だった。
俺は思わず飛び上がった。
「なあ、おじさん!これって、本当に丸々そのまま出てくるのか!?」
俺はメニューを指差し、店主にそう聞いた、
「ん。ああ、そうだぜ。丸々そのまま出てくんのも、その商品売りってモンだな!」
店主がそういうと、俺は思わず笑いだしてしまった。
当たり前だ。それはこの絶望から抜け出す、意外すぎる方法だったからだ。
俺は大きな声で、店主に注文した。
「よし!じゃあおじさん、これを一つください!」
「あいよ!」
店主はそう言い、厨房へと姿を消した。
俺は期待を胸に、ひたすら料理を待った。
初めてのクエストは、意外な結末を迎えそうだった。