第三十七話:異世界では怒りは憎しみより激しい
俺は宿の正面玄関を通り、外で待っている相棒の方へと歩き始めた。
「ヴェリスの様子はどうですか?」
「今ティーアが面倒を見ている。回復は済んだから肉体的な傷はもう大丈夫みたいだけど、メンタルの方は結構やられているみたいだ…」
「まあ無理もないですよね。仮にも自分の弟である人にあんな事されてしまったら…」
俺達は顔を合わせて、これからの事を考えた。
あの事件の後、どうやらロルドリンは父にチクったようで、俺達は彼の館への呼び出しを食らっていた。
ヴェリスにあんなことをしておいて父親の後ろに隠れるとは、どこまでも卑怯な奴だ。
やはり、彼を許す事は出来なさそうだ。
しばらくの沈黙の後、俺はゆっくりと口を開けた。
「なんか悪いな、お前まで巻き込んじまって。」
するとユルビンは小さく微笑み、言葉を返してきた。
「いいんですよ。僕も彼等にバインドを打ったので、マナブと同罪ですよ。それに、ヴェリスは僕の仲間でもあります。黙っていられるわけがないじゃないですか。ティーアも同じ事を思っていると思いますよ。だから彼女の分も、ヴェリスの仇を討ちに行きましょう。それが仲間と言う物でしょう?」
相棒のそのたくましい言葉を聞いて、俺は改めて覚悟を決めた。
彼の言う通りだ。
何としても、ヴェリスを打たなくては。
たとえそれがこの国を敵に回すことになっても。
それが俺を孤独から救い出してくれた仲間と言うものだ。
俺たちは顔を合わせて頷いた。
いざ、エルバルルの屋敷へ。
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「ほう。よく来たな、言語勇者よ。」
会議室に入るや否や、エルバルルは威圧するような声で俺達に言葉を投げかけてきた。
俺は部屋を見回した。
そこにはエルバルル以外に貴族らしきエルフが数人、そしてロルドリンとその取り巻きがすでに座っていた。
相変わらずロルドリンは憎たらしい笑顔でこちらの方を見ていた。
俺とユルビンはそんなエルフ親子の威圧に動じず、静かに用意された席に着いた。
「さて…なんと言えばいいか…」
重い空気が室内を包む中、エルバルルはその口を開け、話し始めた。
「言語勇者ドウモトマナブ。正直君にはがっかりだよ。せっかく私達が君に活躍のチャンスを与えたと言うのに、その恩を仇で返すとは…ヴェニラ家の者に手を挙げるなど言語道断。通常なら実刑に値する罪だが…君の今までの活躍に免じて罰金刑で済ましておいてやる。私からの慈悲だ、感謝するんだな。」
彼のその言葉を聞いて、俺の中の何かが吹っ切れた。
何を言っているんだこいつは?
この状況を理解しているのか?
なんでこんなにも偉そうにしていられるんだ?
気づいたら俺は立ち上がっていた。
ここまできたらどうなったっていい。
俺は深く息を吸い込み、大きな声で叫んだ。
「ふざけるなぁ!!!」
沈黙と衝撃に包まれる会議室。
その場にいた全員の注目が俺に集まる。
俺はそれを気にも止めず、話を続けた。
「俺達を勝手にこの街に呼んで、勝手に娘のトラウマを掘り起こして、勝手に戦争に協力しろって頼んでおいて、『君にはがっかり』だとぉ!?ふざけるんじゃねえ!第一、あんたは怒る相手を間違えている!考えてみろ!お前の息子は仮にも自分の姉である人物を襲ったんだぞ!それを叱るのが親だろうが!なのにあんたはそれを気にもせず、彼がほんの少し傷ついたからって俺を罰そうとしている!あんたなんか父親失格だ!」
「おま-」
「黙れぇ!!!」
俺はエルバルルに反論をする隙も与えず、そのまま話を続けた。
「それに!昨日から言おうと思っていたが、あんたのやり方はそもそも間違っている!ドワーフの話を聞こうともせず、戦争に行く気満々なのに『無駄な兵士は使いたくない』だぁ?!そんなのただ楽をしたいだけじゃないか!あっちの言い分はわからないが、解決策を見出そうともせずに戦争に行くなんて愚か者のする事だ!恥を知るがいい!」
「貴様ぁ!!!」
エルバルルの怒鳴り声が会議室内に響き渡る。
流石に黙ってはいられなかったのか、彼は鬼の形相で俺に怒鳴り続けた。
「私をここまで侮辱したのは貴様が初めてだ!慈悲をかけてやろうと思ったが、どうやらその必要はないみたいだな!今から貴様らを処刑してやる!覚悟しろ!」
「その前に!」
俺は改めて大きな声で叫んだ。
さあ、ここからが本番だ。
「俺に三日間だけくれ!俺がこの戦争を止めてやるよ!俺が『得意とする』交渉の力でな!」
俺がそう言うと、エルバルルはさらに怒り狂ったように怒鳴り始めた。
「なぜ貴様にそんな時間をやらなくてはいけないんだ!」
俺はすかさず彼に言葉を返した。
「無駄な兵士は使いたくないんだろう?戦争がなければ兵士を使う必要はない。悪い話ではないだろう?」
「ぐっ…」
流石に黙り込むしかなかったエルバルルに対して、俺は言葉を投げかけ続けた。
「勘違いするな。これは要求ではなく交渉だ。俺がこの戦争を止める代わりにあんたは俺達を生かす。もし俺が戦争を止めるのに失敗したら、俺を煮るなり焼くなり好きにするがいい。さあ、どうだ?こんなチャンス、二度と無いと思うぞ。」
静まり返る会議室。
長い沈黙の後、エルバルルはゆっくりとその口を開けて、言葉を返してきた。
「…わかった。その交渉、乗るとしよう。」
俺は安堵の息をついた。
交渉成立である。




