第三話:異世界では交渉は戦闘より好ましい。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
俺は飲み屋のカウンター席に座り、深いため息をついた。
昨日のデュラハン事件のおかげで、俺は晴れてこのギルドの一員になれたのだが、今新たな問題に直面している。
それはこのギルドでの「仕事」だ。
俺は再びため息をつき、昨日の出来事を思い出した。
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「では、こちらの石板に触れてください。」
受付のお姉さんはそう言い、俺に青白く光る石板を差し出した。俺はためらいながらも、その石板を受け取った。俺が触れた途端に、石板は激しく光り出し、辺りを眩い青い光で包んだ。光が収まると石板には俺の名前と、何かの数値のようなものが書かれていた。
「では、拝見させていただきます。」
お姉さんはそう言うと俺の手から石板を取り上げ、それを見ながら何やら紙に書き始めた。俺が不思議そうに彼女を眺めていると、彼女は少し恥ずかしそうにこちらを向き、口を開けた。
「申し遅れましたが、私はこのギルドの冒険者管理役を務めさせてもらっています、『ステラ・ドーロ』です。以後、お見知り置きを。」
「あ、はい!俺、堂本学って言います!」
「ふふっ。名前はもうお伺いしましたよ。」
落ち着け、俺。いくら久しぶりに見る綺麗なお姉さんだからって、ここで取り乱せば後々めんどくさい事になる。
俺の葛藤に気づく事もなく、ステラは続けた。
「さて、こちらをお受け取りください」
彼女はそう言うと、俺に先程の紙を渡した。そこには、「冒険者証明書」とでかでかと書かれており、その下には俺の名前と先程の数値が書かれていた。よく見ると、それはゲームでいうステータスのようなものだった。俺が不思議そうにその紙を見ていると、ステラは話し始めた。
「先程の石板は、あなたの洗剤能力を数値化できる優れた魔道具です。その数値をもとにあなたに適した職業を見つける事ができるので、このギルドではみなさんの能力値を計っています。」
なるほど。本当にステータス見たいなものか。
俺が理解したところで、ステラは続けた。
「そちらの冒険者証明書はあなたの能力や、このギルドでの階級を記録するための物です。ドウモトさんは、知能が平均より少し上以外は、随分と平均的な能力の持ち主みたいですね。入会したばかりなので、階級は最下位のコッパーから始まりますが、これはクエストをこなすなどして、上げる事ができます。」
これまたなるほど。ステータスに関しては少し残念だが、まあ二年間も引きこもっていたんだから、逆に期待しすぎてもダメだったんだろう。階級も最初のうちはあまり関係ないはずだし、そのうち上げていけば問題ないはずだ。
さらに、ステラは続けた。
「さて、職業はどうなされますか?」
「え、選べるんですか?さっきおすすめすると言っていましたよね?」
俺の問いかけに、ステラは自身を持って答える。
「はい。こちらからドウモトさんの能力値に合った職業をおすすめする事もできますが、能力値に関係なくドウモトさんのなりたい職業にそのままなる事もできます。この場合、少し苦戦されると思いますが、どうなされますか?」
そんなの決まっている。
特別ステータスが高くないのに、自分がなりたいからって合わない職業を選ぶのは自殺行為だ。
「おすすめでお願いします。」
俺がそう言うと、ステラは少し考え始めた。
「では、そうですね…知力が高いのでウィザードをおすすめしたいところですが、魔力がどうしても足りませんね…そうです!ファイターなんてどうでしょう? 魔道書以外の全ての武器に適度な適正を持てますし、何よりもこの平均的な能力値を最大限に生かすことができます!」
ファイター。
王道RPGでいうと戦士みたいなものか。確かに、戦闘スタイルなんてない俺にとってはうってつけの職業なのかもしれない。まあ、ここで迷っていても仕方がない。
「じゃあそれでお願いします。」
俺がそう返事すると、ステラは机の下をゴソゴソし始めた。しばらくして、小包みのようなものを取り出し、俺に差し出した。
「では、こちらのファイター用装備をお受け取りください。入会記念に配っているものなので、ご料金は結構です。」
俺は小包みを受け取り、その中を覗いた。そこには片手剣に毛皮の防具、ポーションらしきものが入っていた。
これでやっと、俺も冒険者の仲間入りだ。
「これで入会手続きは完了しました。早速クエストを受けたいのであれば、あちらのクエスト板からクエストを選び、私に申請してください。」
ステラはそう言い、俺の右のほうにある掲示板のようなものを指差した。
俺は彼女に礼を言い、早速クエスト板の方へと歩き出した。
今度こそ、俺はあの退屈な生活から脱出できるはずだ。
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で、今に至る。
確かに装備品も戦う術も手に入れたし、クエストを受けられるようになったが、そもそも根本的な問題が一つある。
そもそもの話、クエストが難しすぎる。
当たり前なのかもしれないけど、討伐クエストが依頼されるようなモンスター達は、一般人じゃあどうしようも無いくらいに強い。今の俺は、一般人同然の駆け出し冒険者だ。モンスター討伐なんて夢のまた夢だ。
討伐クエスト以外のクエストを受けるという手もあるが、どうやらこのギルドはモンスター討伐に特化したギルドで、そういうクエストは滅多に入らない。
つまり、今の俺には安定した収入源がない。
寝床はギルドが提供してくれるからいいとして、やがて俺の装備、そして食料はきりを迎える。
前の世界での生活は退屈だったものの、安定した収入源があったからこそ成り立っていた。
このままでは、確実にやばい。
俺は昨日のお礼にと冒険者達が奢ってくれた酒を口の中に流し込み、クエスト板の前まで足を運んだ。
なんでもいいから、簡単なクエスト。
俺にでもできるようなクエストを探さなくては。
でなければ、俺は確実にここでの生活を続けられなくなる。
簡単なクエスト、簡単なクエスト、簡単なクエスト…
クエスト、クエスト、クエスト…
だめだ。
簡単なクエストが一つも見つからない。
まあ、流石にそんなに都合がいいクエストがあるわけ−
一つのクエスト依頼が、俺の目を掴んだ。それも、ものすごい力で。
そのクエスト依頼には、こう書かれていた。
「クエスト:ヴァンパイア討伐
難易度:星8/星10
報酬:金貨3000枚」
ヴァンパイア。
すなわち吸血鬼。
アンデッド系の敵の中でデュラハンに次ぐ程強く、高レベルの冒険者四人がかりでもギリギリ勝てるかどうかってくらいだ。
普通の冒険者なら、絶対に相手にはしたくない敵だ。
高難易度のモンスター討伐。
それは決して、簡単なクエストではなかった。
しかし、俺には一つの突破口が見えていた。
俺には、他の冒険者には無い選択肢がある。
「交渉」という選択肢が。
ヴァンパイアはアンデッド系の敵の中でも知能が高い方だと聞く。
ゲームでは、小難しい言葉を使って自分語りをしては、プレイヤーを圧倒するのがお約束だ。
つまり、言葉が通じる可能性が高い。
討伐だからと言って、何も敵を倒す必要はない。討伐依頼は、人々に迷惑をかけているモンスターに対して出るものだ。つまり、その迷惑行為をやめさせればクエストは完了、成立だ。
ヴァンパイアも、なんの理由もなく人を襲うとは思えない。きっと何か大きな理由があるはずだ。言葉が通じさえすればその理由を聞き出し、交渉材料にする事ができるかもしれない。
幸い俺には、言語力と言う名のチート能力がある。
そうと決まれば、やる事はただ一つ。
俺はクエスト板に張り付いていたクエスト依頼の紙をちぎり、ステラのところまで持って行き、クエスト申請を済ませた。
俺、堂本学の初めてのクエストの始まりである。