第二十八話:異世界では可能性はゼロよりある
「貴様らどこへ行っていたんだ?」
洞窟に戻るなり、パイセリウスがそう問いかける。
「ああ、すみません。ちょっと取り乱してしまいました。」
俺がそう言うと、パイセリウスは少し困惑したような顔をしたが、何も言い返さなかった。どうやら納得はしたようだ。
「すみませんね、シューリンさん。では、回復を再開しますね。」
「ああ、よろしく頼む。」
ティーアがシューリンの回復を再び始めると、ユルビンもまた感知魔法を使い始めた。
「どうなんだ?シューリンさんの傷は?」
俺がそう問いかけると、ティーアは難しい顔で言葉を返した。
「そうね…正直私もこんなの見た事ないわ。回復はできると思うけど、大分時間はかかるわ…赤ちゃんの事も配慮しなきゃいけないから尚更ね…」
「そうか…」
まあ、そらそうだろうな。
ドラゴンがドラゴンから受けた傷だ、人間がそう簡単に回復させる事は出来ないはずだ。
俺がそう納得していると、今度はパイセリウスが口を開けた。
「しかし、できれば早くしてもらいたい。先程も言ったが我々は追われているんだ。一刻も早く傷が癒えたほうが-」
突然パイセリウスが言葉を止める。
みるみる内に青ざめていく彼の顔を見て、俺は嫌な予感しかしなかった。
「どうしたんです-」
「奴が近づいている。おいパラディン!回復はまだか!」
いきなり声を荒げるに驚き、ティーアは慌てて声を返した。
「い、いえ!まだまだかかると思います…」
「仕方ない、姉様!このままこの場所から逃げるとしよう。さあ、早く!」
そう言うとパイセリウスは強引にシューリンの腕を掴み、彼女を一気に引き起こした。
「あ、ダメですよ!今は-」
慌ててユルビンはそう言ったが、彼の言葉は遮られた。
洞窟内に響きわたる、水のような音によって。
俺は恐る恐るシューリンの足元を見て、恐れていた光景を目の当たりにした。
「破水…してる…」
思わず口にしてしまったその言葉は、辺りに重い沈黙を呼び起こした。
流石にパイセリウスも、言葉も先程の勢いまでを失っていた。
俺は必死に頭を回した。
パイセリウスの話から察するに、シューリンの元カレであるサウラーが今この場所に近づいてるらしい。
完全に逆恨みだが、彼は今だにシューリンを追っている。この状態で彼女に襲いかかったら確実にやばい。
どうにかしなきゃいけない。だが相手はこの世界で最強の生物のドラゴン。俺達でなんとかできるものなのか…?
いや、なんとかするしかない。
彼女が姉さんと同じ運命を辿らないように。
俺は必死に考えた。
この状況を打破する方法を。
シューリンを助ける方法を。
しばらく考えた後、俺はゆっくりと口を開けた。
「パイセリウスさん、そのサウラーって奴は強いんですか?」
俺の突然の問いに驚いたのか、パイセリウスはしばらく口ごもっていたが、やがて言葉を返してくれた。
「ああ、とてつもなく強い。正直我だけでは対処しきれないほどだ。せめて姉様が戦える体だったらチャンスはあるんだが…」
その言葉を聞いて、俺は閃いてしまった。
とてつもなくぶっ飛んだアイデアを。
俺は高鳴る感情を抑え、さらにパイセリウスに問いかけた。
「つまり、ドラゴン二体分の力があれば、あいつに勝てるってわけですよね?」
「まあ、そうなるが、今の状態では我しかいないだろう。」
彼の返事を聞いて、俺は確信した。
サウラーに勝てる可能性があると。
俺は意を決して、口を開けた。
「ユルビン、ヴェリス。君達はこのままシューリンさんといて出産の手助けをしてくれ。ヴェリス。君は俺と外に来てくれ、準備して欲しい物がある。」
俺がそう言うと、その場の全員が俺に視線を送った。
ドラゴン達からは疑惑の視線を。
仲間達からは理解の視線を。
「わかったわ。ユルビン、引き続き感知魔法を頼むわ。」
「はい!任せてください!」
「で、用意して欲しい物とはなんだ?」
次々と動き出す俺の仲間達を見て、パイセリウスは大きな声で俺に問いかけた。
「おい、貴様ら何をするつもりだ?」
彼の問いに対し俺は深く息を吸い込み、ありったけの自信でそれに答えた。
「決まっているじゃないですか。そのサウラーって奴を倒すんですよ。」
俺がそう言うと、パイセリウスは血相を変えて俺を掴み、体を揺すりながら叫び始めた。
「貴様血迷ったか!我でも対処できないと言っただろうが!人間ごときが勝てる相手ではない!」
まあ、彼がそう思うのは無理も無い。なにせ、普通だったら不可能な話だ。
だが俺には他の誰にも無い言語の力、そして新たに仲間から得た奇術の力がある。
だから俺は、揺るがぬ自信でパイセリウスに言葉を投げかけた。
「わかっていますよ。確かに人間の力では不可能な事です。だけど、ドラゴン二体分の力があれば倒せるかもしれないんですよね?だったら俺に考えがあります。無茶だとは思いますが、少なかれどあいつを倒せる可能性があります。だから俺を信じてください。あなたのお姉さんのためにも。」
俺がそう言うと、パイセリウスはしばらく黙り込み、苦しそうにしているシューリンの姿に目を配らせてから言葉を返した。
「…わかった。貴様に賭けてみよう。姉様を救ってみせろ、言語勇者よ!」
俺は深く頷いた。
正真正銘のドラゴン討伐、開始である。




