第二十七話:異世界では今は過去より明るい
気がついたら、俺は見たこともない所に来ていた。
緑が生い茂る森林の中にポツンと開いたような場所。俺は今その中心に立っていた。
ああ、何してるんだろう、俺。
勝手に嫌な事思い出して。
勝手に苦しんで。
勝手に飛び出して。
勝手に皆に心配かけて。
勝手に一人になって。
本当に何してるんだろ、俺。
異世界に来て、特殊能力を手に入れて、言語勇者なんて大層な名前つけてもらってんのに、何してるんだろう。
これじゃああの時と一緒じゃないか。
くそ。
俺の周りを沈黙が包む。
肌に深く突き刺さるような、圧倒的な沈黙が。
俺は辺りを見回した。
ここには俺しかいない。俺一人だけ。
一人だけ…
そうか、俺はまた一人になってしまったのか。
心配してくれる人達を押し退けて。
本当にあの時と一緒じゃないか。
くそ。
くそくそくそくそ!
俺の脳内が嫌な思い出で溢れかえる。
嫌な事、苦しい事、後悔している事。
ありとあらゆる負の感情が湧き出して止まらない。
ああ、誰か。
誰か助けてくれ。
誰でもいいから、俺をこの孤独から救ってくれ。
「あ、いました!マナブ!」
どうやら俺の願いは叶ったようだ。
声の元へと振り向くと、そこには心配そうにこちらを見ているユルビン、そして彼の後ろから走ってきたヴェリスとティーアだった。
「みんな…」
俺は細い声でそう言った。
そうだ。もう俺は一人じゃないんだ。
「どうしたんですか!?いきなり逃げ出すなんてマナブらしくないですよ!」
「その通りだ。何があったんだ?」
「そうよ!私達心配したんだから!」
心配する仲間達の声を聞いて、俺は思わずその場で泣き崩れた。
「ごめん…ごめん…」
先ほどまで俺の脳内を占拠していた負の感情は一気に振り払われた。
代わりに感動が俺の脳内を駆け巡る。
やっぱり、仲間と言うものは素晴らしい。
しばらくの間俺は涙を流した。
その間仲間達はずっと俺の事をなだめてくれた。
俺の泣き声だけが辺りに響き渡った。
やがて俺の涙は乾き、俺は仲間達と目を合わせて、口を開けた。
「ありがとう…いきなり飛び出したりなんかしてごめんな…」
「別にいいですけど…せめて訳を説明してくれませんか?ああやっていきなり何かするなんて、本当にマナブらしくないですし…」
ユルビンがそう言うと俺は深く息を吸い込み、覚悟を決めた。
どうやら話す時が来たみたいだ。
俺の家庭環境について。
「ああ…ここまで見られちゃ、もう隠す意味なんてないよな。言っとくけど、ちょっと重い話だからそこら辺は覚悟しとけよ。」
俺がそう言うと仲間達は皆静かに頷き、俺の方をジッと見てくれた。
俺は深く息を吸ってから、語り始めた。
俺がこの世界にくるだいぶ前の話を。
「実はさ、俺にも姉がいるんだ。歳は離れてるんだけど、血の繋がった家族である事には代わりない。小さい頃は仲が良かったんだけど、歳をとっていくと同時になんだか溝ができてしまってね…まあ、それ自体は割とよくある事だと思うんだけど、問題は姉さんが高校を卒業したばっかの時に起きたんだ。」
言葉を口にすればするほど、体の震えが強くなっていくのがわかった。
呼吸もどんどん荒くなっていって、正直話すだけでもキツかった。
だけど、そんな俺を仲間達は優しく手を添えて支えてくれた。
俺はそのままゆっくりと話を続けた。
「大学受験を控えていた姉さんがいきなりあった事もない彼氏を家に連れてきた時は正直驚いたよ。妊娠したって言った時は尚更な。もちろん、両親は大激怒。俺は部屋の片隅で見ることしかできなかった。あの彼氏がいいやつでちゃんと責任取るって言ったら良かったんだが、あいつはとにかくクズだった。常に舐め腐ったような態度をとって、姉さんの話もまともに聞こうとしなかった。今思い出すだけでもスッゲー腹が立つ。なのになぜか姉さんはあいつと暮らすとか言ってそのまま家を出て行った。それ以来、顔も見ていない。」
俺は必死に泣くのを堪えた。
話すだけで涙が込み上がってくる。
俺は一つ深呼吸をしてから、話を続けた。
「それからだったな、俺がグレ始めたのは。学校でも暴れるようになって、しょっちゅう飛び出し食らってたよ。今思い返すと、本当に後悔してる。父さんと母さんにはスッゲー迷惑かけたし、最終的には大ゲンカしたっきり連絡も取り合ってない。だから、シューリンさんの話を聞いてたらその事を思い出してな…本当にごめんな、こんな弱っちいやつで…」
俺が語り終えると、その場は妙な沈黙に包まれた。
さっきとは違う、皆が考えをまとめるためにあるかのような沈黙が。
しばらくして、ユルビンが口を開けた。
「別に、誰もマナブの事を弱っちいなんて思っていませんよ。そんな大変な事があったんです。逃げ出したくなるのは当然のことです。」
続け様にヴェリスも口を開けた。
「そうだ。それに、家族の鎖は痛い所に絡まっている…それは私もよく知っている事だ。」
最後に、ティーアもその口を開けた。
「そうよ、マナブ。それに、自分の行動をちゃんと後悔できるなんて…それだけでもすごく立派だと思うわよ。」
俺は今までにないほど深く息を吸い込み、自分の口を開けた。
「ありがとう…みんな。」
その言葉は、純粋な笑顔とともに放たれた。
ああ、そうだった。
俺はもう一人じゃないんだ。




