第二十五話:異世界では事態は予想よりとんでもない
俺は息を深く吸い込んだ。
今目の前にいるのは、この世界で最強の生物。ドラゴンだ。
思わず武器を抜きそうになったが、俺は慌ててその手を止めた。
どう考えても、今の俺達に勝てる相手ではない。
同じように武器を抜こうとする仲間達に止めるように言い聞かせると、俺は改めてドラゴンの方を向いた。
「再度問う。人間がここになんの用だ?」
その声は、デュラハンだった時のティーアの声とはまた違う恐怖感を俺に植え付けた。
冷徹でありながら、どこか怒りを感じる声。
強者にしか出せないような声だった。
そしてその声は、仲間達にも届いているようだった。
彼らの表情から見るに、明らかにドラゴンの言うことを理解していたようだ。となると、今このドラゴンが話しているのは人間の言葉、コモン語だと言うことだ。
そうとなればコモン語で返すこともできるが、ここはやはり母国語で喋ったほうがいいだろう。まあ、まだその切り替えができるわけでもないがな。
俺は鋭く息を吸い込んでから、ドラゴンに言葉を返した。
「よ、用と言うわけではないですが、最近この近辺でドラゴンが出ると言う噂が流れてましてね。俺達はその真偽を確かめに来た冒険者です。もちろん、確かめるだけなので、あなたに危害を加えるつもりはありません。」
俺がそう言い終えると、ドラゴンは不思議そうに俺を眺めてから、再びその口を開けた。
「ほう。我らドラゴンの言葉を喋れる人間とは珍しい。貴様、何者だ?」
「ドウモトマナブと言います。巷では、言語勇者と呼ばれている者です。」
俺がドラゴンの問いのそう答えると、ドラゴンは何か思いつめたような顔をし、俺達を観察し始めた。
しばらくすると、ドラゴンはティーアと目を合わせ、彼女に問いかけた。
「時に、そこの白髪の女よ。貴様、もしかするとパラディンか?」
「は、はい!そうです!」
ティーアの答えを聞いたドラゴンは、改めて俺と目を合わせ、思いがけない事を言い始めた。
「言語勇者とその仲間達よ。急な事だとは承知しているが、よければ我に協力してくれないか?」
俺は思わず固まってしまった。
この世界で最強の生物であるドラゴンが人間に協力を求めている。
一体何故?ドラゴンにできて人間にできない事でもあるのか?
いや、考えるだけ無駄だ。第一、断る理由などないしな。
俺は仲間達の方を向き、皆が頷いたのを確認してからドラゴンに言葉を返した。
「はい、喜んでしますよ。具体的には何をすればいいんですか?」
「まあ、それは後々説明するとしよう。とりあえず今は我の背中に乗れ。人間を背中に載せるのは癪だが、この際は仕方ないだろう。」
そう言うとドラゴンは後ろを向き、俺たちに背中を差し出した。
俺は意を決して、その背中に乗った。
仲間達も、それぞれ覚悟を決めてドラゴンの背中に乗ってきた。
全員乗ったところで、俺ドラゴンに問いかけた。
「ところで、あなたの事はなんと呼べばいいんですか?」
「我の名はパイセリウス。よろしく頼むぞ、言語勇者。」
パイセリウスはそう言うと大きく羽ばたき、俺たちを乗せて山奥へと飛んで行った。
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「そろそろ着地するぞ。皆踏ん張るように。」
三十分ほどの飛行を終え、パイセリウスはそう言い下降を始めた。
着地した場所は、小さな湖の辺りだった。
俺達はパイセリウスの背中から降り、あたりを見回した。
湖の周りには特に特徴的な物は無く、目に入るのは少し歩いたところにある洞窟だった。
「さあ、あと少しだ。我についてこい。」
背後から聞こえる声はそう言った。
それは間違いなくパイセリウスの声だったが、何かが違った。
俺は声の元へと振り向き、目の間に広がる光景に度肝を抜かれた。
そこに立っていたのは、青い髪の毛をたなびかせ、白いローブに身を包む竜人だった。
その見た目は竜よりは人間に近く、正直結構カッコよかった。
「パ、パイセリウスさん…ですよね?」
俺は思わずそう聞いてしまった。
「ああ。まあ驚くのも無理はない。普段は本来我々ドラゴンは本来の姿でしか活動しない。この姿になることは滅多にないが、今はそうせざるを得ない状況でな。なにせ、この姿の方が隠れやすいからな。さあ、早く我について来い。」
そう言うとパイセリウスは近くの洞窟に向かって歩き始めた。
俺達はすぐに彼の後をつけたが、正直彼の言葉が気になってしょうがなかった。
竜人の姿のほうが隠れやすい。
つまり今彼は何かから隠れているという事だ。
ドラゴンが隠れる必要のある相手…一体何者だ?
疑問を抱いたまま、俺達は洞窟に足を踏み入れた。
その中はとにかく湿度が高い上にほとんど明かりがなく、進みにくかったが、パイセリウスが歩みを止めると同時にどうでもよくなった。
何故なら俺達の前に現れたのは、もう一体の巨大な緑竜だったからだ。
もう一体のドラゴンが視界に入るやいなや、パイセリウスは慌ててそのドラゴンの元へと駆け寄った。
「姉様!元の姿に戻るのは控えたほうが良いと言ったばかりじゃないか!」
パイセリウスがそういうと、もう一体なドラゴンはゆっくりと言葉を返した。
「ああ、悪い。少し傷が開いてしまってな。元の姿に戻って回復していたんだ。まあ、お前がそこまで言うなら戻るが…」
そう言い終えると、もう一体のドラゴンは眩い緑色の光に包まれた。
光が治ると、そのドラゴンの姿はどこにも無く、代わりにパイセリウスによく似た美しい竜人の女性が立っていた。
しかし、彼女は決してパイセリウスと同じ凛々しい姿をしていなかった。
酸素を取り込もうと必死な荒い息。
傷だらけな震える体。
そして何より、大きく膨れたお腹。
彼女は明らかに身籠っていた。
「で?この人間達は何者だ?」
彼女は弱い声でそう問いかける。
どうやら俺達は、とんでもないものに足を踏みれてしまったようだ。




