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『言語勇者』 〜 異世界ではペンは剣より強し   作者: 柊 真
第1章:異世界ではペンは剣より強し
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第二話:異世界では言葉は拳より強し

 「テイルシン」

 

 それがこの街の名前だった。俺は大きな門を通った後、目の前に広がる繁華街を探索し始めた。武器屋、魔道書屋、雑貨店などと、冒険の必須アイテムが売られている店がずらりと並んでいる。普通人々はこれらに目を奪われるのだろうが、一際目立つ建物が俺の視線を掴み離さなかった。

 

 「ギルド」

 

 平原からも見えていたあの建物にはでかでかとそう書かれていた。そう、ギルド。冒険者が集い、クエストを受け、お互いを高め合う場所。異世界生活を始めるにはうってつけの場所だ。俺は軽やかな足取りでギルドの前まで歩き、その扉を開いた。

 そこには剣や槍、斧に弓、魔道書などを装備した冒険者たちが何人もいた。その光景は、この異世界での生活を象徴するものだった。ここから始まる俺の冒険。俺は期待で胸を膨らませ、受付へと向かった。


 「はい、今日はどのようなご用件で起こしでしょうか?」

 

 受付のお姉さんはそう優しく俺に問いかけた。その腰までたなびく金髪とつぶらな瞳には、今にでも見惚れそうだった。俺は固唾を飲み込み、口を開けた。

 

 「あの、ここで冒険者になりたいんですが…」


 「まあ!入会希望の方ですか!では、こちらの書類にご署名ください。」

 

 受付のお姉さんはそう言い、薄茶色の書類を俺に渡した。名前、生年月日、戦闘に関しての得手不得手など、このギルドに必要であろう情報を埋める空欄がずらりと並んでいた。俺は適当に書類を書き終え、お姉さんにわたした。

 

 「はい!確かに受け取りました。ドウモトマナブさんですね。これで入会手続きは大方完了しました。」

 

 俺は大きく息を吸った。これでやっと、俺の冒険者としての異世界生活が始まる。これでやっと、正式にあの退屈な生活から脱出できる。胸の中の期待が最大限に高まる。

 

 「では、入会金の銅貨五枚をお支払いください。」

 

 そして、一瞬にして打ち消された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「はあぁぁぁぁぁぁぁ。」

 

 俺はギルド内にあった飲み屋のカウンター席に座り、長いため息をついた。当たり前のことなのかもしれないけど、まさかギルドに入会金があるとは思わなかった。今の俺には、さっき倒したスライムが落とした銅貨一枚しかない。ほぼ無一文に近い状態だ。またスライムを倒しに行き、金を稼ぐ手もあるのだろうが、今の俺では銅貨五枚集まる前に、死んでしまう可能性がある。何か武器があれば話は別だが、銅貨一枚では流石に何も買えないだろう。俺は再びため息をつき、カウンターの向こうの屈強そうな男性に声をかけた。

 

 「なあ、おじさん。銅貨一枚で買えるメニューってあります?」

 

 「ん?ああ、相当安い酒になるがそれでもいいか?」

 

 「ああ、問題ない。」

 

 俺は彼に銅貨を手渡して、しばらく待った。これで正真正銘の無一文だが、この際それはどうだっていい。この憂鬱感は、酒で打ち消すしかない。俺は渡された酒を一気に口の中に放り込み、カウンターに頭を伏せた。


 俺はこれからどうすればいいのだろうか? 金もない、寝床もない、仕事もない。これでは楽しい生活どころか、退屈な生活でさえ出来なくなってしまう。せっかく異世界に転生できたというのに、このままでは何も出来ずにまた死んでしまう。


 不安で頭がいっぱいになる。


 そんな不安を書き消すように、ギルドの扉が凄まじい音と共に開く。


 俺は思わず扉の方を向いた。そこに立っていたのは、漆黒の鎧を纏い、その鎧と同じくらい黒い毛皮の馬に乗っている騎士だった。


 しかし、その騎士は確実に冒険者ではなかった。

 そもそも人間でもなかった。

 その騎士は、自身の頭を自分の手に持っており、その首からはドス黒い煙が登っていた。俺はその姿に痛いくらい見覚えがあった。

 

 デュラハン。

 

 アンデッド系の敵の中でも一二を争う強さの持ち主であり、よくダンジョンのボスキャラとして用いられる。事実、俺はゲームで幾度となくデュラハンに苦戦してきた。そんなボス級の敵が今、目の前にいる。


 何故?

 なんで?

 俺は今ここで死ぬのか?


 脳内をぐるぐる回る問いかけに答えるかのように、デュラハンがその口を開けた。

 

 「我が仇よ!ここにいるのはわかっている!隠れていずに姿を見せろ!それでも王族の人間か!」

 

 仇?王族?なんの話だ?訳がわからない。

 ここにそんな奴がいるのか?いるんだったら何故名乗り出ない?

 俺は必死に頭を回転させた。この状況を打破する方法があるはずだが、まるで何も思いつかない。


 周りの冒険者たちも武器を引くのをためらっている。当たり前だ。これほど強い敵の前では、誰だってそうする。たとえここにいる冒険者全員でかかったとしても、勝てるかどうか危ういくらいだ。


 皆の不安を気にも止めず、デュラハンはそのままギルドの中へと歩み、続けた。

 

 「名乗り出ないのか?王族の人間が聞いて呆れる。それでもこの国を統べる者か!」

 

 不穏な沈黙がギルド内を包む。

 

 「それでも名乗り出ないか…ならば。」

 

 デュラハンは受付の前で歩みを止め、その剣を振りかざした。受付のお姉さんの目には、尋常じゃない程の恐怖が宿っていた。

 

 「この小娘の命を代わりにいただこう!」

 

 素早く振り下ろされる漆黒の剣。

 恐怖に包まれるギルド。

 悲鳴すら出ないお姉さんの開きっぱなしの口。


 考えるより前に体が動いた。いや、すでに動いていた。俺はできるだけ早く、そして強くお姉さんの方へと体を放り投げた。彼女とぶつかり、そのまま床に転がり、デュラハンの剣は空を切る。俺はお姉さんに問いかける。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「は、はい…」

 

 彼女はか弱い声で返事する。その表情からは恐怖しか感じ取れない。俺は彼女を座らせ、デュラハンの方を向く。


 その鋭く赤い眼光は、俺の背筋を凍らせる。

 

 「ほう、貴様何者だ?」

 

 その声もまた、俺に恐怖の感情を植え付ける。


 俺は一体何をしているんだ?俺がこいつに勝てるはずがない。武器もなければ戦闘経験もない。勝ち目なんてある訳がない。だけど、ここまできたからには、なんとかしなければいけない。そうするしかない。

 俺は覚悟を決め、ゆっくりと口を開けた。


 「ま、待て待て待て待て!き、君は王族の人間を探しているんだろう?周りをよく見てみろ!ここはギルドだ。お城でも宮廷でもなんでもない!多分だけど、君の探してる人間はここにはいない!人探しをするのは構わないが、できればこのギルドの人間には危害を加えないでくれ!お願いだ!」

 

 デュラハンは少し立ち止まってから、周りを見渡し、再び口を開けた。

 

 「確かにそうみたいだな…邪魔して悪かった。」

 

 デュラハンはそう言うと剣をしまい、ゆっくりと扉を出て、ギルドを後にした。意外と物分かりがいいんだなと思っていたら、辺りが歓声に包まれた。

 

 「うおぉぉぉぉぉ!」

 

 周りの冒険者達が俺に詰め寄って来た。そして一気に喋り始めた。

 

 「お前すげーな!」

 

 「デュラハン追い返すとかお前ナニモンだよ!?」

 

 「一体どうやってあいつを追い返したんだ?」

 

 俺は少し戸惑いながらも、返事をした。

 

 「いや、追い返すも何も、ただあいつが探していた人がここにいないって伝えただけですけど…」

 

 すると、歓声がより一層激しさを増した。

 

 「すげー!お前アビサル語話せるのか?」

 

 「敵と話せるなんてマジで羨ましいわー。」

 

 「ほんとそれな!マジで便利そう。」

 

 俺は少し考えた。アビサル語?なんの事を言ってるんだ?

 俺はこの世界に来てからの記憶を辿った。

 

 確かに、よく考えるとこの世界の人々は全く聞いたことのないような言語を話していたし、さっきのデュラハンもそれとまた違う言語を話していた。なんなら、俺が倒したスライムもさらに違う言語を話していた気がする。

 

 しかし、俺にはこれらが全て日本語に聞こえたし、全て日本語で返してきた。今初めて、これらが違う言語だと認識した。


 それにも関わらず、周りの会話を全て理解できている。返している言葉も全て通じている。となると、まさか…俺の「チート能力」は…

 

 「言語」

 

 ありえない話かもしれないが、そうとしか説明がつかない。俺に与えられた、異世界を生き抜くためのチート能力は、「この世界の全ての言語を理解し、話す能力」。確証は持てないが、今はそうとしか考えられない。

 正直少しショボい能力かもしれないが、それはどうだっていい。


 この能力のおかげで、俺は今生きている。

 この歓声を受けている。

 「楽しい」と感じている。

 それで十分だ。


 俺はしばし、このひと時をかみしめた。しばらくして、歓声はやみ、先程助けた受付のお姉さんが俺の前まで歩いてきた。

 

 「先程は助けていただいてありがとうございました。この命、永遠にあなたへの恩は忘れません。」

 

 その声は、恐怖のかけらがいくつか残っていたものの、嬉しさと感謝に溢れていた。涙が溢れそうなその瞳を見て、俺はどう返せばいいかわからなくなった。

 

 「え、いや、あの…」

 

 言葉を必死に探そうとしている俺を特に気にもせず、お姉さんは続けた。

 

 「あなた、先程ギルドに入会しようとしていたドウモトマナブさんですよね?先程は入会金が払えなかったようですが…この命の恩、今すぐにでも返したいものです。何より、モンスターと対談できるような逸材を逃す訳にわいけません。特別に、入会金はいりません。よければ、このギルドで働きませんか?」

 

 願ってもいない申し出に、俺は喜びを隠しきれなかった。

 

 「はい!喜んで!」

 

 ギルド内は再び歓声に包まれ、お姉さんは嬉しそうに俺に問いかけた。

 

 「よかったです!一応確認しますが、あなたはアビサル語が話せるようですけど、ほかに喋れる言語はございますか?」

 

 俺は満面の笑みで、彼女の問いかけに答えた。

 

 「全部です。」

 

 「はい?」

 

 彼女の戸惑いを見て、俺はさらに大きな笑みで続けた。

 

 「俺は、全ての言語が話せるんです!」


  俺、堂本学は久々に、心の底から笑った。


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