第十七話:異世界では現実は伝説より奇なり
「はあ〜…」
俺は深いため息をついた。
ザカラヤスとの面会からすでに三時間が経っていた。城内はもうほとんど回ったし、やる事はほとんどなくなっていた。
彼の提案について考える以外は。
すでに考えていなかった訳では無いが、さっきからいくら考えをまとめようとしてもまるで答えにたどり着かない。冷静に考えれば、彼の提案に乗るべきなんだろうが、何故かそうする決意が湧いてこない。何かが俺を食い止めている。ユルビンとヴェリスにも相談したが、二人とも俺の好きにすればいいと言ってくれた。悪気はないのだろうが、正直今は何かしらの意見が欲しい。何かしらの導きが。
しばらく考えながら城内をウロウロしていると、ある物が目に入って来た。
美しいステンドグラスをバックに、圧倒的な存在感を放つ五枚のタベストリーが。
そこに描かれていたのは、王らしき人物と一人の騎士、そして彼らと剣を交わす人型のモンスター。何故かは分からなかったが、俺はその絵柄に惹かれていた。一旦考えるのをやめるほど、その魅力は強かった。
悠久にも感じられる時間をタペストリーの前で過ごしていると、後ろから声が聞こえてきた。
「そのタペストリーに興味があるのですか?」
振り向くと、そこにはザカラヤスが立っていた。
「ザカラヤス王子!用事はもう終わったんですか?」
「はい、何事もなく無事に終わりました。それより、先ほどからこのタペストリーを眺めていましたけど、これに興味があるのですか?」
突然の質問に、俺は意味もなく焦っていた。
「あ、いや、興味があるというか、なんだか、惹かれる物を感じたと言いますか…」
焦ってる俺を見てザカラヤスはクスッと笑い、言葉を返した。
「その気持ち、僕もわかる気がします。このタペストリーは、実に素晴らしいものですから…」
そう言うとザカラヤスは、何やら思い詰めた表情でタペストリーを眺め始めた。
しばらくすると、彼は改めて俺の方を向き、口を開けた。
「実はこのタペストリーは、ソンヴォン王国に伝わるある伝説が描かれてるんです。よければ、お聞かせしましょうか?」
彼の妙に緊迫した表情を見て、嫌とは言えなかった。
「はい、是非。」
ザカラヤスは軽く息を吸い込んでから、タペストリーの伝説について語り始めた。
「かつて、ソンヴォン王国はただの小さな町でした。その町を王国まで発展させたのが初代ソンヴォン国王、マクスウェル・ソンヴォン、僕のご先祖様でした。彼は民の上でも下でもなく、横に立ちながら人々を導いた、素晴らしい王でした。そんな彼にはもちろん、頼れる近衛兵達がいました。その中の一人、バルティーア・ユリエは、王の古くからの友人でした。二人は常に励みあい、時には兄弟のように笑いあい、時には二人の剣士として戦場で活躍しました。二人の間には、揺るぎない絆がありました。」
ザカラヤスはまるで目の前にその光景が見えてるかのように、熱心に語り続けた。よっぽど伝説の二人を尊敬しているのだろう。
感心する間も無く、彼は続けた。
「しかし、ある日一体のモンスターが王国に攻め込んで来ました。そのモンスターはとてつもなく強く、次々と兵士達を薙ぎ払って行きました。意を決したマクスウェル王とバルティーアは、自ら戦場へと駆け付けました。彼らは善戦するも、モンスターの強大な力には敵いませんでした。このままトドメを刺すと思いきや、追い込まれた二人を見てモンスターはこう言いました。」
『このままこの国を滅ぼすのはつまらない。我は、より強い相手との絶望に満ちた戦いを望んでいる…それを提供できなかった貴様らには代償を払ってもらう。貴様ら二人の間にあるその絆、それを代償としていただく。』
「そう言うとモンスターはマクスウェル王に呪いをかけ始めました。紫色に光る呪いの光線が王に当たる直前、バルティーアが自分の身を呈して王を守りました。王の代わりに呪いを受けたバルティーアは、みるみるうちにモンスターへと姿を変えて行きました。鎧は黒に染まり、首は切り落とされ、肌が緑に変色した彼は、もはや見る影も無い姿になってしまった。バルティーアの変身が終わると、モンスターはこう言いました。」
『少し予定とは違ったがまあいいだろう。その呪いは、貴様らの絆を引きちぎる呪い…解く条件はただ一つ。自身がもっとも信頼する者の首を手に取り、自身の首と交わす…つまり、その騎士は人間に戻りたいのであれば、自分の手で守るべき王を殺め、その首を掲げるしかないのだ!殺しあうか、はたまた自分からその首を差し出すかは貴様の自由だ。さあ、せいぜい絶望するがいい!』
「そう言うとモンスター煙となり、その場から消えました。残されたマクスウェル王と理性を失いつつあったバルティーアは、しばらく動かずにいました。結果的に、バルティーアはソンヴォン王国から追放され、その後、二度と二人は顔を合わせる事はありませんでした。」
語り終えたザカラヤスは、なんだかスッキリした顔でこちらを見た。
俺は深く息を吸ってから、ゆっくりと口を開けた。
「随分と…悲しい伝説ですね。」
するとザカラヤスは、以外な事を言い始めた。
「ええ、そうですね。だけど、僕はこの伝説が好きなんです。王の鏡とも言えるマクスウェル王とその親友の近衛兵バルティーア…二人の関係は、今のソンヴォン王国を築き上げた素晴らしいものでした。僕も、いずれ王になった時、そういう人がいればいいなと思うばかりです…」
ザカラヤスはそう言うと、また思い詰めた表情をして、タペストリーを眺め始めた。
彼の言葉を聞いて、なんとなく彼が俺を招いた本当の理由がわかった気がした。
それは俺もかつて望んでいた、孤独からの脱出。
彼もまた、身分に関係なく、俺と同じ一人の人間だと言う事だ。
しかし、なぜだろう。
何かが引っ掛かる。
彼の話の中の何かが、俺の記憶に訴えかけている。
一体何が?
その何かがなんなのか考える隙も与えず、部屋の扉が勢いよく開いた。
振り向くと、一人の兵士が、鬼の形相でこちらを見ていた。
そして俺たちは、彼の言葉に度肝を抜かれることになる。
「ザカラヤス王子!大変です、城内に強力なモンスターが現れました!」
俺は、鋭く息を吸い込んだ。
ザカラヤス王子の護衛開始である。




