第十三話:異世界では仲間はトラウマより強し
スライムの群れとの戦闘開始から三十分が経った。
俺達は正直苦戦していた。
いくら倒しやすいスライムとは言えど、数の暴力で攻められると流石に体力の消耗が激しい。
そろそろ限界も近づいてきた。
「くそ!次から次へと…キリがない!」
「そ、そろそろ魔力が切れそうです…」
「私も矢が底をつきそうだ…」
消耗しきっている俺達に対して、スライム達は減るそぶりも見せない。
それどころか、だんだんと調子に乗り始めている。
「へっ、こいつら割とやるじゃねーか…でもまあ、やっぱり俺らにはかなわねー見てーだな!」
「やっぱあのレンジャーの子いいな…後で頂くとするか…」
ゲス丸出しな奴らの発言に心底腹が立ったところで、俺は賭けに出ることにした。
「ユルビン、ヴェリス!こいつらの相手をするのはもう骨だ!このまま突っ走るぞ!」
「はい!」
「了解!」
俺達は武器をしまい、テイルシン目掛けて走り出した。
速く、速く、速く。
この足が動ける限り。
しかし、俺達の希望はあっけなく絶たれた。
「そうはさせねーぜ!行くぞオメエら!」
『おうよ!』
そう言うと、スライム達はお互いに重なり合い、大きなスライムの壁を作り出した。
俺達は止まることもできないまま、その壁にぶつかってしまった。
その壁は妙に粘着性が高く、離れようにも離れられない。
「く、クッソ!なんだこれ!?」
慌てた俺の問いかけに、スライム達は嘲笑いながら答える。
「ハーハッハ!これが我らスライム族の奥義!『アシディックスライムウォール』だ! 幾度となく重なったスライムから繰り出される酸性粘液の壁!そのままじっとして溶かされるがいい!ハーハッハ!」
スライムの言葉を聞き、俺は絶望した。
くそ、このまま俺達は死んでしまうのか?スライム相手に何もできずに死んでしまうのか?
俺がそんな心配をしていると、横から何かの詠唱が聞こえてきた
それはエルフ語のようだったが、俺にはもちろんその意味がはっきりとわかっていた。
横を見ると、そこには手を合わせて呪文を唱えているヴェリスの姿があった。
「母なる大地よ、今こそそなたを守りし聖なる森の守護者に力を貸したまえ。大地を捻じ曲げ、我の敵を貫き拘束せよ!」
ヴェリスは両手を前に突き出し、叫んだ。
「ネイチャーズプリズン!」
ヴェリスがそう叫ぶと、地面から無数の蔓が飛び出し、スライムの壁に侵入した。スライム達の悲鳴と共に、その蔓はゆっくりとその壁を引き裂き、俺達を解放した。やがて、そこに残っていたのは無数のスライムの串刺しだった。
その光景に、俺とユルビンは呆気にとられていた。
開いた口を閉じずに、俺は喋り出した。
「す、すげーな…どこで覚えたスキルなんだ、それ?」
「これはエルフの血を引いているから使えるスキルだ。まあできれば使いたくなかったんだが…」
ヴェリスは少し困った顔をして、そう俺の問いに答えた。
「それも、あなたの『事情』ってやつですか?」
ユルビンがそう言うと、こちらを見て暗い顔で喋り出した。
「ああ、そうだ。まあ、これを見せてしまった以上、話さざるを得なくなったな…」
「え、どういうことだ?」
困惑している俺に、ユルビンが声をかける
「あれほどの威力のネイチャーズトラップを使えるのは、エルフの中でも高い魔力を有する数人だけです。ましてや彼女はハーフエルフです。多種族の血が混じっているのにも関わらず、あれほどの威力が出せると言う事は、それなりの事情があるはずです。」
なるほど。ユルビンは持ち前の魔法知識のおかげでヴェリスの「事情」に察しが付いていたのか。
俺は改めてヴェリスの方を向いた。
「ヴェリス、話せる範囲でいいから、君の「事情」とやらを説明してくれ。」
俺がそう言うと、ヴェリスを大きく息を吸い、口を開けた。
「ああ…昨日も言ったが、私はモリシアを治める貴族の娘だ。モリシアは基本的にエルフだけが住む国なのだが、見ての通り私はハーフエルフだ。私の父がモリシアに来た人間の旅人を口説いた結果、生まれたのが私だ。幼いうちは、やがてモリシアの長の座を継ぐ令嬢として育てられたが、私が十五になった時から少しづつ私の扱いが変わっていった。なにせ、エルフとハーフエルフでは年をとるスピードが違う。十五にもなれば、自身がハーフエルフである事を隠すのはほぼ不可能になった。」
「なんでハーフエルフである事を隠す必要があったんだ?」
俺がそう聞くと、ユルビンは俺の腹にエルボーを入れ、俺の耳元で囁いた。
「ハーフエルフはエルフから差別されているんです。『聖なるエルフの血が汚された』って事を理由に、非人道的な事をされているんです。マナブ、そんな事も知らなかったんですか?」
「い、いや、初耳だ」
これまたなるほど。だから会ったばかりの時、ヴェリスは「私が何者かわかっているのだろう?」なんて言ったんだ。
納得している俺と呆れているユルビンをよそに、ヴェリスは続けた。
「私は父の周りの人間から『ヴェニラの名に泥を塗る存在』と罵られ、居場所を追われた。最終的に、父は私と母を捨て、別の女性と結婚し、新たに後継者を作った…その結果、母は精神を病みとても子育てができる状態ではなくなってしまった。私は住む場所も頼れる人を失い、街から街へと彷徨う様になった。」
「で、ギルドに転がり込んで、俺達に拾われたと。」
「そういう事だ。」
重苦しい空気が場を包む。
ヴェリスは俺達が想像していたより遥かに壮絶な人生を歩んできていた。
そんな彼女の言葉の節々からは、莫大な悲しみが感じとられる。
そんな彼女に、何かしてあげられる事は無いのか?
「私をパーティから追い出したいなら止めはしない。私がパーティにいても、ろくな事などないからな…」
悲しみに暮れる彼女のために、何かできる事は?
そんなの、決まっている。
「いや、別にいいぜ。」
「え?」
ヴェリスは驚いた表情でこちらを見上げた。
俺は彼女と目を合わせ続けた。
「別にハーフエルフだからってパーティから追い出す理由にはならない。たとえ過酷な過去があるとしてもだ。第一、俺達も割と似たようなもんだよ。な、ユルビン?」
「はい。僕も一応家から追い出された身ですし…案外似た者同士なのかもしれませんね。」
「な!だから気にすんな。このパーティはひとりぼっちの溜まり場みたいなもんだから。昨日言った通り、むしろ大歓迎さ!」
俺とユルビンの言葉に、ヴェリスは涙ぐみ、後ろを向いた。
震える声で彼女は喋り出した。
「ありがとう…本当に恩に着る…」
彼女の言葉を聞き、俺とユルビンは優しく微笑んだ。
俺達はそのまま無事にギルドに戻る事ができた。




