第一話:異世界では期待は退屈より大きい
俺、堂本学はゆっくりと目を開けた。そこに飛び込んでくるのは、真っ白な天井。鼻は昨日食べたカップラーメンの匂いを嫌なほど正確に拾っている。手は思わず俺の下にあるボロボロの布団を掴み、握り拳を作る。俺、堂本学は大きなため息をついた。今日も退屈な一日が始まる。
俺は布団を片付けた後、天井と同じくらい白くて質素な台所へ向かい、お湯を沸かし始めた。お湯が沸くのを待っている間、俺は部屋を見渡した。
埃まみれの床。
散らばっているレトルト食品のゴミ。
漂う成人男性の悪臭。
それは決して「住みたい」と思えるような部屋ではなかった。しかしそれは、紛れもなく丸二年を過ごしてきた俺の部屋だった。
一見すれば、一流のニートでも音を上げそうな暮らしだが、俺はこの暮らしに大きな不満はない。
家からできる仕事をしているから収入も安定しているし、外に出ることはないが、別にいく場所も会う人もいないから引きこもってても特に問題はない。買い物は通販で済ませておけば時間も省けて適度にゲームをすることだってできる。そう、この暮らしは俺にとって何一つ不自由の無いものである。しかし、それにも関わらず、最近一つだけ不満ができた。
それはこの暮らしが「退屈」であることだ。
確かにこの暮らし便利だ。出来ないことはほとんどないし、べつに生命に危険があるわけではない。だけど逆にそれが問題である。一人暮らしを始めたばかりの時は常に新しい発見があって別によかったけど、三年目となると流石にできることはほとんどやり尽くした。
新たな発見がない生活。それは隠し味の無い料理と同じだ。なんの変哲もなく、なんの面白みも無い。
毎日同じ部屋で起きて、同じ食事をとり、同じ仕事をしては寝てまた繰り返す。そんな現実から逃げるためにしてるゲームでさえ、最近少し退屈だと感じ始めた。
俺の生活は実に退屈だ。それを再認識したところで、お湯が沸いた。俺はやかんを手に取り、お湯をカップラーメンに注いだ。3分待った後、俺はカップラーメン片手にパソコンの前に座った。
さあ、今日もまた退屈な仕事が始まる。
パソコンと5時間ほどにらめっこした後、俺は布団を敷き、やがてゆっくりと目を閉じた。
また一つ、退屈な一日が過ぎてしまった。
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俺、堂本学はゆっくりと目を開けた。そこに飛び込んでくるのは、壮大な蒼い空。鼻はどこからか匂ってくる花の匂いを必死に拾おうと息を吸っている。手は思わず俺の下に生い茂る草を掴み、震える握り拳を作る。俺、堂本学は辺りを見回し、一つ息を吸った。
俺、死んだのか?」
そう思えるほど、そこは綺麗な場所だった。
しかし、そこは天国のような生易しい場所ではなかった。
辺りをよく見回すと、そこには草木のかげに潜むスライム、ゴブリン、ゴーレムなどといったモンスター達の姿があった。そこは、RPGに登場するような平原そのものだった。事実、俺はこのような平原を何度もゲームで見てきた。目の前に広がる光景を改めて見回した俺の脳裏に、ある一つの考えが過ぎる。
「ここって…異世界?」
それはゲームでもアニメでも定番の展開、「異世界転生」というものだった。平凡な生活を送っていた主人公がなんらかの理由で死亡し、ファンタジーな異世界に転生するというものだ。
となるとやはり俺は死んだのか?原因は?災害?心臓硬直?栄養失調?どれもあり得る話だが、今となっては知る術は無い。いや、そもそも知る必要も無いのかもしれない。
ここが本当に異世界だとしたら、そこに待つは壮大な冒険。
新たな発見。
「退屈」からの脱出。
俺は自分の口角が上がるのがわかった。いつしか忘れていた感情が蘇ってくる。「楽しい」という感情が。もうこの際どう死んだかなんてどうだっていい。俺はただ、この異世界での生活を楽しむと心に決めた。
となると、どうしても期待してしまうのが「チート能力」だ。異世界転生ものでは、主人公がパワーバランスなんて気にも留めないようなチート能力を手にするのがお約束だ。つまり、俺にもそのようなものがあるはずだ。俺は期待で胸を踊らせて、近くにいたスライムに目をつけた。
「ちょっくら腕試しと行きますか!」
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「イタタタ…」
俺はスライムとの戦闘を終え、その場で座り込んだ。確かに、俺はスライムを倒すことができた。しかし、それは決してとんでもないチート能力による勝利ではなく、俺が幾度も繰り出した打撃によるものだった。
チート能力で圧勝するどころか、俺は逆に相当なダメージを受けてしまった。
俺はスライム相手に苦戦してしまった。
つまり俺は「チート能力でどんな敵でも薙ぎ払う勇者」などではなく、「ただのスライム相手に苦戦してしまった極々普通な冒険者」だということだ。
これには流石に落ち込みを隠せなかったが、俺はすぐに立ち直った。たとえチート能力がなくても、ここでの生活は確実に「退屈」では無い。
何れにせよ、ここで生活する為にはまず寝床を確保しなければならない。さっきからこの平原を抜けた先にそびえ立つ大きな建物が目に入っていた。そこはおそらく町か何かだろう。たとえ宿屋に泊まる事が出来なくても、少なくともどこかで暖をとる事ができるはずだ。野宿よりはマシだろう。
俺は異世界生活での初めての一歩を踏み出し、その建物の方へと歩き始めた。
初めての連載です。御手柔らかにお願いします。m(_ _)m
できる限り毎日更新を続けるつもりですが、途絶えてしまったらすみません。
日本語はまだ勉強中ですが、何卒よろしくお願いいたします。m(_ _)m