09.魔道具
書くのは初めてですので、不備がありましたらお願いします。
中庭は、母屋と離、そしてその二つを繋ぐ渡り廊下で囲まれた一画で、この家の水源……井戸もここにある。
母屋からはあまり見えない造りになっているし、もう少し奥には厩舎も見えているが、特に用も無いのでここに来る事はまずない。どちらかと言えば使用人達のテリトリーだ。
「あれ? ルクシアール様、どうしました? 寂しくなっちゃいましたかー? …………奥様!? し、失礼しました」
「ふふ、良いわよ、そのままお仕事を続けて頂戴」
洗濯をしていたリトナが、からかう様に俺の頭を撫でた所で母さんの存在に気付く。別行動のキーシャが、先にこっちに来たはずだけど聞いてなかったのか。
「奥様、お待たせしました……リトナ、普段通りで構わないけど粗相はしない様にね」
「……はい」
遅れてやって来たキーシャの言に、力の無い返事をするリトナ。……残念、少し遅かったよ。
そんなリトナの失態は置いといて、次いでやってきたのは、テーブルと椅子を抱えたバーノン。料理担当だけど、それ以外の時間も雑用やら警備やらと色々とやってくれている。ドラッツといい勝負の筋肉だるまだ。
その後ろには、御者兼庭師で紳士然とした初老の男性ハストと……おお、レアキャラのサリス!
俺達が起きる前に屋敷内を掃除し、食事をしている間に私室の掃除をしてくれている。
昼間に休眠している様だし、俺達の目に触れない様にこの家を掃除しているので、鉢合わせる可能性が凄く低い使用人だ。若い女性の様だが、影が薄いんだよな。
しかし、使用人がここまで集まるとは珍しい。もう一人居るけど、今は帰省中なので、全員集合とはならないのが惜しいな。
で、その二人が運んできた木箱の中には、ごちゃっと纏められた謎の物体が多数。
「これが魔道具?」
「はい、当家にあります全ての魔道具です」
贈り物って言っていたけど、こんな乱雑に箱にまとめて……本当に不用品扱いじゃないか。
「それじゃ、ルクス。お願いできる?」
「動くか分からないけどやってみるよ」
母さんが急かすので、とりあえず目に付いた半球状の物を手に取ってみた。曲面の表側は濁ったガラスの様な物で覆われており、平面になっている裏側は黒い石の様な材質となっている。
試しに魔力を流してみると、魔力が吸われ充填されている様な感覚はあるものの、外観に変化は無い。
「……ねえ、これってどういう道具なの? 説明書きとか無いの?」
「申し訳ありません、その様に保管されて十五年近く経ちますので、仔細は何も」
十五年も前の物なのか。という事は長男のシーザーも生まれてない……年代物だな。
仕方ないので『鑑定』に頼るか――。
「あ、光った!」
いつの間にか合流していた姉が驚きの声を上げる。
『鑑定』の記述どおりに、裏側の黒い石が赤くなるまで魔力を注いで表面を叩く……どうやらタッチ式の照明器具らしい。
「なんだろうね、灯りかな。叩くと点いたり消えたりするみたい」
そう言って、設置された椅子に座る母に渡す。
「こういう物なのね……蝋燭を使わなくてもよくなるのかしら」
「どの位持つのか分からないけど、蝋燭よりは明るいかも」
同じ物があと五個あるので、同様に魔力を注いだ後に叩く。……なんだ、全部同じか。
姉はそれらをテーブルに並べて、点けたり消したりして遊んでいる。なんか、こういうのゲームセンターで見た事あるな。
次は……ゴルフボール大の球体で、金属と黒い石の半球同士が合わさった様な外観に、小さな突起が一つと、穴が二つ開いている。
さっきのタッチライトと同様に魔力を注ぐと、黒い石の部分が赤くなる……。
蓄魔石、この黒い石は魔力を蓄える性質があり、魔道具には必須の素材になっている。なぜ赤くなるのかは『鑑定』では出てこなかったので不明だが、貯留限界に近付くにつれ鮮やかな赤色になる。
蓄魔石が鮮やかな赤色に変わったのを確認してから、動作スイッチであろう突起を押すと微妙な強さの風が穴から吹き出す。
「きゃっ。 もう、ルクス君!」
「ごめんごめん、でも面白いでしょ?」
特に危険はなさそうなので、タッチライトに夢中な姉のもとに行き、風を当ててみた。
風を出す魔道具か……何の意味があるのか分からないが、面白いものではある。
「これは何に使うのかしら……」
母さんの疑問はもっともだよ。
もっと風が強ければ、ドライヤー代わりとか掃除など色々と使えそうだけど、何かを吹き飛ばしたり出来る様な風ではない。
書類なんかは散乱させられるだろうけど……悪戯道具?
……まさかね。
皆が色々試して首をかしげる中、「火熾しに便利かもしれません」とのバーノンの言葉に「ああー」と納得の声をあげる。
なるほど、火吹竹や鞴の代わりという事か。料理人というか、火に携わる人ならではの発想だな。
風を出す魔道具はバーノンの回答を採用するとして……。
次は、初期の携帯電話や小型のトランシーバーを思わせる形状だ。
長方形の胴体からアンテナのような棒が一本飛び出た形で、上半分は銀色の金属、下半分が蓄魔石となっている。
同じ形状の物が四個あるので通信機器かと思ったが……。
「わあ、火が出た!」
姉が言った様に待望の火の魔道具で、アンテナ状の部分から火が出ているのだが……火勢はライターそのものだった。
「これも竃用なのかしら……暖炉とか」
「……あったら便利だとは思いますが……」
確かに火打ち石よりも遥かに便利だが、いかんせん薪へ着火させるのには火力が弱い。それを理解してか、母さんもバーノンも微妙な反応だ。
「あのー、お屋敷の蝋燭に火を点けるのに使えないですか」
リトナの発言で、また「ああー」と納得の声。
今は蝋燭を一箇所に集めて火を点け、蝋がこぼれない様に、火が消えない様にと、慎重に運搬していたが、これがあればその場で火を点けられる。
なんだか、魔道具の用途を当てる大会になってるな……まあ、みんな楽しそうだから良いんだけどさ。
「皆が集まっていると思ったら魔道具か、懐かしいなあ」
騒がしい空気につられて来たのか、父ドリアルが兄達を連れて中庭に現れた……なんだかんだで、今この家に居る人間が全員集合した。
兄達は早速テーブルに向かい、正体の判明した照明器具や送風機、ライターを動作させて遊んでいる。こう言う所はまだまだ子供なんだよな。
俺はそれを尻目に、次の魔道具へと手を伸ばす……一見すると筆記用具。
銀と黒、ツートンカラーのペンに見える。
とりあえず、例の如く魔力を注いで突起を押すと、先端から水がちょろちょろと滴り落ちた。
「……飲み水……かな?」
父の言わんとする事は分かるが、明らかに飲み水としての利用には水量が足りない。コップ一杯分を溜めるのにも相当な時間が掛かるだろうから、きっとまた何か捻った答えの物なのだろう。
「もっと勢い良く出れば、色々と使えそうなんですけどね」
「水を溜めるにしても、どれだけ掛かるか……」
リトナやキーシャの言い分ももっともだったが、「拭き掃除で、ちょっと水気が欲しい時とか」とのサリスの言に激しく同意している。
これもライターと同様に四個あるので、恐らくその推論であっていると思う。要は使用人の為の便利グッズといった所なのだろう。
主人である両親の許可は必要だろうが、これらを装備すれば、ただの使用人から魔道使用人にクラスアップ出来るはずだ。
……しかし、誰もサリスが喋った事に驚かないんだな……。
まあ、それは置いておくとして、残りは二つ。
一つは少し大きな物で、箱ティッシュを二箱重ねた位か。上部には横長の穴が二列開いており、側面にはスイッチらしき突起……トースターかな? トースターだよな、形状的には。
木箱から取り出そうと思ったが、意外と重くて持ち上がらなかったので、そのまま魔力を込めようと思ったら、初老のハストが取り出すのを手伝ってくれた。
「ハストさん、ありがとう」
「いえいえ、ルクシアール様のお力になれて光栄に存じます」
紳士だなー。
……と、折角取り出してもらったんだから、早速魔力注いで側面の突起を押す。
「……冷たい風?」
「その様で……他に変わりは無いようですね」
「まさか冷風の魔道具かっ!」
急にテンションの上がったバーノンの大声に、ハスト共々びっくりするも、冷風、つまりは冷蔵庫が出来る物だと理解して納得する。
随分と反応が早かったが、恐らくどこかで見聞きし、存在自体や外観は知っていたのだろう。
「冷たい風なんか出してどうするの?」
「そうだよな、これからもっと寒くなるのに」
姉のウルトと兄のディルは考えが及ばないのか、有用性を見出せない様だ。
「うーん、……多分だけど、今よりも夏とか暑い時に必要になるんじゃないかな」
「その通りです、シーザベルト様。夏場に腐りやすい物を保管し易くなりますし、冷たい飲み物や果物などもご用意できます。それに、冬場にも凍らない様にしたりと色々な使い道があるんですよ。それに――」
厨房を預かる料理人としての気持ちは分からなくもないが、バーノンは興奮しっぱなしだ。それにしても、さすがは本の虫であるシーザー、知識や発想が一段上だな。
しかし、これは冷房としても代用できるんじゃないか? バーノンから取り上げる訳にはいかないし、そもそも両親への贈り物だから私的利用は出来ないだろうけど。
……村で普通に売ってないかな。
「それにしても、一度にこんなにも沢山の魔道具を……魔力の方は大丈夫かい? 頭痛とか気持ち悪いとかは無いかい?」
「うん、ぜんぜん大丈夫だよ」
「そうか、父さん達も試した事があったが、皆具合が悪くなったものだけど、やはり恩恵や魔法が使えるというのは特別なのかもしれないね」
「うーん、良く分からない」
「そうか、それに……いや、ルクスが大丈夫ならいいんだ」
何か言い淀んだ感じだが……まあ、いいか。
さて、次が最後だけど、ただの板なんだよな。
三十センチ四方で厚さは三センチ位か……蓄魔石を薄い金属板で挟んだ様相だ。
木箱の中に立て掛けてあるが、さっきのトースターより重そうなので、ハストに断りそのまま状態で魔力を注ぐ事にする。
とりあえず魔力を注いで、側面にあるスイッチを押してはみたが、何の変化も無い。
突付いたり叩いたりしても何も起きない。
そんな様子を見ていたリトナが近寄り、板を軽々と持ち上げ裏を見たり表を見たりと観察している。
瞬間、急に地面へと板を落とし、驚いた表情を浮かべた。
「リトナさん、大丈夫? 急にどうしたの?」
板が地面に落ちる音で、皆の動きが止まり視線が集まる。
「はい、大丈夫ですが、……その、急に板が重くなって」
角から落ちたせいもあるだろうが、地面の土は抉れ、その板の重さを物語っていた。
「でもさっきは軽々と持っていたよね」
「はい、さっきまでは軽かったんですけど、横の突起に触ったら……重くなる板って事でしょうか」
いやいや、逆だろう。
村での一件で見直したが、ちょっと改めないと駄目かもしれないな。
「たぶん逆だよ。軽くなる板なんじゃない? 僕が突起を押して軽くなった板を、リトナさんが突起に触って元の重さに戻したんだよ」
それを裏付ける様に、地面に落ちた板のスイッチを入れると、三歳の俺でも片手で持てる重量になった。
「ルクス君、すごーい!」
「でも、板が軽くなって……それでどうなるのでしょうか」
キーシャの意見に俺も同意だ。『板が軽くなる……それで?』だよな。
まあ、みんな答え探しが楽しい様だし、元の重量に戻った時の危険性を伝え、あとは任せてみる事にする。
でも一応『鑑定』で……名前は浮遊板か。
他の魔道具も鑑定しながら、皆が予想した使い方の正誤と、危険性が無いかの確認だけはしておく。
魔道具の動作方法に関しては合っている様だけど、用途は『鑑定』では分からなかった。使い方なんてそれぞれなのだから、そりゃ分からなくて当然か。
そんな事を考えながら、ぼんやり眺めていると、どっと笑いが起きる。
何事かと意識を戻して視線を向けると、板に乗ったバーノンをリトナが持ち上げて運んでいた。
浮遊板は重力魔法の魔道具で、板自体と板の上部に掛かる重力を軽減する効果がある。
ただ、燃費が悪い様で、使用するには大量の魔力が必要になり、大量の魔力を蓄えるために蓄魔石の量も多くなり重くなる。板自体を軽くするのにも魔力を消費して……本末転倒だよな。
そうこうしている内に、浮遊板の蓄魔石の色がどんどん黒色になっていくので、注意を促す。
少ししか補充しなかったとは言え、やはり燃費は悪そうだ。
「重たい物が軽くなるのは凄く便利ですけど、急に重くなるのは怖いですね」
うっかりスイッチに触った場合とか、確かにその危険性はあるな。
重いといっても五キロ強と言った程度だが、急にその重量が戻ったら持っている物は落とすだろうし、バランスも崩す。
全部の魔道具を試したところで、父が口を開く。
どうやら、これらの扱いに関しての方針を決めた様だ。
「さて、この板以外の魔道具は、必要な者が管理してくれれば良いが……」
「僕はぜんぜん大丈夫だよ」
父さんがこちらを見たので、魔力の心配は無い事を告げる。
「そうか、……それならまずはどの位持つのか試してみよう。頻繁に魔力の供給が必要になるなら、魔道具は使わない様にする。確かに使用人達の仕事は楽になるが、それでルクスの負担が増えたら意味が無いからな」
良い考えだな。これなら使用禁止になるような、無駄な使用は控えるだろうし。
とりあえず、全部の魔道具を集めて、目一杯まで魔力を注ぐ……これで使用頻度と合わせればフル充填でどの位持つのか分かるだろう。
しかし、これだけ便利な物があるのに、これまで一度もお目に掛かれなかったのが不思議だな。
明日、トラル村に行った時に売ってるか探してみよう――。
その後は、本を読み耽る。
久々に長男のシーザーと同じ時間を過ごしたが、殆ど会話は無い。
お互いに本を読んでいるのだから、当然といえば当然なのだが。
口を開くのは、分からない言葉を教えてもらう時程度だけど、こんな時間も何故か心地良い。
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