閑話.本当の西都
「寝たか?」
「…………ああ」
サジュアやイナルの探知能力も凄いが、ギントのそれも意外と頼りになる。
壁むこうの状況も何となく分かるんだから、やっぱ獣人ってのはすげーな。俺よりも図体がでかいくせに細かい事にも気がつくしよ。
しかし、ようやく眠ったか。
別に悪い事をしている訳じゃないんだが、堂々と出て行くのには何となく抵抗がある。
それに今回は客人がいるから特にな。
「そんじゃ、そろそろ行きますか」
「坊主はどうするんだ?」
「ちと早い気もするが、もちろん連れて行くさ……おい、ルクス」
妙な縁で知り合ったやつだが、何故か馴染むのが早かった。
恐らく俺、いや俺らの誰よりもはるかに強いんだろうが、家に迷惑を掛けたくないと実力を隠している変なやつだ。
俺だったらがんがん稼いで、どんどん有名になって……家族や仲間と面白おかしく過ごすんだがな。
「どうしたんですか?」
随分と反応が早い……それに状況を察してか声を殺している。
ギントは何も言わなかったから寝ていたのは間違い無いんだろうが、相変わらずおかしなやつだ。
「なに、ちょっとルクスに本当の西都を見てもらおうと思ってよ」
「…………ほう」
察しが良くて助かるぜ。
しかし、サジュアに抱きつかれて満更でも無い感じだったが……コイツも可愛い顔して意外と好き者だねえ。
「おい、馬鹿な事してないでさっさと行くぞ。ルクスも簡単で良いから準備しろ」
おっと、そうだった。
女ども、特にサジュアが目を覚ましたら面倒な事になりそうだから、早くこっから離れないとな――。
「で、どこに行くんだ? 水鳥?」
無事に建物から脱出できたはいいが、店か……。
『水鳥の楽園』は俺とギントも良く行く店だが、年齢が少し高めだ。安心して任せられるのは良いんだが、今回はルクスもいるからなあ。
「そうだなあ、ルクスがいるから若い子が居る所の方が良いんじゃねーか?」
「なるほど、それなら『花園の壷』だな。『虹色の蜜』でも良いが、ヨリンさんが辞めてから質が落ちてるし『巣穴の奥』は癖が強いから初心者向けじゃないしな」
さすが、ギントは頼りになるぜ。
「んじゃ、花園だな。……どうした?」
「いえ、結構な時間なのに随分と賑やかだなーって」
きょろきょろとしてたのはそう言う事か。こういう所は子供らしいんだけどな……。
「北街は他所から来ている冒険者や旅人が多いから、夜は長めだな。ルクスもその中の一員なんだから存分に楽しめよ」
「……はい」
それから少し歩いて、ようやく目的地の『花園の蜜』に到着した。
ここは若い新人も多く、その初々しさが良いなんてやつもいるが、俺はどうもそういう子は苦手だ。
商売柄、仕方の無い事なんだろうが、買われて来たりで嫌々働いている子もいる。もしそんな子に当たって泣かれでもしたら起ちもしねえ……やっぱり商売、一夜の事と割り切った経験豊富で余裕のある人の方が気を使わなくて良い。
「ギントさん、お久しぶりね。あら、今日はジャントラさんも一緒なのね」
「レムさん、久しぶりです。ジャントラもだけど、今日はちっこいのも居るんでよろしくお願いします」
普段はあまり自分を前に出す感じじゃないが、今日のギントはどことなく頼もしく見えるな。
「あらあら、それじゃ皆はどんな子が良いの? 御指名の子とかはいるかしら?」
出来ればあなたの様な方が……と、言いたい所だが、確か彼女は引退したんだったな。
「俺は特に無いんですが、出来れば年上で胸の大きな人が。全体的に柔らかそうな感じであればなお良いですね、性格とか口調も含めて。あとは――」
特に無いと言った割には……そう言えばギントはふくよかなのが好みだったか。
恰幅の良い宿屋の女主人を見て、『あれで旦那がいなけりゃな』って呟いたのを聞いた時には耳を疑ったが。
ともあれ、ギントの好みも伝え終わった様だし、次は俺だ。
「俺は、歳とかは気にしなくていいから慣れた感じの子が良いな。新人丸出しじゃなきゃ問題ない。……ルクスはどうする?」
そう言ってルクスに目をやると、俯いたまま固まっている。
ついさっきまでは物珍しそうに、そして獲物を探すかの様にきょろきょろとしていたのに、急にどうしたんだ? 腹でも痛くなったか?
「おい、どうした? 具合でも悪くなったか?」
「いえ、……やっぱり僕は遠慮しておこうかなって」
「はあ? ここまで来てどうした。まさか女にびびったのか?」
いや、ギントの指摘は間違っている……それは無いだろう。
だって、さっきまであんなに鼻の下を伸ばしていたのに。
となると、原因は別のところにあるのか……もしかして知り合いでもいたとか?
「いえ、体調とかは問題ないんですが、はやく別のところに――」
この店になにか異常があるのか……俯いているから表情はわからねえが、ただ事じゃない事くらいは俺にも分かる。
こりゃ、店を変えた方がよさそ――。
「ジャントラ、ギント」
俺の思考を遮る様に、後ろから聞き覚えのある声が……。
普段とは違う、冷たく重い声だ。
ルクスが感じ取ったのはこれだったのか。
「サジュア……それにイナルも」
どうしてここに。とは聞けなかった……サジュアの冷たい視線もあるが、理由は簡単だった。ルクスを連れて娼館に来たのが不味かったのだろう。
どうもサジュアのルクスに向ける情は深すぎる。
ともかく、反論しないで大人しくしていた方が身のためだ。
「さあ、ルクス。こんなとこにいたら駄目だ、帰ろう」
口調は真面目な時のままだが、俺らに向けられた時よりも幾分か声に温かみがある。
……今夜は残念だが諦めるしかないか。幸いなのは未遂だったって事だ……このまま何もなかった事に出来る。
あとはルクスらと共に帰り、怒らせないように気を使って……いける!
「ふざけんな! ここは女が来る場所じゃないぞ!」
そんな作戦を台無しにするようにギントが吼える。
やめろ、ギント。周りのやつらも囃したてて煽るな。
「ここは男の楽園だ! ルクスだってもう半成人だ! 女を抱く権利は誰にもっぐぁ」
そんな、ますます図に乗ったギントの額に手斧が刺さり、そんな光景に娼館の中の音が消える……。
サジュアの得物を知っている者なら、そんな幻視をしただろう。が、幸いにもサジュアが投げたのは手斧ではなくただの棒切れで、ギントは昏倒しただけだった。
馬鹿なやつだ、ここでルクスの名前を出したら怒らせるだけだろうに……。
「ルクス、帰るよ」
「……はい」
「まあ、何もなくて良かったわね……お互いに」
……本当にな。
とりあえず、騒いだ侘びとして数枚の小銀貨をレムに渡してギントを背負い、そのまま三人の後に続く。
これ、後で噂になるだろうな――。
女二人の無言の圧力に居心地が悪かったが、何とか拠点の自室まで戻って来れた。
ギントはベッドに寝かせて、一応ルクスに診てもらっているが……。
「……大丈夫そうですね、骨折も無いですし脳内出血もありません」
「のうない?」
「あー、頭の中って事です。とりあえず回復魔法も掛けたし問題無いと思うけど、専門家じゃないので何かあったら治療院で診て貰った方が良いかと」
たまに分からない言葉を使うが、ひとまずギントは大丈夫なようだな。
「……なんか悪かったな」
「いえ、……残念な結果になったけど、なかなか楽しかったですよ」
「次の機会……いや、なんでもない」
ギントみたいに別の部屋の気配は読めないが、サジュアの耳もあるし、今ここで色々と言うのは止めておいた方が良いだろう。
「……まあ、たまにはこんな事もあるさ」
今回は失敗したが、ルクスもこれから数年は西都に居るんだから機会はいくらでもあるだろう。
楽しくなると良いな――。




