75.西都イルザーフ
王都の西に位置し、国内にある四都市の中では最も新しく、西域を統べる要所として今現在も発展を続けている。とか、建造当初は未開拓地へ続く最前線の基地であり、高さ百五十カレグある外壁が当時の名残を留めている。
と言うのが、父の書斎にあった本で見た西都の概要で、もっと質素で無骨な城砦都市の様な物をイメージしていたんだけど、実際に見るとまったくの別物だった。
川の両側にあった緩衝地帯とも言える草原には、西都へと続く街道を軸に雑多な町並みが広がり、それがさながら門前町と言った様相で都市の一部を構成している。
川向うに見える石造りの壁が西都のそれなんだろうけど、都市の規模を考えると、ただの領主邸と言われても違和感が無い規模だ。
ひとまず、その門前町をざっと見ながらも進んで橋を渡り、少し歩くとようやく石壁の前に到着した。
どうやら石壁の中に入るのには手続きが必要なようで、今も十人ほどが並んでいるが、俺はどうしたら良いんだろうかと今更ながらに思う。
入学受付は明日からだし、壁の中に入っても意味が無いか? そもそも石壁の中には何があるのか。
特に案内図があるわけでも無いし、役場の場所も分からないし、どこの世界の都市も田舎者には厳しい所は変わらないんだなあ。
「坊主、どうした? 大丈夫か?」
そんな事を思いながら、ぼけっと突っ立っていたのを心配してくれたのか、石壁の所で警備をしていた領兵の一人が声を掛けてきてくれた。
「お心遣いありがとうございます。実は、貴族学校に入る為に来たのですが受付は明日からですし、どうしたら良いものか考えていました」
「これは失礼しました。仰るとおり受付は明朝からですので、本日はどこかに宿をとられるのが宜しいでしょう。こちらで手配いたしましょうか?」
「そうですね……とりあえずは自分で色々と見ながら探して見ます。それでもどうにもならなかった場合は頼りにさせて頂きますね」
それから、西都や周辺の街について簡単に説明してから彼は職務へと戻ったが、彼の言う通りひとまず宿の確保か? 冒険者組合にも依頼完了の報告に行かなきゃならないし、入学準備に必要な物があると困るから資金を下ろすのに商業組合も寄った方が良いか。
親切な領兵さんの話では、壁の中が本来の『西都』で、ここはその西門と西街と言うらしい。
ここから壁伝いにある道を北へ行けば、そう言う諸々が集まっているらしい北門と北街に行ける様なので、とりあえずはそこへ向かう事にした――。
「おう、ルクス、やっと来たか。……あれ、一人か?」
西都北門の外側にある北街、そこで冒険者組合を見つけたので早速入ってみると、ふいに声を掛けられた。『赤い馬』のギントだ。
「こんにちは、ギントさん。もちろん一人ですけど……?」
「ああ、いやな、ジャントラ達が西街の入り口に迎えに行ったんだよ。合わなかったか?」
「そうだったんですか。何軒かの店に寄ったので、行違いになってしまったのかも……」
この規模の町並みじゃ、迎えに行こうと言う気にもなるか。
実際に、領兵に話しかけられなかったら途方にくれていた事だろうし。
「まあ、こういう事も考慮して俺が残っていた訳なんだがな。……んじゃ、俺の方が早いだろうし、ちょっくらジャントラ達を呼びに行って来るわ。探すのが面倒だからルクスはこっから動くなよ?」
「はい、分かりました」
一度通った場所なら転移魔法で行けるので俺の方が早いとは思うが、出来れば内緒にしたいし、ここは素直に甘えておこう。
ギントがジャントラ達と戻ってくる間、ただぼーっと待っているのも勿体無いので施設内を見学する事にした。
ここでの依頼はどんな物があるのか気になったので見てみてが、森が近くに無い様なので採集依頼は極僅かしかなかった。俺の等級で受けられる他の仕事だと、下水道の掃除に建物の修繕補助、他にも石畳の張替え作業なんて物もある。
これは冒険者の仕事なのか?
まあ、魔物や動物も居ないし、森も無いのなら出来る仕事も限られるか。
ともあれ、ひとまずは貼り出された依頼も見終えたので、ここに来た目的でもある依頼の報告を済ませる事にした。
「あの、依頼の報告ってここで大丈夫ですか?」
「はい、こちらでも大丈夫ですよ。組合証と依頼書をお願いします」
背負子を降ろし、荷物の中から三枚の依頼書を取り出して組合証と共に渡すと、職員はそれを持って奥に引っ込んでしまった。
放置する前に何か一言あっても……。
元社会人として色々と言いたい事はあるが、ここが向う三年間の拠点となるわけだから、悪い印象を与えない様にしないとな。
「おっ、いたいた。こんな所で何やってんだよ。居なくなったと思って焦ったぜ」
ふいに背後で声がするが、声色でそれがギントだと分かっているので、振り向いて謝罪を。
「ああ、すみません、ギントさん。報告してなかった依頼ぎゃむっ」
「やっと見付かったよー。逃げるなんて酷いじゃないかー」
またしても台詞の途中で……。
そんな、相変わらずのサジュアだが、…………ふむ、今日は何やら柔らかいな。
……………………許す。
「……どうも行違いになってしまった様で。皆さん、手間をお掛けしました」
「なに、こっちが勝手にやった事だし気にすんな。それよりも、ようこそ西都へ」
と、ジャントラが頭の上に手を置く……前にサジュアに手を叩かれる。
何でこんなに気に入られているのかは分からないが、組合内だし悪目立ちはしたくないのでなるべく穏便にしてもらいたいものだ。
「ほら、二人とも、ミルウが困ってるわよ。なにかルクスに用があるんじゃないの?」
俺の背後に移動したサジュアと共に振り返ると、そこには先程の職員がいた。
イナルからはミルウと呼ばれていたが、それが名前なのかな。
「『赤い馬』の皆さん、この子とお知り合いなのですか?」
「まあ、ちょっとした縁があってな。コイツもこれから西都で活動するからよろしくな」
「それで? ルクスに何かあるんじゃないの?」
「そうでした、……お待たせしました。依頼書の確認が取れましたので、こちらが報酬になります。ご確認下さい」
カストンまでの配達が銅貨五枚で、ショクラとホクソウまでのが銅貨四枚だったので、合計銅貨十三枚の報酬だ。カストンまでは上乗せ分があったとはいえ、距離的に倍以上遠いショクラとホクソウの方が安いとはね。
それでもネメレイからホクソウまでに掛かったのは八日間、それでこの金額なら十分な稼ぎだろう。
「何? 途中で依頼でも受けていたの?」
「はい、ネメレイで配達の依頼を。ここに来るついでだったので良いかなと思って」
「ちゃんと冒険者やってるんだねー、えらいえらい」
そう、サジュアは頭を撫でるが、いちおう俺も十二歳なのでその褒め方はどうかとは思うが、こういうのは抵抗しても無駄っぽいので飽きるまでさせておく――。
「で、今日って何かあるのか?」
「いえ、街を見ようかとも思いましたが、これから三年も居るんですし、いつでも良いかなって。なので、とりあえずは今日の宿ですかね」
五人揃って冒険者組合を出た所で今日の予定を聞かれたが、やる事と言えば本当に宿の確保くらいだ。依頼の報酬もあったし、商業組合に寄るのは今日じゃなくても問題は無いだろう。
「なんだ、だったら俺らの所に泊まれば良いさ。なあ」
「それいいねー、そうしようよ!」
「まあ、良いんじゃねえか。ジャントラも最初からそのつもりだったみたいだしな」
「いや、さすがにそこまでお世話になる訳には……」
さすがにそこまで甘える訳にはいかないよな。
ここは常識人であるイナルになんとか頑張ってもらおうと目配せを……。
「ん? 私も賛成よ?」
なんと、味方が居なくなってしまった。
「考えてもみなさい。ルクスが宿に泊まるとするでしょ? 当然サジュアが遊びに行くわね、そしてそこにはサジュアを止める者が居ない……そう、ルクスの貞操の危機よ」
「…………なるほど」
「ちょっとー、さすがにそんな事はしないよー」
いや、これは考慮してなかったな。
そこまで高感度が上がるイベントなんて無かったし、当然サジュアがそんな事をするとは思えないし、そこは信じている。
が、確かに部屋に二人っきりで、あの柔らかボディに接触されたら俺の方が我慢できなくなるかもしれな……。
「皆さん、一晩よろしくお願いします」
「ルクスまで酷いよー!」
こうして今日の宿が決まった。




