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帰れなかった勇者の新・異世界生活  作者: 乙三
西都への旅編
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68.ミミト7


 祖父母の屋敷に泊まった翌朝、まだ薄暗いうちに目が覚めたので、トイレへ行くついでに部屋の窓を開けると、伯爵の言った通りに雨が降っていた。

 薄暗さもこのせいか……。

 

 しかし、どういうタネがあるのかは判らないが、本当に雨が降るとはね。

 ……あれかな、山に笠雲が掛かると雨とか、そういう経験則からかもしれない。

 まあ、雨が降っていなくても、今日一日はここにいる予定だったから構わないけど、村を見て回れないなら退屈な日になるかもしれないな……。


 トイレから出て、そのまま部屋に戻るのもなんなので、散歩がてらに屋敷の中を散策していると、立ち寄った一階のホールに、外を眺めながら座っている伯爵の姿があった。



「ルクシアールか、随分と早いようじゃが良く眠れなかったのか?」


 早いと言われても、雨で日が出ていないから時間なんて分からないが……。

 

「いえ、よく眠れましたよ。シュラード卿こそお早いですね」

「なに、年寄りは総じてこんなもんじゃよ。それよりも、ほれ、言った通りじゃったろう?」


 そう言って、窓の外に視線を向ける。

 まあ、自慢したくもなるか。……どうして分かったのか教えてくれるかな。


 

「ええ、御見それしました。なぜ雨が降ると分かったんですか?」

「そうじゃのう、……星の瞬きや山の上の空、あとは虫の鳴き声かの。長年同じ所に住んでおると、自然とそう言うのが分かる様になるんじゃよ。まあ、確実とは言えんが、なかなか当たるもんじゃろ?」

「そう言う事でしたか、なるほど……」


 これは覚えておいた方がいい知識かもしれない。何となくでも天気が判るなら……。


「残念ながら何がどうと言うのは教えられんぞ? これはここに住んでおるから普段との違いで判るだけであって、普段を知らなければ意味が無いからのう」

「……そうですか、残念です」


 そんなに分かりやすい顔をしていたか……自重しよう。

 しかし、完璧とまではいかなくとも多少は応用が利きそうだし、これからはそう言う事にも目を向けてみようかな。



「こんなに的確に天気を読む者は、そうそう居ませんよ」

「なに、お主も含めて、普段から空や景色を見ん者が多いだけじゃよ」


 ふいに混ざった声に驚いたが、そちらに視線を向ければ、すでに身なりを整えた祖父母がこちらに歩いてくる。

 年寄りは総じて……か、なるほど。



「お爺ちゃん、お婆ちゃん、おはようございます」

「おはよう、ルクシアール。随分と早い様だが良く眠れなかったのか?」

「良く眠れましたよ。お陰で疲れも取れました」


 昨晩、父方の祖父母の話になった時、俺の呼び方が『ちゃん』と『様』では差があると遠まわしに言われたので、父方の祖父母と同様に敬称を『ちゃん』に改めた。

 目上だし、俺の年齢から考えて『様』で統一しようと思ったが、どうやらそう言う事じゃ無いらしい。

……祖父母心というのも複雑だな。



「おや、ヘスティ殿は?」

「朝も早くから練兵場に行っておるよ。そうじゃルクシアール、朝飯の後でも良いからヘスティの相手をしてやってくれんか?」


 相手って、……剣の相手って事だよな。

 確かに背格好は近いけど……上手く出来るのかが心配だ。



「シュラード卿? ルクシアールはまだ子供ですよ?」

「そんな危ない事をさせるなんて……怪我でもしたら可哀相じゃありませんか」

「なに、未開拓地で生き残っているんじゃ。ここいらの冒険者よりも相当に腕は立つだろうよ」

「しかしですな……」


 伯爵からしてみれば、雨で出掛けられない暇潰し……一種の娯楽みたいなものなんだろうな。

 まあ、俺も暇になると思うし、剣を振るうのも久々だし……。



「軽くだったら良いですよ。その代わりと言ってはなんですが、ヘスティさんには防具着用でお願いします。さすがに、女性の肌に傷付けたとなっては問題ですから」

「うむ、それで構わん。ほっほっほ、朝食後の楽しみが出来たのう」


 本人の与り知らぬところで話が進んでいるけど、ヘスティの意思を確認しなくても良いのかな。

 などと杞憂していたが、練兵場から戻ってきた彼女は伯爵からの話を二つ返事で了承した。

 祖父母の話では、この屋敷に駐屯している領兵では相手にならなかったそうなので、彼女は彼女で退屈だったのかもな。

 

 そんな彼女との手合わせが決まって少し、今は朝食後のお茶を飲みながら祖父と伯爵は将棋を指し、俺は祖母とリバーシをしている。



「卿、まだでしょうか」

「そう急くな、食べたあとですぐ動くと腹を壊すぞ」


 すでに金属製の軽鎧を着込んだヘスティは待ちきれない様子だが、確かにそんな事を聞いた記憶がある……消化不良を起こすんだっけ?

 早くやりたい気も分からなくもないが、とりあえずは伯爵と祖父の将棋が終わるまでは無理だろう。


 暫くして、俺と祖母の三回目の対戦が終わる頃に、ようやく伯爵と祖父の対局にも決着がついた様だ。



「卿、終わりましたか?」

「ふむ、頃合かのう……ルクシアールはどうじゃ?」

「大丈夫ですよ」


 まあ、伯爵と祖父待ちだった訳だが。

 偶然か計算か、確かに満腹感は消え、空腹とも言えない良い状態なのは確かだけど。



「それではルクシアール殿、早速練兵場に行きましょうか」


 うん、良い笑顔だ……。

 行き先が練兵場じゃなかったら、もっと良かったんだけどね――。



 意気揚々と歩くヘスティを先頭に、全員で練兵場へと移動してきたが、まずは武器を選ばないとな。

刃毀(はこぼ)れが怖いし、さすがに鉈で剣と打ち合う気はしなかったので、祖父に頼んで領軍の装備を借りる事にした。

 やはり基本は剣だろうか……勇者時代も、両手に一振りずつ持った二刀流スタイルがメインだったし、一番使い慣れているのも確かだ。



「お待たせしました」

「ほう、剣か。確かディアレ卿は長柄の戦斧が得手だった気がしたので、もしかしたらと思ったが」

「そう言うのは一切習いませんでしたし、剣も独学ですので、儀礼的な部分は期待しないで下さいね」


 いまさら言っても仕方のない事だけど、こんな事なら対外用に剣なり槍なりを父に少しは教えてもらうんだったな。

 しかし、屋根とそれを支える柱だけだったはずの練兵場に、いつの間にか椅子とテーブルが設置されており、祖父母と伯爵はそこに腰を掛けお茶を飲んでいる。

 俺が得物を選んでいる僅かな時間に何があったんだ……。



「ルクシアール殿、準備はよろしいですか?」


 そんな事にもお構い無しに、ヘスティが俺を急かしてくる。

 随分と待たされたから仕方ないよね……。



「えーっと、大丈夫ですけど、決め事とか無いんですか? 勝敗の付け方とか禁じ手とか」 

「卿、いかがしますか?」

「そうじゃのう、勝敗は自ずと分かるじゃろうし……頭部への攻撃は無し。これ以外は何でもありというのはどうじゃ?」

「かしこまりました」

「……僕も大丈夫です」


 いざと言う時には魔法で治すけど、刃を潰してあるとは言え金属製の武器で戦うんだから、もっと緩い感じでやろうよ。

 まあ、護衛としては何でもありじゃないと意味が無いんだろうけどさ。


 ともあれ、これで装備やルールも整ったので、ヘスティと三メートルほど距離をとって相対する。

 これ位の距離があれば、互いにワンアクションで終わるような事は無いだろう。



「それでは……始め!」

  

 伯爵の合図とともにヘスティはぐっと身体を沈み込ませ、溜まった力を一気に吐き出す様に俺の方へと跳んでくる。

 三メートルほどあった互いの距離が一瞬で無くなり、その勢いのままに俺の左首をめがけて剣を振り下ろす。

 って、いやいや、様子見とかしないの?

 それにこんなの食らったら、良くて骨折レベルじゃないか。

 

 今の体がどの程度の防御力があるのか知りたい所だけど、さすがにこれは痛そうなので剣で受ける事にしたが、ヘスティの自重と速度も相まってなかなかに重たい一撃だった。

 今のが打ち下ろしじゃなく、下段からの斬り上げだったら体が浮いていたかもしれないな。


 と、そんな事を考えているうちに、今度は左下段からの斬り上げが迫る。

 これは先程の様な勢いは無いので、剣で受け流しつつ後ろに下がってやり過ごすと、矢継ぎ早に右からの横薙ぎが。

 これには剣を立てて防御を……と、剣同士が当たる直前にヘスティは横薙ぎを止めて剣を引き、そのまま俺の胴体に突きを繰り出す。

 それも後ろに下がる事でかわしたが、また距離が出来たので最初の突進が来るだろう。


 足捌き……それに腰の回転力も利用しているのか?

 片手剣を両手で持って扱う事で非力さをカバーして、さらに切り返しの速度を上げるのにも一役買っているようだ。

 いやはや、なかなかに考えられた鋭い連撃だな。

 対人戦に慣れていない俺にとっては良い勉強になるし、あと数合は請けに徹してみよう――。


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