67.ミミト6
祖父母や伯爵主従との雑談を楽しんでいると、食事の準備が整ったと使用人が呼びに来たので、それに従い移動する事に。
実家の使用人はメイド服ではなく、村娘が着る様な私服に家紋の刺繍された腰に巻くエプロンと、頭髪を覆う三角巾を装備しただけのもので、服の価格が高いから揃いの制服が買えないのだとばかり思っていた。
だけど、子爵家の使用人も同様の仕様なので、これがこの世界のデフォルトなのだと、案内をしてくれている使用人の後ろ姿を見ながら今更ながら理解した。
茶系統の服なのも実家と同じだし、そう言う決まりというか慣例があるのかも。
漫画やアニメ、都内某所でよく見た黒や濃紺のメイド服は無いのかな……残念だ。
まあ、格好は同じ様でも実家の使用人達は魔道具装備なので、戦闘力は比べ物にもならないけどね。
そんな小さな優越感に浸りながらも場所を大広間に移し、案内された席に着くと、すでに長テーブルには多種多彩な料理が並べられており、その華やかさに感嘆させられた。
「今日は孫のルクシアールが訪ねてきてくれた。娘のレジーナや、その夫のディアレ卿が不在な為に確証を得たとは言えないが、信じるに十分たる証拠も提示してくれた。それに、こんな引退した老いぼれを騙した所で益があるとは思えないしな――」
と、冗談を交えながらも祖父ルーカードの挨拶が始まり、それの終わりとともに料理に手をつける。
お、提供した大猪の肉もステーキになって出てる……うん、美味い! 厚いのにしっかりと中まで火が通っているし、俺が焼いた時の様にぱさついてないし硬くもない。
俺はこれが出来ないから、野営の時は薄く切った物を焼いて食べているけど、やはり厚みがある方が肉を食べてるって気がする……あとで焼き方を教えてもらおう。
「ふむ、良い肉じゃ。これは猪かのう」
俺と同様、猪ステーキに手をつけていたシュラード卿の言葉を聞いて、祖父が近くの給仕を呼び寄せて確認を取る。
「シュラード卿、どうやらその肉はルクシアールが持ち込んだ食材のようですよ」
「ほう、この村で買ったものかの」
当然の如く俺に視線が集まる……懸念した通り、やはりこうなるか。
大猪が現れたサルベルはダルギア領……つまりはシュラード卿の元領地だ。
説明するのも面倒だし、要らぬ心配を掛けるのもなんなので黙っていたが、これは言わない訳にはいかないだろうな。
とはいえ、せっかくの温かい料理を放置したまま話しこむのも勿体無いので、料理を食べながらではあるが、サルベルからヌガーフで遭遇した領軍の所までのあらましをシュラード卿に伝える。
「なるほどのう、全て解決済みという事か……それならば、わしがやる事は無いのう」
「しかし、大猪が街まで出て来たとなれば冒険者組合に調査依頼を出した方が良さそうですね」
大猪が現れたのはたまたまサルベルだったけど、生息域はジユガリナ山の裾野に広がる森だし、そこに隣接するコトアナ領とて他人事では無いからな。
二人とも引退したとは言え元領主なので、領民や領地の事も心配だろうし、親類縁者も居るだろうから何かと気に掛かるのも当然だ。
「さあさあ、難しいお話は後にして、今は食事を楽しみましょう?」
当然なのだが、残念ながら今は食事に時間だ。
食事の時に難しい顔をするのは、料理が美味しく無いという表現に当たり、マナー違反になると本で読んだ記憶がある。
まあ、それが関係しているかは分からないが、祖母の言葉にシュラード卿と祖父はばつの悪そうな顔をして、皆に向けて軽く頭を下げる。
ゲストであり、爵位も上のシェラード卿まで頭を下げるとは……。
ちなみに俺とヘスティは当たり前の様に食事を続けているので、もうすぐ食べ終えるくらいだ。
祖父達の話に混ざろうかとも思ったけど、子供が口を出す事では無いだろうと遠慮したが正解だったようだな。
程なくして祖父達も食べ終わり、全員揃って席を立つ。
椅子に座る時も離れる時も左側から、使用したナプキンは畳まずに座面に……よし、本で見た通りに出来た。
料理はどれも美味しかったけど、最後まで気を抜けないから、こういう食事は疲れるね。
そして食後は場所を変えて、お茶を飲みながら余暇を楽しむ。
実家でもそうだったが、このお茶までが団欒の流れになっていて、食事だけして帰るのは失礼に……と、これも本に書いてあった。
貴族同士の会食なんて初めてだったから多少は不安もあったが、まあ無難にこなせただろう。
しかし、このお茶の原材料はなんだろう。
実家で出されていた物はナクアマという緑茶に近い物だったが、これはまた違った系統だ。
若干青臭さがあるから何かの葉っぱだと思うが、かすかにミントの様な爽快感と果物の様な甘みがある……何種類かの葉を混ぜているのかな?
「ルクシアールには合わなかったかしら? 他の物が良い?」
木のコップに注がれたお茶を覗き込んでいた為、祖母が心配してくれた様だ。
「いえ、とても美味しいですよ。ただ、初めて飲むものだったので」
「そう? 口に合わないなら我慢しなくても良いのですからね」
「はい、ありがとうございます」
うーん、ここは『○○というお茶なのよ』的な流れを期待したんだけどな。
素直にこちらから、『これは何?』と聞いてしまった方が手っ取り早いかな……今は止めておいて、あとで使用人に聞いてみよう。
「それにしても、ルクシアールの食事作法は堂に入っておったのう。母親のおかげか?」
「いえ、レジーナはそう言う事にずぼらでしたので、恐らくはディアレ卿のお陰かと」
「服の採寸をしている最中に逃げ出したり、作法の授業をさぼって畑で籠いっぱいに虫を捕っていたり……懐かしいわね」
あの母さんがそんな子供だったとはね……姉のあの性格や行動も全て母譲りなんじゃないのだろうか。
「で、どうなんじゃ? ルクシアールよ」
「作法は本を読んだり両親に教えてもらいましたが、実践したのは今回が初めてでしたので、御見苦しい点がありましたらご容赦を」
「見苦しい点など無かったぞ? 成人した者と比べても遜色の無いくらいだ」
身贔屓を差し引いたとしても、可もなく不可もなくといった所かな? まあ、成人後は冒険者になる予定だし、この位の知識あれば十分か。
確か貴族学校の授業にもあったはずだし、必要性を感じたらその時に学べばいいだろう――。
「そうそう、ルクシアールはいつまでここに居られるの?」
礼儀作法の話が終わり、今度は昔話を交えた貴族学校の話になるが、話の流れから今度は俺の滞在期間の話題に移った。
当初は余裕があるつもりだったけど、この間の雨の様に足留めを余儀なくされる場合もあるかもしれないし、出来るだけ早い内に西都近辺には移動しておきたいんだよな。
「こんなに歓迎して頂いて申し訳ないのですが、明日の朝には発とうかと……」
「そんなに急ぐ事も無かろう。ここから西都までは、ゆっくり歩いても二十日と掛からん距離だし、一日二日の休息くらい問題無いだろう」
「色々とあるでしょうけど、あと少しだけここに居てくれないかしら?」
今日は七日だったか? それなら、西都まで二十日掛けたとしても三日の余裕はある事になるけど、どうしたものかな。
今までの分も含めて孝行したいという思いはあるし、祖父母とも高齢なので次の機会というのを考えるとなあ。
「ふむ、明日は雨じゃから、明日一日くらいはゆっくりしても良いんじゃないかの?」
と、窓から空を眺めながらシュラード卿が言う。
……雨? その言葉の真偽は判らないが、このままここを去るのも後味が悪いし、方便だったとしても伯爵の出してくれた案に乗る事にした。
それに、祖父の言うとおり、一日二日なら問題ないしな。
「お爺様、お婆様、さすがに雨の中を歩くのは大変なので、もう少し厄介になっても良いですか?」
「ええ、もちろん構わないわよ。ねえ、あなた」
「ああ、好きなだけ居たらいい」
「よし、話もまとまった事だし、『しょうぎ』の借りを返してもらおうかのう」
……貸しを作った記憶は無いんだが。
しかし、結果として両方に角が立たない様に収めた話術には感服する。
たんに年の功なのか、それとも伯爵として生きてきた経験なのか、瞬時の思い付きだとしたら到底真似する事は出来そうにも無いな。
ともあれ、とりあえず窓から外を見てみると、綺麗な満月が見えた……大丈夫なんですかねえ。
そのあと、祖父と伯爵とは将棋で、祖母とヘスティとはリバーシで対戦し、それらが終わる頃には夜も更けていた。
しかし、久々に内容の濃い一日だった……。
正直な所、俺にとって都合が好過ぎる展開なので色々と勘ぐってしまう事もあるが、それこそ俺を騙したり嵌めたりした所でって話なので、特にこちらから動いたり警戒する必要も無いだろう。




