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帰れなかった勇者の新・異世界生活  作者: 乙三
西都への旅編
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66.ミミト5



「あの、…………先程は失礼しました」


 祖父母と伯爵の後について歩いていると、シュラード卿の護衛をしているヘスティに話し掛けられた。

 宿での談話中もあまり話さなかったし、一歩引いたような立ち位置だったので、彼女の方から話し掛けてくるとは思わなかったので少し驚いた。



「えっと、何がです?」

「卿と『しょうぎ』をしていた時に……その殺気を……感じておられたのでしょう?」

「ああ、あれ位なら問題ないですよ。気にしなくても大丈夫です」


 確かに気にはなったが、それは『なぜ俺に殺気を』という意図が分からなかったせいで、それも爺さんが伯爵で彼女が護衛と言うのを聞き、すでに納得していた。


 

「あれ位……ですか」 


 おっと、そう言う意味ではないんだが、ちょっと言い方が悪かったか。

 これは、どう弁明したら良いものか……。



「やはり大した事ありませんでしたか? どうやったらもっと強い殺気が出せる様になるのでしょう」


 話が変な方向に進んでいるが……殺気ねえ。

 そもそも、勇者時代は殺気なんか出していたら魔物や魔獣にすぐ気付かれるから、気配ともども極力押さえるのが当然だった。

 今の世界だって、未開拓地で狩りをする時は気配を消したり偽ったりと、獣や亜人に察知されない様に行動するのがセオリーだし……。



「ごめんなさい、殺気を抑えるのは出来るんですが、わざわざ出す様な経験が無いのでなんとも……」

「そうなんですか? 冒険者の方だったら出来ると思ったので助言を頂きたかったのですが」


 なんだ? 冒険者には必須スキルなのか?

 確かに漫画とかで、威圧したり気絶させたりっていうのは見た事はあるし、手を出さずに無力化出来るという点では対人戦において有効かもしれないな。

 うーん、未開拓地との境界線が遠いから、魔物や動物相手よりも人間相手の方が多いって事か? 確証は無いけど、その可能性は高いかも。

 それなら俺も、穏便な対処法を学んでおいた方が得策かもしれない……。



「ヘスティさんは、そう言うのをどこで教えてもらったんですか?」

「私の場合はシュラード卿にですね。私はもともと孤児だったのですが、卿に拾っていただいて色々な事を教えてもらいました。ですので卿が領主をお譲りになった後も、恩を返すべく護衛につかせていただいています」


 へえ、どこぞの貴族の子女とか、騎士爵持ちかと思ったが律儀な人だなあ。



「護衛なんてもんは領兵に任せて、早いこと何処かへ嫁に行けば良いと言っておるんじゃがのう……」


 そんな事を思っていると、話を聞いていたのか伯爵も会話に混ざってきた。

 祖父母は二人だけの世界に入っている様だし、退屈だったんだろうな。



「またそんな事を言って。良いんですよ、私は今の生活が気に入っていますから。それに弱い男に付き従う気にはなれません」

「見てくれは良いのに、そんなんだから男が寄り付かんのだ…………おお、ルクシアール殿、この子を貰ってくれんか?」

「ちょっと、急に何を言っているのですか! 申し訳ありませんルクシアール様、老人の戯言だと思って聞き流してください」

「ええ、冗談だって事は分かっていますから」


 なんと言うか、互いに遠慮がないし憎からず思っているのが感じ取れる。

 家族の様な良い関係を築いているんだな。


 

「しかし、ルクシアール殿は相当な使い手じゃと思うぞ? 腰の鉈の握りを見るに相当使い込んでおるし、子供ながらに未開拓地で生き残っておる」

「…………確かにそうですけど」


「それに、まだ若いし貴族の出じゃし、どこぞの街や村の代官に就くのも簡単なのではないかのう」

「…………そうなのですか?」


「そりゃ、実家のあるオロント領で頼めば、村の一つ位は任せてもらえるであろうし……、ほれ、コトアナ領とダルギア領の先代が頼めば、どちらの領でもある程度の融通は利くであろうな」

「……なるほど」


 こんなに簡単に誘導されちゃって……俺がその道に進まないとは考えないんだろうか。



「それに、なんと言っても『すとーぶ』の件で国王陛下や諸侯の覚えも良い。これから貴族学校で多くを学べば、ゆくゆくは領主の座も夢では無いじゃろうな」

「領主……領主夫人……」


 それなら現役の領主や代官とお見合いでもすれば良いのに。

 あ、次期オロント領の領主である俺の兄、シーザーがフリーなんじゃないかな? 

 父に長柄の戦斧、ハルバードの稽古を受けていたし、上手くすれば……。



「まあ、ルクシアールに関しては学生としての生活が三年あるし、その後の道も定まってないであろうから、……ひとまずは近領の貴族の子弟達とお見合いでもどうじゃ?」

「…………そう……え? お見合い? 嫌ですよ、なんでいつの間にかお見合いの話になっているんですか!」

「くくく、今回のは惜しかったのう」


 なるほど、伯爵としては言質を取れればと言うところだったのか。

 まあ、親代わりとしては早く安心したいんだろうな。

 それならもっと、じっくりと話を進めれば良いのでは? とも思ったが、どうやら祖父母の家……屋敷に着いたので話を切り上げたようだ。



「ほら、ルクシアール。そんな所に居ないで早く入ってこい」

「さあ、みんな入ってちょうだい。急な事で大したおもてなしも出来ないけれど、ルクシアールもゆっくりしてちょうだいね」

「ありがとうございます、……ルーカードお爺様、ユリアンナお婆様」


 咄嗟の事で、何て呼んだら良いか迷ったが、姉がこんな感じで呼んでいたのを思い出して真似てみたが大丈夫だった様だ。

 いきなり『爺ちゃん、婆ちゃん』とは呼べないよな。

 しかし、うちと同じ位の大きさの家なんじゃないか? 門番まで居るし。

 引退したとは言え、さすがは子爵位というところか。


 使用人に案内された客間も広く、清潔に保たれているし質の高さが窺える……引退してもここまで気を使わないといけないなんて、貴族って大変なんだなあ。



「ルクシアール様、私はこれで失礼させていただきますが、廊下に一人待機させておりますので、何かございましたらご遠慮なく申し付け下さい」

「うん、案内ありがとう。あ、厨房まで届けて貰いたい物があるんだけど、頼めるかな」

「厨房でございますか? かしこまりました」


 背負子に括った荷物から取り出すふりをして、『食料庫』からサルベルで買った大猪の肉を取り出して使用人に渡す。

 まさか祖父母に会えるとは思ってなかったし、家に招かれるなんて想定していなかったので手土産の用意がなかったが……これなら質、量ともに問題無いだろう。

 さすがにこの領で採れた蜂蜜を出す訳にもいかないからな。



「これ、大猪の肉なんだけど、良かったら料理に使って下さい」

「はい、お預かりいたします」

「それと、もう一個は使用人さん達の分なので、こちらは皆さんで食べて下さい」

「お心遣い、ありがとうございます」


 使用人は両手に合計八キロの肉を抱えていたので、扉は開けっ放しで良いと伝えたが、少ししてから俺が運んであげればよかったと思い至る……詰めが甘いというか、こういう所が抜けてるんだよなあ。

 あ、肉に関しても懸念すべき点が……今更か。


 などと一人問答していると、水浴びの用意が出来たと知らせが来たので水場を借りる事にしたが、どうやら先客が居た様だ。


 

「おお、ルクシアールも来たか」

「ちょうど良い所に来おったな、背中をこすってくれるかの」

「……シュラード卿? そこは祖父である私が先なのでは? ほらルクシアール、私の背中を先に洗っておくれ」

「おいおい、ルーカードよ。ここは年長者に譲るべきじゃろうて」


 爺さんが二人で何をしているんだか。が、ここは祖父を優先させてもらおう。



「シュラード様。申し訳ありませんが、やはり祖父から先にさせてもらいます」

「ふふん、さすがはルクシアールだ。道理が分かっているな」

「ちっ、致し方ないか」

「……それにしても、お二方は仲がよろしいのですね」


 伯爵と子爵だし、引退したとは言え二人とも領主という立場だったので、もっと明確な上下関係があるものだと思ってた。

 さすがに村の中では祖父も気を使っていたが、屋敷に入ってからは随分と砕けた対応になっている。



「ん? ああ、隣接した領だし歳も近いので、子供の頃から何かとな」

「お主がこれから通う学校でも、学年は違ったが二年間は一緒だったしのう。ちなみにディアレの爺さん……テオドールも一年間は一緒じゃったが息災か?」


 へえ、三人とも元領主で、同じ学校の先輩後輩の間柄なのか……なんだか面白いな。歳が近いとこういう事もあるんだなあ。



「いまは祖母と一緒に、神殿の一画で子供達に読み書きなどを教えながら余生を謳歌していますよ」

「ほう、孤児や平民に読み書きを。さすがはディアレ卿だな」

「最近のオロント領の発展は目覚しいが、そういう些事の積み重ねなのかも知れんの」


 ――そんな雑談をしながらも、ローテーションで背中を流し合い、今は食事の用意が整うまでの時間をホール潰している。

 祖母やヘスティも隣の女湯に入っていた様で、なにやら賑やかだったとからかわれたが、これも良い思い出になるだろう。

 最初はどういう距離感で接したらいいか戸惑ったが、人当たりの良い温厚な祖父母や隣人の様で良かったな。

 

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