64.ミミト3
偶然会った謎の爺さんと将棋をして時間を潰しているが、対局を始めてから少し経つと自然と店にいた客が集まってきた。
騒ぐわけでも囃し立てる訳でもなく、ただじっと対局を眺め、時おり行われる客同士の会話も小声で話している。
まあ、こちらに気を使っての事なのだろうけど、それがかえって俺に緊張感を与える要因になっているんだよな……この圧迫感は苦手だよ。
そんなプレッシャーの中で行われている対局も中盤になってくると、三組程度だったギャラリーも増えて、今では俺達のテーブルを囲む位になっている。
ごくごく普通の村人に革鎧を来た冒険者、どこから来たのか小さな子供までいる。椅子の上に立っているが、ちゃんと靴は脱いでいる様だ……親の躾が良いんだろう。
そんなギャラリーの中で異彩を放っているのが、爺さんの後ろにいる安宿の食堂には似つかわしくない、明らかに仕立ての良い服を着ている老夫婦と、金属製の軽鎧を着た女性だ。
もしかしたらこの老夫婦が祖父母かもしれないな。お婆さんの方は母のレジーナにどことなく似ているし。
当然と老夫婦の素性は気になるが、問題なのは軽鎧を着た女性の方だ。
俺の事を睨みつけながら左腰に提げた剣の柄頭に左手を置き、先程から何度も殺気と言うには生ぬるい威圧を俺に向けて放っている。
歳は二十前後か、金髪に青い瞳で整った顔立ち……普通にしていれば美人さんだろうに勿体無い――。
「ふむ…………わしの負けじゃな」
「ありがとうございました」
そんな威圧を受けながらも対局を進め、あと数手で詰むのを理解した爺さんは早々に対局を終わらせた。
それと同時に周囲の静寂も解け、注文の声と共に日常の風景を取り戻す。
店には悪い事をしたとカウンターの方を見るも、そこに主人の姿はなく、辺りを見渡せば注文の声を聞いて急いで仕事場へと戻る主人の背中が見えた……一緒に観戦していたなら、罪悪感も多少は薄れるな。
「いやはや、ここまで強いとは。最初に手加減を頼むんじゃった」
「いえ、途中で何度か厳しい局面もありましたし」
「そう言えば途中で気が逸れていた様じゃが、何かあったのか?」
「自身の未熟ゆえですが、強いて言うならお爺さんの後ろの方々が……」
そう言って視線を爺さんの後ろにやると……。
「シュラード卿、こんな所で何してるんですか!」
「おお、ヘスティも来ておったのか」
「『来ておったのか』って当たり前でしょう! 護衛の私を置いてふらふらと勝手に動き回らないで下さいよ。シュラード卿に何かあったら私や周囲の人が迷惑するんですから」
軽鎧の女性、ヘスティは小言をまくし立てているが、爺さんに軽くあしらわれている。
しかし、『卿』って事はこの爺さんも貴族か。
「ルーカード達も、わしを探させた様ですまなかったな」
「いえ、シュラード卿がご無事であれば何の問題もありませんよ」
ルーカードか……両親から聞いた祖父の名と同じだし、この老夫婦は祖父母で決まりかな?
そして爺さんはシュラード卿ね……始めて聞く名前だが、祖父(仮)の言動から察するに、少し高い身分なのかもしれないな。
「して、そちらの少年はシュラード卿のお知り合いでしょうか。『しょうぎ』の腕前もさる事ながら、物腰からみてもいずれかの領主家のご子息とお見受けしますが、是非とも御紹介を」
「くくっ……、いや、この宿で偶然知り合っただけなんじゃが……まあ、間違ってはおらんか。ほら、少年よ、自己紹介をせい」
どうやら、シュラード卿は俺が二人の孫だと確信している様だな。
しかし、名乗ってもいないのにどうして。……与えた情報といえば、オロント領から祖父母に会いに来たって事くらいだし、そこから確信を得られる物だろうか。
などと考えている場合じゃないので、まずは席から立ち襟を正して名乗りを。
「初めまして、ルクシアール・ディアレと申します」
と、本に書いてあった、右手を左胸に添えた挨拶を真似してみた。
確かこれで良かったはずだけど……無礼ではなかっただろうか。
「ルクシアール・ディアレ…………ディアレ? オロント領のか?」
「まあ、まさかレジーナの子供なの?」
「はい、父ドリアル・ディアレ・オロントと、母レジーナ・ディアレの第四子で三男になります」
「ふむ、…………何か証はあるか?」
「部屋に家紋入りの短剣が。後は直接的ではありませんが、身分の証明に使えそうな物も何点か。取ってきますか?」
「ああ、頼む」
まあ、手放しに信じろっていう方が無理か。
しかし、家族関係を証明せよっていうのも、実際難しい事だよな。
学校用の書類みたいに、家族関係証明書みたいのを作ってくれれば良いのにな……写真とかって無いもんかね。
「お待たせしました、これが短剣で……こっちは商業組合の契約書になります」
ストーブの権利を王国に貸与した時の契約書なら、俺と父の署名の他にも国王の物も入っているし、それなりの証明になるんじゃないかな。
「うむ、確認させてもらった。疑って悪かったな、ルクシアールよ」
「いえ、当然の対応だと思います」
「そうか。……しかし、あの『すとーぶ』はルクシアールが考えた物だったとはな」
「本当にのう。偶然とは言え、とんだ大物が掛かったようじゃ」
「それよりも、レジーナや御家族は元気なの?」
「はい、みんな大きな病気や怪我も無く――」
それからは両親や兄姉の事から始まり、どんな暮らしをしていたのかなど俺の知りうる家族の話を祖父母に聞かせた。
ほんの些細なエピソードも楽しげに聞く祖父母を見て、これがこの世界の常識とは言え、いつかは会わせてあげたいと心に決める。
……出来れば学校を卒業するまで、俺が成人するまでは頑張って生きていて欲しい。
そうすれば転移魔法でさくっと会わせてあげられるが、いま使うと問題になりそうだし俺の逃げ場も無いからな……。




