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帰れなかった勇者の新・異世界生活  作者: 乙三
西都への旅編
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60.ヨクシア

 ヌガーフを発った翌朝、野営地で目を覚ますと空には雲が広がっていた。

 今はまだ白い雲の割合が多いけど、俺の向かっている先、風上の空に目をやると鉛色の雲が斑になっているし、空気の湿り気からも雨が降るのは確実だろう。

 

 さて、どうするかな。

 

 次の街ヨクシアまでは五十キロも無いから、今日中には余裕で辿り着く距離だけど、途中で雨に降られるのは少々面倒だ。

 それに小雨ならまだしも、豪雨の中を走るのはゴメンだし……でも、この場所でただ時間を潰すのも勿体無いので、とりあえずは先を急ぐ事にする。


 朝食用に残しておいたスープに、パンを溶かして粥状にした物を掻き込みながら、荷を解いて雨天用の上着を取り出す。尻が隠れるほどの丈があるものの、前開きなので防水面では今一(いまいち)なコートだが、フードがある分、着ないより多少はましになる筈だ。

 荷物類は一旦背負子から外し、天幕で覆った後に再度固定する。これで着替えとかも濡れないだろう。

先程まで使っていた鍋などを水で(ゆす)いで袋に詰めて、背負子の下面に固定すれば荷物関係の準備は終了だ。


 後は焚き火をした跡の始末か……炭は色々と使えるので回収して布袋に。

 囲いに使った石は柵の近くに戻して、灰と焼けた土は穴を掘る様に混ぜ返して踏み固める。

 最後に柵の杭の上に小銅貨を置いて、ざっと周囲を見渡してやり残しが無いか確認を……よし、こんなもんだろう。

 

 ――野営地を発ってどれくらい経っただろう。太陽の位置が分からないので今が何時頃かは分からないが、ついに小雨が降ってきてしまった。

 この位ならまだ大丈夫だけど、進路上の雲はよりいっそう厚みを増しているので、このままヨクシアへ行くのは諦めて、雨をしのげる場所を探す事に思考を切り替える。

 相変わらず周囲に民家は無いけど、少し先に納屋が見えるので、今日はそこで雨宿りさせてもらう事にしよう。


 オロント領にもあったけど、おそらくは収穫物を一時置いておく納屋だろうな。

 扉は無く、三方を壁で囲っただけの簡単な納屋で、今は使われていないのか中は空っぽで壁板の隙間も目立つが、外で天幕を張るのに比べたらこれでも十分だ。


 さっそく野営の準備をとも思ったが、せっかくの乾いた地面なので、入ってすぐの所で荷を下ろし、コートや靴にズボンと濡れた衣服を脱いで奥に入った――。

 


 まずは火を熾し、屋内に張ったロープに濡れた天幕や衣服を干してゆく。

 それらを終えて、どうにか一息と言った頃には、屋根に打ち付ける雨音も激しくなり周囲も暗くなっていた。

 風はそこまで強くは無いが、この雨量は天幕じゃ厳しかったかもしれない――。

 

 翌、朝……なのかは分からないが、目を覚ますと曇天ではあるが日のお陰で多少は明るくなっていた。が、今日も雨だ…………。

 一人で野営している時は、広範囲を魔力で警戒しながらになるので、眠りも浅く多少の疲労感が残る。

 まあ、勇者時代にもやっていた事なので慣れたものだが、出来れば宿でゆっくりしたいよなあ。


 などと色々と思う所はあるが、とりあえずは目を覚ます為に軒伝(のきづた)いに外へ出て、屋根から落ちる雨水で顔と頭を大雑把に洗い、ついでにヨクシアのある東方の空を見てみる。が、依然と厚い雲に覆われているので、ヘタするとここでもう一泊なんて事もあるかもしれないな――。

 


 結局、日が落ちる頃になっても雨は止まず、丸一日ここで足止めを食ってしまったが、全裸で外に出て身体を洗ったり、溜まっていた下着やシャツを洗濯したりと、雨水を利用したそこそこ有意義な一日ではあった。

 魔法を使えば雨なんて問題にもならないんだけど、時間的な余裕はあるのでこういう日があっても良いだろう。


 そんな雨も夜半には止み、朝方には快晴となっていた。

 すでに街道には、雨で足止めを食っていた旅人が往来しているので、俺も朝食を食べながら旅支度を整える。

 野営で使用した場所には小銅貨を残す慣例があるので、今回は二日分と言う事で壁板を止めている木材の上に三枚を置いておく事に。

 意図せずとも多少は荒らすし、糞尿なんかも埋めるから、土地所有者への謝罪と感謝のお礼らしい。

 そう、ヴェーラ達に教わってからはこうして実践しているが、『使用料を払った』と言う冒険者側の免罪符的な側面もあるかもしれないなあ。


 ともあれ、納屋を出て街道を進むと、昼前には最初の目的地に定めたヨクシアに到着した。

 歩いても数時間なら、あのまま進んでいれば小雨の内にここに着いていたかもしれないな……まあ、過ぎた事なので気にしても仕方ないけど。



 さて、気持ちを切り替えて、ここから北上したミミト村って所にコトアナ領の領館、つまりは領主であろう祖父の家があると母から聞いてはいるが……。

 距離は四十キロくらいだから、今日中に行こうと思えば行けそうだけど、どうしようかな。

 ……ここの観光もしてみたいが、まずはやるべき事をやってしまおう。

 とりあえず、ヨクシアの街はダルギア領なので、北上して祖父の領地に入るか。

 途中にヤトウって村があるから、そこで様子を見て、先の事はその時に考えれば良いだろう――。


 ヨクシアの街の北端を越えてコトアナ領に入ると、正面にはジユガリナ山とヒュレッセ山が見える。そこまで高い山ではないが、視界に広がる山容(さんよう)はなだらかだが雄大という言葉がしっくりとくる。

 その山の裾野に広がる森と、ここら辺の街道で挟まれた地帯が祖父のコトアナ領だ。街道と未開拓地に挟まれた父のオロント領と似ている所もあるが、地図で見た限りではオロント領の四倍くらいはある広大な領地となっている。

 まあ、実際はここの領地が格段大きい訳じゃなく、うちの領が格段に小さいんだけなんだけどね。

 

 ――そんな事を考えながらも、昼を少し過ぎた頃にはヤトウ村に到着した。

 小さい村ながら、家はもちろん村の設備の何もかもが木材で作られており、森林資源の活用と木工技術の高さが見て取れる。

 オロントも同じ様な木造建築が多かったけど、漆喰の様な物で補強したりしてたから、だいぶ印象が異なるな。


「お兄ちゃん、観光か? なんか買ってってくれよ」


 村に入ってすぐ、恐らく雑貨屋であろう店の前で客引きの男に声を掛けられた。

 客引きとか、土地が変われば人も変わるんだなあ……まあ、見るけどさ。


 言われるがまま店内へ入ると、正面にはお土産用の小物が並べられていて、ミニチュアの家具や定番の櫛に……ふふ、木剣なんかも置いてある。観光地の木刀を思い出すな。

 まあ正直、この辺にはあまり興味が湧かないが、奥の方には食器や家具などの実用的な物が見えるので、入り口の脇に背負子を置かせてもらい、そちらへ移動する事にした。


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