59.ヌガーフ
サルベルを発って二日、隣街のヌガーフまでやってきたが、街の中がどこか慌ただしい。いたる所に武装した兵隊の姿が見え、それと同時に商人達も走り回っている。
何かあったのかと考えるも、着いて早々、面倒事には巻き込まれたくないので、まずは自分の宿探しに精を出す事にした。
「なんか街の中が物々しい雰囲気でしたが、何かあったんですか?」
二軒ほど満室で入れなかったが、三軒目の宿でようやく部屋を確保でき、夕食を食べながら宿の主人に聞いてみた。
とりあえず一息つける場所は確保したので、事と次第によっては協力するし、適わなければこの街を離れる準備をしておきたいからな。
「なんでも、隣街で大猪が出たらしいぞ? 日の出前に伝令が着いて、今は先行隊が準備を進めているところだ。今夜にもサルベルに発つんじゃねえかな」
「…………」
これは伝えた方が良いんだろうか……もう大猪は退治されて食肉に加工されていますよって。
でも、証拠の無い情報を伝えると余計に混乱しそうだし……そうかと言って、平然と知らぬ存ぜぬを通せるほど俺のメンタルは強くないんだよ。
「あの、……実は僕、隣のサルベルから来たんですけど、大猪は冒険者に退治されていましたよ?」
「はあ? そりゃ本当か?」
「ええ、……ただ、証拠が何もなくて。子供の言葉だけじゃ信じてもらえ無いだろうし、どうしたら良いのかと思いまして」
やっぱり、こういう場合は正直に言うに限るな。胸のつかえも取れてすっきりしたし、あとはなる様になるだろうさ。
「難しい所だが、一応は言っておいた方が良いんじゃねえか?」
「そうですかね、やっぱり……」
まあ次の展開はこうなるよな……と、スープを一口。
少し塩と香辛料が強めだけど、たまにはこう言うのも悪くないな。
「おい、坊主?」
「ええ、……行ってきます」
新たなプレッシャーに尻込みしながらも宿を出て、ちょうど近くを歩いていた兵士に話しかける。
「あの、僕はサルベルから来たんですが、大猪の件についてお伝えしたい事があるのですが……」
「サルベルから? …………よし、付いて来い」
言われるがまま、先行する兵士に付いて行くと、街の一画に設置された天幕の一つへと案内された。
もちろん冒険者が使う様な一本の棒に布を被せただけの物ではなく、多数の部材を組み合わせた、複数人が立って出入りできる立派な天幕だ。
「そ、そちらの方は?」
「はっ、サルベルから来て大猪の件で話があると言うので、お連れしました」
天幕の中に入ると、豪華な装飾の施された鎧に身を包んだ、どう見てもお飾りであろう女騎士が座っていた。というか、歳も俺より下だと思うような女の子だ。
「ど、どの様な話です……話でしょうか」
これは人選ミスじゃないか? まあ、お飾りの大将は良いとしても、俺を案内するべき場所じゃ無いだろう。
もっと実務面で仕切っている人の所に連れて行ってもらわないと。
とは言え、そんな本音を言える訳が無いので、この人に説明する事にした。
「その前に一つお尋ねしたいのですが、これは休息日のサルベルに現れた大猪への対応と考えて宜しいのですよね?」
「はい、その通りです」
「僕はそのサルベルから来たのですが、大猪は当日の内に、居合わせた冒険者によって討伐されましたよ」
「え? ……本当に?」
「はい、ただ証拠になる様な物が無いので無意味な情報だと思いますが、一応はお伝えしておこうかと思いまして」
結局は領の関係者が確かめに行かないと、仕事は終わらないだろうしな。
まあ、効果としては多少気が楽になる程度か?
「そうですか……でも、時間とか距離を考えると早すぎませんか?」
「途中、走ったんで。そう言うのも含めて信憑性には欠けるんですけどね」
「……どうしたら良いですか?」
「え? 僕に聞くんですか?」
隣の兵と目が合うも黙って頷くのみで、女騎士の後ろで待機している使用人風を装っている護衛の方も同様の反応だ。
「うーん、僕が嘘を吐いている場合もあるので、結局は兵をサルベルに送らなきゃいけないし、やる事は変わらないんじゃないですかね。あとは道中、サルベル方面から来る人に話を聞いて、それとなく討伐済みだと話を広めれば、兵の方達の足どりも軽くなると思いますけど」
「そう……わかりました。お姉様に今の話を伝えて頂けますか?」
「はっ」
と、隣に居た兵士に指示を出し、兵もそれを受けて出て行ったので俺も……。
「お待ち下さい、えーっと……お名前を伺っても?」
「失礼しました、五等級冒険者のルクスです」
「冒険者のルクス様……報告ご苦労様でした」
「はい、……それではこれで失礼します」
わざわざ呼び止めたと思ったら名前を聞くだけかよ。まあ、身元不明の情報よりかは良いんだろうけどさ。
そもそも自分は名乗らないのな、これだから貴族は……。
「――聞いた? 私と変わらない位だと思ったのに冒険者ですって」
「はい、恐らく成人前でしょうが、あの身のこなしは相当な使い手かと」
「そうなの? 確かルクス様だっけ……」
「のちほど、冒険者組合の知り合いに調べさせておきます」
「ええ、お願いね――」
所詮は天幕だから丸聴こえなんだよなあ。
というか、個人情報が駄々漏れな組合って……。
まあ、これで俺の出来る事は無くなったし、宿に戻ってゆっくるするかな。
翌朝、何時も通りに宿を出ると、街中に居た兵士は居なくなっていたので、昨晩中にサルベルへと向ったのだろう。
日本だったらちょっと電話して終わりなんだけど……普通に生活する分には問題ないが、こういう通信関係はやっぱり不便そうだ。
誰か早く電話と鉄道を開発してくれないかなあ。




