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帰れなかった勇者の新・異世界生活  作者: 乙三
西都への旅編
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58.サルベル


 モルダイを発って二日目、俺は隣の街サルベルに到着していた。

 宿も難なく見付かり、今は荷物を部屋に置き、一階で夕食を食べているが……。



「随分と賑やかな街ですね」

「そりゃ、月の間の休息日だからねえ。それにこの街は、風の神様を奉っているから尚更さ」


 宿の女主人に聞いてみたが、そうか、もうそんな時期か。

なら、明日から『風の月』だから、あと三十日以内に西都へ着けばいいって事だ……余裕だな。

 あ、モルダイに飾られていた神像も俺が気付かなかったんじゃなくて、休息日の為の準備で出しただけだったのかも。

 うん、そう言う事にしておこう。


 しかし、本当に街中の声が……もう賑やかというよりは、騒々しいという感じだ。

 これじゃまるで悲鳴のような…………。



「なんだろうねえ、随分と騒がしい様だけど……」


 と、女主人も不安そうなので、魔力で周囲の状況を窺う。

 ふむ……どうやら、大猪が出た様だな。

 数は一、増援の類も無さそうなので、(はぐ)れて森から出てきたのだろう。

 しかしラッキーだ、あれの腰肉は美味いんだよ。

 今晩、遅くても明日の朝には屋台で出るだろうから、買って『食料庫』に保存しておこう。



「なあ、あんた冒険者だろ? ちょっと様子を見てきてくれないかい?」


 大丈夫だって。さっきから冒険者らしき数人が対峙して……あ、跳ね飛ばされた。

 死んではいないが、骨折くらいはしたかも……遠距離でもそう言う事が状態異常が分かる様になると便利なんだけど、地図なんかと同様に要改良案件に追加だな。

 しかし手間取るなあ。

 街道沿いの街なんだから冒険者なんて掃いて捨てるほど居るだろうに。

 

 ……ご馳走様でした。と、料理を食べ終えたので、仕方無しに部屋に戻る。



「ちょっと、あんた。見に行ってくれないのかい?」

「いえ、装備を取りに行くんですよ」


 そう言って腰を叩く。

 さすがに宿で食事をしている時に剣帯は外しているし、当然と鉈も装備していないからな。

 あ、また飛ばされた。残りは三人か……これはちょっと不安になってきた。と、部屋に戻って剣帯だけ装備して再び一階へ。



「それじゃ、ちょっと見てきますので。あ、食事美味しかったです」

「ああ、見てこいなんて言っといてなんだけど、あんたも気を付けるんだよ」

「ええ、大丈夫ですよ」


 距離的には五十メートル位だが、逃げ惑う人や野次馬が行ったり来たりしているので、そこへ向う道は紛乱していた。

 これでは近くに行くだけでも大変そうなので、仕方なしにと置いてある積荷を利用して屋根に飛び乗り、そこを移動する。

 

 大猪を視界に捕らえる頃には、盾を持った大男とナイフを構えた軽装の男だけしか残ってなかった。……これじゃ勝てないかも。

 盾役の大男は、大猪が街の中に行かない様に突進をブロックしているが、攻撃役が居ないから事態は進展せずに、その繰り返しになっている。

 ナイフ男は距離をとって様子見しているだけだし。

 

 ――仕方ないな。

 と、近場の屋根から飛び降りて、大男の後ろから声を掛ける。


「助勢しますよ」

「すまねえ、攻撃職がみんなやられちまって、防ぐだけで精一杯だ」


 跳ね飛ばされた人は野次馬たちが介抱してくれているので、彼らに任せれば大丈夫だろうし、問題なのはこの大猪だけか。

 しかし、この盾役の人は巧いな。盾に傾斜をつけて大猪の突進力を上や横に散らしている。勇者時代でも盾ってあまり使った事が無いけど、こういう使い方もあるんだなあ。

 ヘタをすれば押し潰されるし、もちろん盾や男自身も弾かれるが、正面衝突よりかは随分と良いだろう。


 などと感心している場合では無いので、盾で勢いを殺され動きの止まった大猪の右前足を切り落とす。

 すると大猪は簡単にバランスを崩して転がり、左首を俺の前に差し出した。

 そこに鉈を突き刺し、絶命したのを確認してから引き抜くと、同時に周囲から割れんばかりの歓声が起こる。



「助力感謝するぜ、良い手際だな」

「いえ、街に被害が出なくて良かったです」


 周囲がうるさいので、大男は俺に覆い被さる様に顔を近づけて耳元で話す。

 これでも俺の身長は百五十センチあるが、この人は二メートル近くあるんじゃないか?

 ともあれ、これで問題も解決したので早々に立ち去ろうと思う。



「それじゃ、僕はこの辺で」

「あれはいいのか? お前の獲物だぞ?」

「ええ、一人じゃ無理でしたし、あなたにお任せしますよ」


 と、大猪と俺達に群がろうとする人の間を縫って、その場を後にする。

 ……面倒事に巻き込まれるのが嫌だったので退散したが、腰肉だけは請求しておけばよかったな――。




「そんな訳で、大猪が出たようですが冒険者に退治されていましたよ」

「はあ、大猪かい。いつもは人も死ぬし街も壊れるけど、今回は運が良かったねえ。これも風の神様のお陰かねえ」


 宿に戻って、サービスで出されたお茶を啜りながら、女主人への報告を済ませる。

 未開拓地と違って森との間に緩衝地帯が無いから、野生の動物も結構出て来るんだろうな。


 

「それじゃ、僕は部屋で休ませてもらいますよ」

「ああ、今日はありがとうね、明日の朝飯は色を付けるから楽しみにしときな」


 それはありがたい。と、明日の朝食も気になるが、部屋に戻りさっそく鉈の手入れをする。

 関節部分を狙ったとは言え、足を叩き切ったので心配したが、刃こぼれなどは無い様だ。

 魔力で圧縮すればもっと丈夫になるんだろうけど、出来ればこれには手を加えたくないんだよな。

 予備武器を用意すれば良いんだろうけど、そうすると必然的にコイツの出番も減るし、悩ましい所だ。

 

 鉈の手入れを終えて蝋燭を消しベッドで横になると、一気に睡魔が襲ってくる。

 色々と考えなきゃいけない事は多いけど、この睡眠欲には抗えないよ――。

 



 翌朝目を覚ますと、肉の焼ける良い匂いが下から漂ってくる。

 これは期待せざるを得ないが、まずはトイレと顔を洗い、身支度を整えてから一階に下りた。



「おはようございます、いい匂いですね」

「起きて来たね、良い頃合だから適当な席に座んな」


 席に着いて少し経つと、女主人が料理を運んでくる。

 茶パンと野菜スープにサラダ、それに焼いた骨付きのバラ肉。



「昨日の大猪の肉が手に入ったからね、昨日のお礼さ」

「もう売ってるんですか?」

「ああ、近くの肉屋で売っているけど、高いからねえ……まあ、そんな事は気にしないで食べとくれ」


 この時期のバラ肉は、脂も程よく減って美味い部位の一つになっている筈だ。女主人もいい所を仕入れたもんだな。

 ともあれ、温かい内に食べないのは勿体無いので、さっそく骨を掴んで齧り付く。

 肉の歯応えと、脂身から出る旨味が……生きてて、生まれ変わって本当に良かった。

 健康診断で引っ掛かるし胸焼けもするからと、日本ではあまり食べなかったが、脂身がこんなに美味しく感じられるとは。

 やっぱり食の喜びは大きいよな――。



 朝から豪勢で重たい物を食べたが、十二歳の身体には何のダメージも無く、そのまま旅支度を整えて宿を出た。

 宿の女主人から肉屋の場所は聞いているので、まずはそこで買い物だ。



「おはようございます」

「あいよ、何が欲しいんだい?」

「昨日の大猪の肉なんですけど、まだあります?」

「あるよ、どの部位とかあるかい?」

「背中から腰の部分にかけてなんですけど」

「へえ、分かってるねえ……千ミデムで銅貨四枚だがどうする?」


 二キロちょっとで銅貨四枚か。大雑把に換算すると……百グラム千円? 高っ!

 生肉が手に入り辛い冬場でもあるまいし……でも、新鮮な肉で人気部位ともなれば仕方ないか。



「それじゃ、一デム下さい」

「一デム? おいおい、持てるのか?」


 一デムは一万ミデムで、二十キロちょっとあるから、主人の心配も当然だ。


「ええ、背負うので大丈夫ですよ」

「まあ、売ってるもんを買うって言うんだから、それ以上聞くのは野暮か」


 主人はそう言って奥に行き、大きな肉塊を持ってくる。

 うん、脂身の割合も悪くないし、良い肉だな。



「そのまま一デムで良いのか?」

「出来れば二千ミデムを五個でお願いします」


 と、代金の小銀貨四枚を台に置く。

 しかし、百グラム千円の肉を二十キロとか……なんという贅沢だ。



「ほらよ、一応ハギクスの葉も包んであるが、早めに食えよ」

「はい、ありがとうございます」


 目的の肉も買えたので、その後は水と野菜なども買い足して、早々にサルベルの街を出る事にした……のだが。



「おい、鉈の坊主」

「ん? ……ああ、昨日の」

「補給位はすると思ってここに居たが、正解だったようだな」


 後ろから声を掛けられたので振り向くと、巨大な男が立っていた。

 背丈と声で、昨日の『盾の大男』だと分かるが、なんか用だろうか。



「僕を探していたようですが、どうしました?」

「いやあ、昨日の礼をちゃんと言いたくてな。……俺は三等級冒険者のドーバンだ、昨日のは本当に助かった、ありがとう」

「いえ、お互い無事で何よりです。あ、申し遅れましたが、五等級冒険者のルクスです」

「五等級? あの強さなら俺と同格かそれ以上かと思ったんだがな」

「それはさすがに買いかぶり過ぎですよ」

「そうか? ……なあ、もし良かったら俺と組んでくれねえか?」

「はい?」

「俺はこれからオロントって所の未開拓地に行くんだが、あんたみたいな攻撃職が居たら心強いんだ」


 と、オロントの方向を指差したつもりだろうが、残念ながらその方向にオロントは無い。そもそも俺はそのオロントから来た人間なんだけど、また戻れと?



「あの、ごめんなさい。ありがたい申し出なんですけど、僕は西都に用事があって」

「荷を届ける依頼とかか? それならそれが終わってからでも良いんだが」

「いえ、そう言うのではなく、なんと言うか学ばなきゃいけない事がありまして、それが三年くらい掛かるんですよ」

「三年? そうか、あんたは頭良さそうだから、商人とかに弟子入りでもするのか? そう言う事なら諦めるしかないか……勿体無えなあ」


 ドーバンは最後に改めて礼を言ってから、残念そうに帰っていった。

 あの体躯と防御力は魅力的だけど、ちょっとタイミングが悪かったな。

 

 ともあれ、予定通りに水と食材などを買い足して、気も新たにサルベルの街を出た。

 隣街のヌガーフを越えれば、最初の目的地に定めたヨクシアだ。



メッセージにて誤字報告を頂きましたが、返信不要と言う事でこちらからお礼を。

一応読み返してはいるんですが気付けなかった場所が多々あった様で、ご報告ありがとうございました。


また誤字、誤用等がありましたら、メッセージやコメントからでも構いませんので宜しくお願いします。

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