55.モルダイ4
「あの、少し宜しいでしょうか」
「君は? ここの住人かな?」
「申し遅れましたが、五等級冒険者のルクスと申します。以後、お見知り置きを」
「私はこの街を任されています、グラウ・トリオ・ホストローです」
身形の良い男性だったので、失礼の無いように接してみたが男爵だったか……歳は三十代前半と言った所だろうが、線が細くて、なんとなく気が弱そうな感じだな。
名前の後に地名が付かないと言う事は、領主ではなく街の代官と言ったところなんだろう。
というか、ここの子供達は貴族に向って借金取りと言っていたのか……危ないなあ。
「こちらは商業組合の方で……」
「商業組合クールフ支部の、ハスリィと申します」
商業組合の人とは軽い会釈だけで済ませるが……さて、どうするかな。
相手が爵位持ちでここの代官となると強硬手段は使えないよな。俺だけなら良いけど、スミィ達はここで暮らしていくんだから、関係が悪くなる事だけは避けないと。
「横から口を挟み失礼かとも思いましたが、こちらには少々縁がありまして……契約書を見せて頂いても宜しいでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
男爵の許可も得たので、スミィの持っている契約書を見せてもらう。
契約は今から四十年近く前……内容はここの土地と建物の所有権の譲渡。
金額は金貨三枚で利息と支払期限は無しか……あれ、これは……。
「契約者の名前が違いますが、先代の方で?」
「ええ、契約者は私の父ですが昨年他界しまして、私が後を継いだのです」
「そうでしたか、失礼いたしました」
契約者が履行前に亡くなる事もあるから、身元がハッキリしていれば継げる事になっているのでこれは問題ない。スミィ達の方も違う名前だし、こういう事を管理する為に商業組合を間に入れて契約する事は良くある話らしいしな。
まあ、先代は回収する気の無い契約だったんだろう。
利息と支払期限を無しにしているし、『金貨三枚』とか適当な契約だし。
しかし問題は、解決後の男爵の心情や、こことの関係の方なんだよな……。
「男爵様、少し宜しいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
ホストローとハスリィを、外の少し離れた場所に誘導して、話を進める事にする。上手く行ってくれれば良いんだけど……。
「まずは、改めて名乗らせて頂きます。私はグラウ・ドリアル・ディアレ・オロントの三男でルクシアール・ディアレと言います。組合の方には『すとーぶ』や『りばーし』のルクシアールと言った方が分かり易いかと思いますが」
と、鞄から家紋の入った短剣と商業組合証を各々に見せる。
「オロント領のディアレ卿ですか。何度かお会いする機会がありましたが、実に聡明な方でした……、家紋も相違ないようですね。……それで、その御子息がなぜこんな所に?」
「貴族学校へ入学する為に西都へ向っている最中ですが、冒険者組合にも登録していますので、父に無理を言って一人で身分を隠し見識を広めている所です」
「その歳で……ですか。なるほど」
とりあえずは信用してもらう事が前提なので、身分は明かしておいた方が良いだろう。
さて、次は本題だ。
「それで、お話なのですが、この契約の穴についてです」
「穴ですか? そんな物が……本当ですか?」
「はい、組合の……ハスリィさんはすでにお気付きかと思いますが、『金貨』と言う部分です」
「金貨……何が問題なのか私には分かりませんが、……ハスリィ?」
ホストローはハスリィに説明する様に促す。
「はい、この『金貨』ですが、どの金貨で支払っても良いと取る事が出来ます」
「どの金貨と言っても、金貨は金貨でしょう?」
他国との交易が盛んな土地ならいざ知らず、普通に暮らしていて海外の通貨って発想はこの世界では出てこないよな。
「ハスリィさん、いま組合で扱っている通貨で一番安い金貨ってどの位ですか?」
「ヌーガルーダの金貨ですね。正確ではありませんが、この国の通貨……ラーム通貨にして銅貨三枚と少しと言った所です」
そんなマイナーな通貨があるんだ。どこだよ、ヌーガルーダって……。
「……どういう事でしょうか?」
「男爵様、つまりはヌーガルーダの金貨で支払っても『金貨三枚』で良いと言う事です。その場合、男爵様が受け取る額は小銀貨一枚にも満たない事になります」
「なっ……」
「さらに言えば、子供がままごと遊びで使う様に葉っぱを金貨だと言えば、それが通ると言う事です」
「本当にそんな事が……どうなんです? ハスリィ」
「恐らくは、ルクシアール様の仰るとおりかと」
先代がちゃんと説明していれば、こんな面倒な事にもならなかったんだろうけどな。
いくら中立を保つのが役目だったとしても、組合の方も教えてあげれば良かったのに。
「――そうですか……やはり父は、この契約に関しては受け取る気が無かったと言う事ですね」
「利息や支払期限から考えても、恐らくは」
まあ、後は当事者達で話し合ってもらえば良い事だし、無関係な俺は買い物もあるから退散するかな。
「ルクシアール殿。こういう場合はどうすれば良いと思いますか?」
「え?…………私……ですか?」
「はい、あの聡明なディアレ卿の御子息で、『すとーぶ』や『りばーし』の件で数多の無理難題を越えてきたでしょうから、その英知をお借りしたいのです」
「いま知りえた事を話して、適当な物を頂けば良いんじゃないですか?」
「いえですね、その、何と言うか……私にも立場と言う物がありまして……払えないなら出て行けといった手前、色々と……」
クソ面倒臭いな、良い歳したオッサンがおろおろするなよ。
「ルクス、こんな所に居たんだ……あれ? トリオさん?」
「何、また来てるのー? 無い物は無いんだから、何度来たって無駄だよー」
うろたえるオッサンに辟易していると、ヴェーラとエスタに……後ろからユアンナも外に出てきていた。そういえば玄関で集合って事になっていたっけ。
しかし、もっと険悪な関係かと思ったが随分と軽い対応だな。
「二人とも知り合い?」
「二人と言うか、ここの子達はみんな、トリオさんとは顔見知りよ――」
どうやら先代が存命だった頃から、それこそトリオが子供の頃から何度もここへは遊びに来ているらしい。
成人してからも食べ物や衣類の差し入れを持ち、時には子供達の面倒を見たりもしていたらしいが、先代が亡くなって代官を継ぐと、金が払えないなら出て行けと態度を一変させたらしい。
「男爵様? どういう事ですか?」
「いや、代官の指南書には、強硬な言動も時には有効だと書いてあったので……」
…………アホくさっ。
なんかもうどうでも良くなってきた。
「まあまあ、……今日の所はこれで」
「ユアンナ? こんな大金どうしたんですか?」
「ルクスに調合を教えてもらって……薬がこんな金額になった」
会う人みんなに自慢してるんじゃないか? それだけ嬉しかったんだろうけど。
「ルクスと私が頑張った成果……もうこれは金貨と同等……だから今日の所はこれで」
「……それだっ! ユアンナさん、そのまま三枚を男爵様に渡してください」
男爵はそれを受け取ったが、契約書に変化は無い。
支払いが完了すれば契約書にはその印が現れるが……上手くいくと思ったんだけどな。
「何が駄目だったんだろう……ハスリィさん分かります?」
「恐らくは『金貨と同等』なのが原因かと。同等の物では金貨ではありませんので」
みんな待ってるし、早く買い物に行きたいんだけどな。
放置しても後々面倒事になりそうだし……。
「ユアンナさん、ちょっと耳を」
「うん? 内緒話? ……ふふふ、ルクス……くすぐったい」
くっ、背後から何者かに威圧されている気がするけど今は無視だ。
とりあえずユアンナに伝えるべき事は伝えたので、後は結果がどうなるか。
「えっと、……これはルクスと私が頑張った成果……もうこれは金貨と同等……いや、私にとってはもう金貨。……だから今日の所はこれで……?」
「はい、確かに受け取りました」
どうだ? と、俺とハスリィが同時に各々の持った契約書に目を落とすと、『履行済み』の文字が。
……思わず、ハスリィと抱き合ってしまった。
「はあ、ユアンナさん、ありがとうございました」
「うん、……良く分からないけど、どういたしまして」
「ねえー、終わったー? 終わったなら買い物行かないー?」
そうだな、後の事はトリオとハスリィに任せて、俺達は買い物に行こう。
そういえばスミィさんを放置したままだった……その対応も二人に任せればいいか。




