52.モルダイ
エスタ達と夜番を交代して少し経つが、驚くほどに退屈だ。
そもそも、寝ている人を守る為の見張りなのだから、騒いだり出来ないのは当然だよな……。
ヴェーラはこんな退屈な時間にも慣れている様で、先程から裁縫に精を出している。
正直そんなイメージが無かったので面を食らったが、シャツを繕うその手付きから技量の高さが窺えるな。
ともあれ、ヴェーラの邪魔をしては悪いので、俺は俺で何か暇潰しを考えないといけないが、魔法関連は伏せるとなると調合くらいしか残らないな。
しかし、粉末にするのにもゴリゴリと音が出るので、すでに粉末にした物を混ぜ合わせる位しか出来ないが。
……今更ながら、趣味関連も魔法に依存しすぎだな、こりゃ。
「ねえ、ルクス。それは何?」
皿を両端にぶら下げた天秤で計量していると、ヴェーラが興味を持った様で、普段よりも抑えた声で話しかけてきた。エスタやユアンナは何時も通りだったが、やはり声量は抑えた方が良いのだろうか。
「重さを測る道具ですよ、ユアンナさんは使ってなかったんですか?」
「うーん、見た事無いわね……いつも、こんな物を持ち歩いているの?」
「ええ、調合には必要な物なので」
もちろん嘘だけど。
荷物経由で『収納庫』から取り出した物だが、退屈には抗えなかった。
「しかし、これはユアンナが嫉妬するかも……主に私にだけど」
そう言えば調合作業を見たいと言っていたっけ。
その内、そう言う機会もあるだろうけど……。
「こういうのって、やっぱり高いの?」
「価格ですか?」
「ええ……ユアンナにどうかと思って」
「鍛冶屋さんに作って貰うとそれなりに掛かりますけど、僕の使っている物は自作ですよ」
「え? ……作れるの?」
「原理さえ分かっていれば簡単ですよ。材料もそこら辺にある物で代用が利きますし」
正確な値を求める訳でもないし、子供でも実験で作れる位だからな。
「後でユアンナにも教えてあげてくれると嬉しいのだけど……今、私がどんな物を使うのか聞いても大丈夫?」
「ええ、問題ないですよ。まずこの横になっている棒は木の枝なんかでも――」
簡単な材料で出来る事は理解してもらえたが、釣り合せると言った構造に関しては、俺の説明下手もあって理解するのは難しい様だな。
結局はユアンナにした様に、本と見せながら道具の説明をしたりと調合の事で時間を使い、気が付けば空が白んできていた。
「この辺にしときましょうか」
「もうすぐ日の出ね……なんか、ごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい。それじゃ、そろそろ朝食の準備を始めますね」
退屈な時間があっという間に過ぎたのも事実だし、こちらとしても助かりました。
しかし、教えたのは理科レベルの事だけど、この分野に関しては小学生低学年程度の知識しか無いんだな。
まあ、義務教育も無いし、生きていく上で必要な事だけを何となく分かっていれば良いんだろうけど。
ともあれ、ユアンナに見付かる前に調合道具を片付けて、朝食の準備を始める。
まずは、昨日の残りのスープに黒パンを溶かして御粥状に。そこに、フライパンで炒めたネギと鷹の爪を投入してみた。
昨夜ので、味の好みは大体分かったのでこれで問題無いだろう。
今日は早めに出立したい様なので、余裕があるうちに使った調理道具なんかも洗っておくか――。
◆
――あれから数日が経ち、ヘイダム、チュルキを過ぎて、モルダイと言う街まで来ていた。
ここは今いる街道と、主街道に合流できる道の分岐点に当たる街で、今まで通ってきた街よりも賑わっていた。
それに、俺の住んでいたトラル村からは十三日の距離にあたり、西都までの道程の三分の一の目安となる場所だ。
「やっと帰ってきたよー、今回も長かったねー」
「早く組合に報告して……自由になりたい。……そして調合を」
「二人ともお疲れ様。それじゃ先に組合への報告を済ませちゃいましょうか」
そして、途中で知り合った『紫の花』のホームでもある。
今回は荷物の配達という依頼だったらしいが、基本的にはここを拠点に活動をしている様で、ここが近付くにつれて皆の足取りも軽くなっていたから、やはり落ち着く場所なんだろう。
「ルクスはどうする? 一緒に組合に行ってみる?」
「そうですね、どんな依頼があるかも気になるし、調合した薬も卸したいから付いて行きます」
旅の傍ら、ユアンナに調合を教えるついでに自分でも薬を作っていたが、それも結構な量になっていて正直邪魔だったんだよな。急に荷物が減ったら不審がられるだろうから『収納庫』にも入れられないし。
それに、まだ日没までは少しあるので、軽く街を見て回るのも良いだろう。
本来なら今日の寝床を確保したいところだが、今の時間帯は宿泊拒否の出来事を思い出させるので、宿はもう少し後の方が良いよな……。
冒険者組合に着いて報告をしている三人を待っている間に、ここの依頼を確認してみたが、採集や護衛に配達とあまり冒険って感じがしない物ばかりだった。
近くのジユガリナ山でも依頼もあるが、ウサギやらイノシシを狩って来いと言う物ばかりで、やはりこちらも冒険ではなく狩猟だよな。
未開拓地に隣接している領って、危険はあるが冒険者としては恵まれた環境だったんだなあ。
「どう? 何か良いのはあったー?」
「エスタさん、うーん……好みに合うのは採集くらいかな」
「まあ、ルクス君にはそうだろうねー……」
エスタの顔に少し影が……。
ここの一個前の宿場チュルキでは、一日貰って近くの森を探索したのだが、皆は森歩きになれていない様で帰る頃にはぐったりしていたから、それを思い出しているのだろう。
「それはそうと、もう報告は終わったんですか?」
「うん、あとはヴェーラが書類を書くだけで、……今はユアンナが薬の査定を受けてるところだから、ルクス君を呼びに来たんだよー」
「あ、僕も薬を卸すんだった。ありがとうございます」
と、言ったは良いが、どこに行けば良いのか分からなかった……いつもの組合と作りが違うから混乱するな。
そんな俺を見かねてか、エスタが手を取って案内してくれるが、俺としてはちょっと恥ずかしいんだよなあ。
弟とかそんな歳の差だから、エスタは気にしてないんだろうけど――。
「ずるい……手を繋いでお散歩とか。……それに同じ材料を使っているのに、ルクスの方が高かった」
お散歩云々はおいといて、俺が組合に卸した薬の価格が、ユアンナの物に比べて五割ほど高かった。
査定内容は分からないが、品質も俺の方が上だし一日の長と言う所だろう。
「でも、……ルクスに教えて貰ったから、……いつもの五倍で売れた」
それは買い叩かれすぎだろう。……いや、最初のやつじゃそれも仕方ないか。
ともあれ、高くなったのなら教えた甲斐もあるというものだ。




