51.夜番
――あれ、色々と考えている内に、いつのまにか眠っていたか……。
どれだけ眠っていたのか分からないけど、周囲はまだ暗いから朝では無いと思うが、夜番の事もあるし一回起きないと。
…………まあ、お約束と言えばそうなんだけど、誰かに後ろから抱きしめられて動けない。
背中が温かくて、それに色々と心地良いし男としてはラッキーなんだが、集団生活の中では色々と不味い気がする。何よりも若干の尿意が。
まだ焦る段階では無いけど、出来るだけ早く脱出した方が良さそうなので、まずは脇の下から胴に回されている左手を……シャツをがっちりと掴んで離れないか。
……指の一本でも折れば痛みで起きるか離すんじゃ? いやいや、それは人として駄目だろう、やるなら最後の手段だ。
下半身は左足が乗っているだけだから……くっ、腹筋に力を入れると俺の方にもダメージが。
あ、まずい……尿意の波が…………はあ、今のは危なかった。
もう起こすか? この格好のまま漏らすよりはマシだろう。ああ、ほんの数メートル移動したいだけなのに………………あ、移動出来た。
なんて言っている場合じゃない! と、靴も履かずに天幕から飛び出して野営地脇の畑に入り用を足す。
――危なかったが何とか尊厳は守れたか……うん、下着も汚れてないな。
しかし、この世界に来て初めての転移魔法をこんな事で使うとは。
「あれ、ルクス君? もう起きちゃったの?」
「おはようございます、エスタさん。少し用を足しに……」
「あー、それはしょうがないねー」
野営地に戻ってくると、夜番のエスタが焚き火の傍にいた。
『もう起きた』って事はまだ早いのか……あれ、どうやって時間を計ってるんだ?
日中は日時計があるし、神殿で定刻の鐘が鳴るからある程度は分かるけど、夜間は……月時計?
まだ見た事は無いが、神殿には機械式時計もある様なので、すでに携帯式の時計があるのかもな。
色々と気になるが、とりあえず靴と上着を取りに一度天幕へ……俺を拘束していたのは、やっぱりヴェーラだったか。
天幕の支柱を挟んだ両側で寝てたのに、何で俺の方まで来ているんだ? まあ、得した部分もあるから良いけどさ。
なかなかに扇情的な光景でずっと見ていたい気もするが、まだ朝晩は肌寒い時期なので、俺の使っていた肌掛けをヴェーラに掛けて天幕を出る。
「あれ、もう寝なくて良いの?」
「はい、もう目が覚めたので、このまま起きていようと思います……あの、夜ってどうやって時間を計っているんですか?」
「ん? 水時計だけど?」
と、さも当たり前といった感じのエスタだが、初めて聞く道具だ。
視線の先には、水を運ぶ為の小さな樽があり、その上に金属製の皿が置かれている。
近くに寄って見てみると、三角錐を逆さまにした形状で、底には穴が開いているのか樽に水滴の落ちる音が聞こえる。
「水が減った量で時間を計っているんですね……初めて見ました」
「そうだよー、触っちゃ駄目だからね」
皿の内側に目盛りが刻まれているから、これで計るんだろうけど、水圧とか水平の具合で結構な誤差が出そうだな。
それでも、日の出と日没で区切られた昼夜五時間ずつ、計十時間が一日の世界ではこれで十分なのかもしれない。
「そういえばユアンナさんは?」
「それは私の口からは言えないけど、あっちで会わなかった?」
そう言って、畑の……トイレの目隠し用に設置した天幕の方を見る。
ああ、トイレね。これは失礼いたしました。
「あっちまでは行かなかったので……持たなかったと言うのが正しいけど」
「ははは、そっかー。でも結果的に鉢合わせなくて済んだんだから良かったね」
まあ、そんな趣味も無いし結果的にはそうだろうな。
「あれ……ルクス? もう起きたの?」
「おはようございます、ユアンナさん」
「ルクス君も用足しだってさー」
「え? ……それじゃ……覗いてたの?」
少し頬を染め、じと目で俺を窺うユアンナは可愛いが、ここはちゃんと弁明しておかないと。
「いえ、あっちまで我慢出来なかったので、すぐそこでしちゃいました」
「……そっか……なら良かった」
「あっ、ユアンナー、ついでに時間を見てくれるー?」
「…………あと少しだけど、誤差の範囲内……かな」
「それじゃ、ヴェーラを起こすかなー」
と、火の付いた焚き木を一本持ち上げて左右に振る。
恐らくは、エスタ達と夜番をしていた別のグループへの、交代の時間を伝える合図だろう。
すると、それを肯定するように道の反対側、遠くに見える焚き火の所でも左右に振られている火が見えた。




