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帰れなかった勇者の新・異世界生活  作者: 乙三
幼年期編
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05.改革の一歩

 創造神様から賜った恩恵の確認もしたし……さて、まずは帰還の報告をしないとな。


 姉のウルトは二階に上がり、自室で着替えを済ませるらしいので、俺も一緒に二階へ上がり、周囲を見渡す。

 階段を上がった先は広く空間が取られており、暖炉が(もう)けられている。暖炉の前にはテーブルに椅子と色々置かれ、談話スペースと言った様相(ようそう)になっているので……居ないか。

 

 そのまま一階へと(きびす)を返し、食事などをしている大広間へと向う。



「お父さん、お母さん、ただいま」

「ああ、お帰り」

「お帰りなさい、ルクス。あら? ウルトは一緒じゃないの?」

「お姉ちゃんは走り回って汗を掻いたから、着替えてから来ると思う」


 こっちに居たか……この時期は暖炉周辺に集まるからな。

 しかし、家の中……ここでも暖炉を焚いているのに寒い。暖炉ってもっと暖かいイメージだったけど、暖房としては無能もいい所だ。

 確かドラフトとか……煙突(えんとつ)効果だっけ? 暖められた空気はそのまま煙突から外に出て行くし、その分気圧が下がるから、冷たい隙間風が室内へと大量に入ってくる。直火(じかび)による遠赤外線の効果も、隙間風に比べたら微々たる物だし……やっぱり暖房改革はやっておきたいな。

 


「お父さま、お母さま、ただいまもどりました」


 暖炉の前で炎を眺めながらぼーっとしていると、姉が着替えてやってきた。

 相変わらず挨拶だけは淑女だな。両親や使用人達の教育の賜物(たまもの)だろう。



「ああ、お帰り、ちゃんと汗は拭いたかい?」

「お帰りなさい、ウルト。外はどうだった?」

「これー」


 と、リソトープを両親の前に突き出す。部屋に置いてこなかったのか。



「なんだい? 石?」

「……あら、リソトープかしら。これ、どうしたの?」

「ルクス君からもらったー」


 俺に視線が集まる……そりゃ、こういう流れになるか。



「庭の土を掘っていたら出てきたんだよ、良く判らないけど綺麗な石でしょ」


 この返しは我ながら素晴らしいと思い、思わずグっと拳を握る。子供ゆえの無知さが(うま)く出ているし、場所も曖昧(あいまい)……上手に誤魔化せたと思う。



「りーと……?」

「リソトープよ、ウルト。ほら、あなたの好きな絵本の……塔のお姫様の話」

「ティナルティア姫!!」

「そうそう、そのお姫様が首に掛けていた宝石がこれなのよ」


 確か、悪魔に攫われた一国の姫を、騎士が助ける話だったな。

 母親から貰った宝石の逸話(いつわ)を思い出した姫様が、ネックレスにしていたリソトープを削って絵の具の様にし、ドレスを破った布に文字を書き、窓から投げ捨てる。

 偶然それを拾った騎士が、悪魔を倒して姫を救いハッピーエンド。……そんな話だったと思う。

 しかし、あの石はリソトープだったのか。



「すごい! ティナルティア姫といっしょだ! ルクス君は騎士さまだー」


「いや、僕が宝石をあげたんだから、僕は母親の役割でしょ」と()()もうとして止めた。これを言ったら取り返しの付かない事になりそうだ。



「その話から、市井(しせい)の人達の間では、『君の騎士になる』との意味合いを込めて、リソトープのネックレスをプレゼントする事があるんですよ」


 全員分のお茶を入れ終わったメイドA(仮)ことキーシャさんが、そんな話を補足する。女性って、幾つになってもこういう話が大好きだよな……空気が一気に華やぐが、こういう空気は若干苦手だ。



「でも、宝石をあげたのは母親で、騎士では無いんじゃないのかな」


 難しい顔で何を考えているのかと思ったが……この馬鹿親父は。

 父の発した言葉のあと、瞬間的に音が消え、空気が凍りつく。

 確かに華やいだ空気は苦手といったが、こんな空気よりはよっぽどマシだよ。

 しかし、なんて爆弾を投下するんだこいつは。ほら、石を握る姉さんの手もプルプルしているし……と、母のレジーナと目が合う。

 (あご)をくいっとウルトの方に向け……ええ、俺にフォローしろって事?

 時間を掛けると、ウルト姉さんはこの石を父さんに投げつけ、泣きながら部屋を出て行くだろうな……多分。

 うう、……何とかしたいのは山々だけど……、やっぱり俺にはハードルが高すぎるよ。

 



「ティナルティア姫の物語は、その様になっていますが……」


 沈黙を破ったのはキーシャだった……頑張れ!



「ウルティアナ姫の物語では、騎士様から貰った石が絆になのでは?」


 姉の好きそうな感じのクサい台詞だと思うけど……ダメか?

 


 少しの沈黙の後、姉はこちらに降り向き、じっと俺を見ている。

 え? 何? これはどうすれば良いんだ?

 何を求めているのかさっぱり分からない……と、視界の端に映っているキーシャが(うなづ)いている。

 何? 頷けばいいのか?


 ……こくん。と、キーシャの動きをなぞる様に頷く。


 …………



「ルクスくーん!」


 次の瞬間には突進された。


 ……良かった、意味はよく分からないが、何とか成功した様だ。

 それにしても押し倒されるような形……両腕を巻きこんだ状態で抱きつかれているので振り解けない。

 そして、そのまま左右にごろごろと転がり回る……何気にきついな。

 

 父は父で、母に何か小言を言われている様子で……父さん頑張れ。




「ああー腹減ったー。って、何やってんだ?」


 昼近くになり、自主練から帰ってきた兄のディルは、目の前の光景に理解が追いつかない様だ。

 母親に叱られて項垂(うなだ)れる父親に、抱き合ったままごろごろと転がっている妹と弟……ほんとうに色々と意味不明だよ。


 無事に解決したかに思えたが、その日、父ドリアルは姉と会話できなかった――。





「なあ、ルクス」

「なに? お父さん」


 その日の夜、この問題にはなるべく関わりあいたくは無いが、同じベッドで寝ている俺に逃げ場は無かった。



「今日は済まなかったな」

「いいよ、別に。あ、でもあと数日は覚悟しておいた方が良いと思うよ」

「……そうか……なんて言えば良かったんだろうな」


「……何も言わないのが正解だったと思うよ」

「…………そうか……」


 今よりも更に声を小さくし、少し離れたベッドで寝た振りをしている母にはもちろん、隣で寝ている父にも聞き取り辛いような声で「正直、僕もお父さんと同じ事を思ってたし」と、フォローしておく。


「そうか……だよな」

「うん、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 想像通りというか、父は翌朝の挨拶もしてもらえなかった。




 さて、難しい親子のコミュニケーションは当事者同士に任せるとして、俺は俺がしたい事をしよう。

 もう、キリキリと胃が締め付けられる様な空気の中に居るのはゴメンだよ。

 と、朝食後、木剣を片手に外へ行こうとする兄のディルに声を掛ける。


「ディル兄ちゃん」

「おう、ルクスか。どうした?」

「ちょっと素振りに付いていって良い?」

「え? いや、構わないけど……もしかして、剣が振りたくなったのか」


 (いぶか)しげだった表情が一転、笑顔に変わる。

 良い笑顔だな……やっぱり一人で何かをするのって寂しいもんな。

 年齢の近い兄のシーザーは本の虫だし……。



「それも楽しそうだけど、ほら、僕が貰った恩恵の『回避』。それがどういう物なのか試してみたくてさ」

「ああ、なるほどな。……そうだな、一応父さんに聞いてみるか」

「うん、分かった」


 父さんか……今はあまり触れたくは無いが、確かに許可は貰わないと。

 今日は仕事が多いらしく、朝から一階にある書斎に()もっている様なので、兄の後ろに付いて移動する。




「父さん、いる?」

「ディルか、どうかしたか?」

「ルクスが少し剣の稽古をしたいって言ってるんだけど良い?」

「剣の稽古じゃなくて、貰った恩恵の確認だよ」

「んー、そうだな、子供用の防具があっただろ。あれを付けてなら良いよ」

「よっしゃ、防具は俺達の部屋にあるから、さっそく行くか」



 二階にある兄達の部屋に移動すると、早速防具を付けられる。

 金属は一切使われていない革製で、装着も革紐を結ぶタイプだ。古い革製品は大抵ひび割れたり紐が千切れていたりする物だけど、そういう箇所はまったくない……ちゃんと手入れはしているんだな。

 大雑把だと思っていた兄の認識を改めないと。



「ほら、完成だ」

「意外と軽いんだね、もっと重くて動きにくいと思ってた」

「まあ、子供用だし、そこまで本格的に打ち合う様には出来てないさ」



 そんなもんか……じゃあ、俺がこれを着る意味とは?

 そんな事を考えている内に、いつの間にか外へと出され――。



「ほら、もっと気合を入れて!」


 恩恵の確認だけをしたかったはずなのに、何故か走らされている訳だが……。 

 現状の身体能力は確認しておきたいと思ってはいたが、これは何か違う。



「よし、ここまでくれば終わりだから、最後は全力で!」


 ゴールと言われた位置を越え、すぐさまその場にへたり込む。

 きつい……これはちょっと体を動かさないとダメだな。

 それでも、日本やギアニカで生活していた時の様に体の節々(ふしぶし)が痛まないのは、さすがは三歳の体という所だろうか。



「おつかれさん、俺の知っている限りじゃルクスは運動してないからな、たまにはこういうのも良いだろ」

「いや、まだ三歳なんだから、きつい運動とかは早いと思うんだよね」

「まあ、鍛錬は早いかもしれないが、それでも体は動かしておいた方がいいぞ」



 兄は兄で、体を捻ったり延ばしたりと柔軟している……本当に十歳か? 

 と、そうこうしている内に息も整ってきた。



「それで? 俺はただ打ち込めば良いのか?」

「うーん、どういう風に『回避』が働くか分からないから、まずは頭を軽く叩く感じでお願い。あ、ゆっくりね」

「ん、分かった」



 兄は、中段の構えからゆっくりと一歩を進めながら振りかぶり、足が地面を踏みしめるのと同時に木剣を振り下ろす。

 へえ、なかなか(さま)になってるじゃないか。


「おいおい、振りかぶった段階で避けてちゃ意味ないだろ」

「いや、お兄ちゃんが構えて、そこから少し動いた段階で『左だ』って思って」

「ほんとか? じゃあ次は何処(どこ)を叩くって決めないでやってみるか」

「それだと……じゃあ頭と両肩にしようか。どれも途中まで同じだし」

「なるほどな。それじゃあ、やってみっか」



 先程と同様に中段から振りかぶり振り下ろす。間髪(かんぱつ)入れずに振りかぶり、また振り下ろす……俺は不思議な感覚に従い、それらを(よど)みなく避けていく。


「すごいな、普通に剣を振るっても当たらないんじゃないか? これ」

「どうだろう。結局のところ、避けるのは僕だからね。自動で避けられたら便利なんだけど」

「どこに避ければ良いか分かっても、体が動かなきゃ意味無いって事か」

「そうそう、避けるより早く振り下ろされたら斬られちゃう」



 『回避』と言うよりは『回避予測』だな。あったら便利な能力ではあるが……。


「あ、今度は僕、目を(つむ)るから、軽く頭を叩いてくれる?」

「はいよ、いくぞ」


 その掛け声と同時に目を瞑り……コンと頭に木剣が落ちる。


「大丈夫か? しかし、目を閉じるとダメなのか」

「そうみたい、次は後ろからかな」


 と、背を向け……またしてもコンと頭に木剣が落ちる。


「目で見てなくちゃダメって事か?」

「やってみた事から考えるとそうみたいだね」


 目と言うか、知覚出来ない攻撃は回避の予測が立たないと言う事だろう。音だけで相手の挙動が分かる様になれば全方位に対応可能となりそうだけど、その境地(きょうち)に辿り着けるならこの能力も要らないよな。



「どうする? まだ何か試したい事はあるか?」

「うーん、今は思いつかない……今回はこの位にしておくよ。……お兄ちゃんは?」

「俺はまだまだ体を動かし足りないから、鍛錬に戻るよ」

「そっか、今日はありがとね」

「あいよ、気が向いたらまたやろうな。それと、ちゃんと着替えろよ」



 兄はまだまだ体を動かすようで、俺一人だけ戻ってきた。革鎧を脱いで服を着替え……あ、革の手入れってどうやるんだろう。兄が帰ってきたら聞いておかないと。


 しかし、これでいま持っている恩恵の能力は、ある程度分かった。

 所持品の確認は大雑把にしかしてないけど、ある程度は分かったし……自身に関しての現状確認は(おおむ)ね完了? 『創造』によるカスタマイズは残っているけど。


 さて、着替えも終わったので、大広間に行って外から帰ってきた報告をしないと。



「ただいま、お母さん」

「おかえりなさい、ルクス。どこか行っていたの?」


 あ、母さんには何も言ってなかったな。


「ディル兄ちゃんと、ちょっと体を動かしてたんだけど……お父さんには言ったけど、お母さんには言ってなかったよ。ごめんなさい」

「お父さんに言っていたのなら大丈夫よ」

「ありがとう、それじゃ父さんにも言ってくるよ」



 大広間を後にし……まだ書斎にいるのかな? 

 しかし、暖炉は(とも)っていたが、やっぱり大広間は少し寒かった。これからもっと寒くなるから、出来れば今年中に何か……。


 図体の割には不甲斐ない暖炉さんに代わる物……エアコンはさすがに無理があるよな。

 俺の好きだった炬燵(こたつ)も電気が無いと……まあ、エアコンにしろ炬燵にしろ、詳しい構造が分からないから、電気があったとしても作れないし意味無いけど。

 電気が無いとしても掘り炬燵はいけるか。

 でも、家や部屋といった空間を暖めると言う点では弱いな。


 あとはストーブ。灯油……あ、薪ストーブはいけそうだ。……うん、薪ストーブ、良いじゃないか。


 燃料は暖炉の物がそのまま使えるし、鉄製のストーブ本体が熱を発するから、直火(じかび)熱だけの暖炉に比べたら部屋は格段に暖かくなるだろう。


 問題は排煙だな……暖炉の煙突穴を利用したいが、そのままにしておくと煙突効果で暖めた空気を全部持って行かれそうだし、暖炉は閉じた方が良さそうだ。

 そうなると壁に穴を……許してくれるかな。でも、排煙で手を抜くと最悪死ぬし。


 まあ、とりあえず屋外用という事で製作して、室内で使うには煙突を外に出す穴を、壁に用意する必要があると……そういう流れに持っていこう――。




「ルクスか? そんな所で何をしているんだい?」


 不意に掛けられた声で我に返る。

 書斎に向かう途中で、換気の為に開いていた窓からボーっと外を眺めている状態で考え込んでしまっていた様だ。



「ああ、お父さん。もっと家の中が暖かくならないかなーって考えてた」

「窓が開いていると外と変わらないからな……それでもうちはまだ良い方で、毎年冬季は何人か亡くなるし、厳しい季節だよ」


 凍死者まで出ているのか……自分の事しか考えてなかったが、そういう世界だったな。

 そりゃ、こんな窓じゃ……あっ! そうだよ、窓を利用する手があるじゃないか。

 この世界……なのかは分からないが、家の窓にガラスなんて洒落(しゃれ)た物は(はま)っておらず、戸板(といた)で開閉するだけの窓なんだから、それを利用すれば良いんだ。

 窓枠にぴったりと嵌る部材を作り、それに穴を開けて煙突パイプを通せば良い。

 パイプと部材の接点には煉瓦(レンガ)を使えば、断熱材にもなるし防火対策にもなる。




「ルクス?」

「ああ、ごめんなさい。また考え込んでたよ。それとただいま、お父さん」

「うん、おかえり。大広間に行くけど一緒に行くかい?」

「うん、僕も行くよ」


 差し出された父の手を取り、手を繋いだまま居間に向う。


 父さんとの会話で排煙の問題も何とかなりそうだな……そうと決まれば、今度は構造と作る部品を考えるか。


 まずは基本となる燃焼室、箱型にするから板が六面分必要になるな。

 前面は薪の補充の為に開閉の窓をつけ、上面か背面に煙突のジョイントを……排煙の事を考えると上面か。


 直に床には置けないから足も必要になる……耐熱ガラスなんて無いだろうから、中の見えない小型の焼却炉みたいになるが、背に腹は代えられないよな。

 あとは煙突用のパイプと、雨とか異物が入らない様にする傘。これで部品は全部かな?




 ……あ、最後にして最大の問題が……誰に作ってもらおうか。


 


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