44.スエイ村
西都へ向うために家を出て、少しするとトラル村が見えてきた。
とりあえず神殿で旅の安全を祈願しておいたが、この村でやる事は昨日までに済ませたので先に進む事に。
思えば、この村から先って行った事が無かったな……。産まれてから十二年も経つが、なんとも狭い世界に居たのだと今更ながらに気付かされた。
ともあれ、トラル村を後にして最初に目指すのは、街道沿いにあるルッキラだ。
地図で見たかぎりではトラル村から約五十キロほど先にあり、そこはもう隣のハスメア領となる。
トラル村とルッキラの間には、ハーグ、スエイと二つの村があり、そのどちらかで一泊してルッキラを目指せと父に助言されたが……よし、走ろう。
ハーグ村にしてもスエイ村にしても、どちらも父の治めているオロント領内なので、気分的にまずはそこから出てみたい。
とはいえ、全力疾走などと無粋な真似はせず、ジョギング程度の速度で周囲の景観を楽しみながら……歩いている時は良かったが、走ると背負子が腰に当たって痛いな。
肩には羊毛入りのパッドがあるけど、腰の部分は考えてなかったので、荷物から上着を取り出して腰に巻き応急処置とした。
やっぱり実際に色々と使ってみないと、分からない事も多いんだなと実感しながらも、昼前にはハーグ村を越え、昼を少し過ぎたあたりでスエイ村に到着した。
「数十キロ程度じゃ、特に変わりも無いか」
さすがに小腹が空いたので、バーノンの用意してくれたお弁当を食べようと、休憩できる場所を探してスエイ村を軽く歩いてみたが、小規模なトラル村といった感じで人も建物も特に変化は無かった。
強いて違いを挙げるなら、村の中心には神殿ではなく小さな祠があると言った位か……ハーグ村もそうだったが、略式の場合は祠なんだろうな。
ともあれ、祠の周りは整備されており花壇やベンチも設置されているので、ここで荷を降ろして昼食をとる事にした。
「もしかして、ルクスか?」
バーノンの作ってくれたサンドイッチに齧り付きながら空を眺めていると、ふいに名前を呼ばれたのでそちらに顔を向ける。
「……あれ? ディル兄ちゃん?」
「おお、やっぱりルクスか! 見違えたぞ、久しぶりだなあー。しかし、こんな所でどうしたんだ?」
成人後、領軍に入った兄のディルだったが、その職務上、領内を転々としていた為に会うのは実に四年ぶりとなる。
「うん、本当に久しぶりだね。兄ちゃんこそ、ここで何を?」
「今はこの村の警備を任されているんだよ、ルクスは?」
「僕はあれだよ、貴族学校」
「ああ、もうそんな歳になったのか、早いもんだなあ。…………それで父さんは?」
兄は辺りを見渡す様に周囲を探るが、何で父が?
「ん? 家に居ると思うけど?」
「はあ? 一人でここまで来たのか? あの父さんが見送りもしないなんて……なんだ、何かやらかしたのか?」
ああ、そういえば俺以外の兄姉の時は、父が馬車でルッキラまで送っていたっけ。
「ははは、そうじゃないよ。僕が一人で行きたいって頼んだんだよ」
「頼んだって……多少は大きくなったが、危ないんじゃないか?」
「大丈夫だよ。僕、冒険者だし」
と、ポケットに入れておいた冒険者組合の階級章を取り出し見せる。
「五等級!? ……いつの間に。でもまあ、父さんや母さんが許したなら問題は無いんだろうな」
「うん。……それで、さっきから気になっていたけど、そちらの女性は?」
大きくふんわりとした三つ編みを左肩に乗せ、ゆったりとした空気を纏った女性が兄の左、少し後ろに立っていた。
身なりから農民ではなく、ちょっと裕福な所のお嬢さんって感じではあるが……貴族では無いだろうな。
「ああ、この女性は上官の娘さんで、リグマーシャさんだ。この村に良く逗留されるので俺が警護の任に衝いているんだが、……まあ、今ではほとんど専属の様な感じだな」
「そうなんだ。はじめまして、リグマーシャさん。ディルナートの弟でルクシアールです」
「申し遅れましたが改めまして。オロント領、第三警備隊隊長ハルバスの娘、リグマーシャと申します。先に名乗らず失礼致しました」
こんな村に逗留? しかも上官の娘? これはアレですな。
しかし、兄の方はどうなんだろう……。
「これはご丁寧にどうも。お父上には、いつも領を守ってくれてありがとうとお伝え下さい。それで――」
と、兄に近付き小声で「お付き合いしているの?」と聞いてみたが、慌てふためく感じから満更でも無さそうだ。
『上司の娘さんだし』とか言い訳じみた事を言っているが、自分が領主の息子だという事を忘れているんじゃなかろうか……余計な事とは思うが、弟として何か――。
「あ、ちょうど良かった。ディル兄ちゃんに渡したい物があったんだよ」
「ん? 変な物じゃ無いだろうな……」
なんだよ変な物って……確かに良い物だといって箱に入れた虫をあげた事もあったが、あれは姉と一緒にした事だし。と、懐かしい出来事が思い出されるも、荷物を漁る振りをして『収納庫』から一つの革袋を取り出す。
「はい、これ、ディル兄ちゃんの分だから好きに使って良いよ」
「なんだこれ……って、石? なんだか汚いなあ」
兄は革袋から掌に広げた大小様々なそれに素直な感想を述べ、そのままリグマーシャにも見せる。
「……もしかして、水晶などの原石なのではありませんか?」
「うん、磨く前だからそんなに綺麗じゃないけどね」
「それで、こんなもんをどうしろってんだ?」
説明して良いものか迷ったが、兄はこういうのに弱いからなあ……。
「このまま売ってもそこそこの金額になるし、磨けば宝石として首飾りとか装飾にも使えるんだよ」
「……ん?」
「……あれだよ、『誰か』への贈り物に使えるし、『何か』物入りになった時も資金の足しにも出来るよって事だよ」
視線をリグマーシャに移しながら言った言葉に、鈍感な兄でもようやく俺が言いたい事に気付いた様だ。
「……本当に貰ってもいいのか?」
「もちろん。急かす訳じゃないけど、応援ぐらいはしても良いでしょ?」
何かを決するように頷く兄と、顔を赤く染めて俯くリグマーシャ。
聞こえない様に小声で話していたつもりだったが、全部まるっと聞こえていたようだな。まあ、俺へのダメージは無いし、あとは二人に任せれば良いだろう。
「――それじゃ、僕はそろそろ行こうかな」
食事をしながら少し雑談をし、キリの良い所で出立の旨を伝えた。
ルッキラまであと十数キロあるし、宿の確保なども考えると時間的に余裕はあった方が良いだろう。
「もう行くのか? なんなら晩飯でも一緒にと思ったんだがな」
「ええ、色々と頂いたままでお返しする訳には……」
「嬉しい申し出だけど、出来れば今日中にルッキラまで行きたいから、次の機会を楽しみにしてるよ」
久々の再会だったし、職業的にも大変だと思うので、原石の他にも革や薬類も兄に渡したが、かえって気を使わせてしまったみたいだな。
「そうか、……旅の安全を祈る事くらいしか出来ないが、ルッキラまで出れば、後は馬車に乗っているだけで西都まで連れて行ってくれるしな」
馬車には乗らないんだが、余計な心配は掛けたくないから黙っておこう。
「うん、そうだね。それじゃ二人ともお元気で」
「ああ、ルクスもな」
二人と別れて元の旅路へと戻るが……あのディルがねえ。
優しそうな人だったし、結婚も間近か? もしかしたら兄弟の中で一番早いかもしれないな。




