35.収穫祭3
家の門に近付くと、こちらの姿を確認した門番をしている領兵が、ハンドベルを一回鳴らし門を開ける。
領主の帰宅を屋内の使用人に知らせる合図だけど、こうやって見るのは初めてな気がする。
「……そういえば、領兵の人も休めないんだね」
「こればっかりは本当に申し訳ないと思うけど、仕方のない事だからね。一応こまめに交代して、皆が少しずつでも楽しめるようにとは伝えてあるけど……。それに、この間あんな事があったばかりだしね」
まあ、『収穫祭』の名の通り、元々は『今年最後の収穫が無事に終わった』っていう、農民の祭りだから、基本的に貴族や兵隊はお呼びじゃないのだろうけどね。
それにしても、そこまで大きな領じゃないのに人が多かったな。ここ数年で職人も増えたと言っていたし、総人口もそれなりに増えているんじゃないか?
次期領主のシーザーも大変だな、こりゃあ。
なんて事を考えながらも門をくぐり、玄関までの半ばを過ぎたあたりで扉が開かれた。
「あれ? リトナさんだー」
「本当だ、てっきりキーシャさんと交代するのは、サリスさんかと思ったけど」
留守番役は各種に対応できる人じゃないと不味いんじゃ?
「ああ、二人には言ってなかったが、今朝方にリトナがサリスとの交代を申し出てね。リトナにも色々と経験させたいから了承したんだよ」
「サリスもそろそろ家庭の方が忙しくなるでしょうし、リトナにも頑張って貰わないといけないわね」
家庭の方ね……そろそろ子供を、という事だろうなあ。
リトナが代わったのもそういう事かもしれない。
……『結婚はまだかしら』とか『孫の顔はいつになったら』とか……四十歳独身で、半ば諦めた感じで親から言われた物だが、自分の事じゃ無いとなると気も楽だな。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様方」
「留守番ご苦労様、何か変わった事は無かったかい?」
「はい、何事もなく」
「……それじゃ、僕は荷物を部屋に置いてくるから」
「「「え?」」」
両親と姉の声が揃った……『え?』って、こっちが聞きたい位だけど何かあったっけ?
「えっと、みんなでどうしたの? 僕、何か忘れてる?」
「いや、魔道具を買った様だし、どんな物か見せてくれないのかい?」
「そうだよー、ルクス君一人だけで遊ぶなんてずるい!」
「まあ、そういう事よね。どうせならお昼の後にでも見せて欲しいわ」
そういう事ね、こう言うのも娯楽の一環という事か。
「うん、分かったよ」
「そう? 良かったわ。それじゃあ、話もまとまったしお昼にしましょうか。リトナ、準備をお願いできる?」
「かしこまりました」
と、リトナが大広間を出て行ったところで、今度は魔道具ではない方に父は食いつく。
「そう言えば、ルクスは地図を買った様だけど、見せてもらっても良いかな」
「良いよ。……はい、お父さん」
「ほう、これは立派な地図だな。私の記憶と合わせても、かなり正確な物だよこれは」
それは何より。この地図をベースにして、マップ表示とかできないものかな。
父さんが持っているここら辺の詳細図とか、組合にあった広域図とかと合成して、拡大縮小とか出来ると尚良いよな。
自分の位置とかも表示できれば良いけど、GPSはおろか衛星も無いだろうし……。
「あら、私の実家も載っているわね…………お父様やお母様は元気かしら」
「お母さんの実家ってどこ?」
「ここよ、コトアナ領。代わっていなければ、ルーカード・ラトノーム……ルクスやウルトから見たら、お祖父ちゃんに当たる人が治めているわ」
「私、お会いした事はありませんけど」
「なかなか難しいのよ。お互いに領主だと、長期間、領を空ける事は出来ないし」
「私も結婚のご挨拶に行ったきりだな。まあ、領主家同士の結婚だと仕方ない事なのかもしれないけれどね」
地図上では西都との間にある様に見えるけど、道からは少し外れているし往復で一ヵ月半といった所か。
……さすがに領主が一月以上も領から離れる訳には行かないよな。
「シーザベルト兄様が後を継いだら?」
「領主としては、まだまだだからなあ。それに、領を継ぐ前にお嫁さんを貰わないと駄目だし……あと十年位は様子を見た方が良いかな」
兄はいま十九歳だから、三十近くになるまでは様子見か……。
まあ、国から領を任されている訳だし、領民の生活も掛かっているんだから厳しくて当然か。
それに、領主として相応の風体は必要になるから、そう言った面でも十年と言うのは妥当なのかもね。
「お待たせいたしました」
リトナが買ってきた食べ物を皿に移し終えた様で、大広間に入ってきて俺達の前に配膳して行く。
数量が半端な物もあるので、今日は目の前で取り分ける形式にしたようだが……。
「あれ? リトナさんの分はちゃんと確保してある?」
「いえ、私の事はお気になさらずに」
並べられた物の数量を見るに、買って来た物全てがテーブルに置かれている。そういえば、留守番の人の分も買ってあると伝え忘れていたか。
「まあまあ、そう言わずに。元から留守番をしてくれている人の分も買ってきてたんだから」
そう言いながら、木製のトングを使ってリトナの分を取り分ける。
両親に目をやると小さく頷いていたし、主人の前でリトナ自身の分を取り分ける事なんて出来ないからな。
「まあ、『留守番の人の分を』って言い出したのはお母さんだし、買ったのも運んだのもお父さんだけどね」
「旦那様、奥様、ありがとうございます」
と、出だしこそ多少あったが、今は食事を取り終えてお茶の時間となっている。
「ルクス、魔道具の実験はどこでやるんだい?」
「うーん、自分の部屋でやろうと思ってたけど、みんなが見たいなら二階の広間かな……そこまで危なくは無いと思うけど、不安なら前みたいに中庭でも良いよ」
「いや、二階で良いよ。何かあってもルクスが居れば問題ない気もするし……」
不本意な言われ様だけど、まあ、その通りだな。
いちおう『鑑定』を使いながら試運転するし、暴発とかに備えて、いざとなったらそのまま『収納庫』に入れて隔離する予定だ。
「そうだ、リトナさん。充填待ちの魔道具はどこ?」
「それでしたら、後ほど二階へとお持ちいたします」
「うん、よろしく」
うちで使っている魔道具への魔力充填は俺がやっているが、父の言い付けで補充は月に一度、月と月の間にある休息日と決められている。
それが今日で、魔道具ついでにやってしまおうと思ったわけだ。
しかし、俺がいる間は良いけど……使用人同様に魔力充填にも後継が欲しいよな。
「ねえ、お父さん」
「ん? どうした?」
魔道具の入った木箱を持って二階へと移動する際、父に話を振ってみる。
「新しい使用人の中の一番小さい子がいるでしょ? あの子を少し貸して欲しいんだけど」
「…………もう、そんな事に興味を持ち始めたのか……」
「どんな事かは分からないけど、たぶん違うよ」
「まあ、異性に興味を持つのは悪い事じゃ無いが、その……時と場所をだな。母さんやウルトが居る所で言わなくてもなあ」
後ろをちらっと見ると、鬼の様な形相の姉とニヤニヤした母が……。
「あらあら、シーザーやディルはそういう話を聞かなかったけど、意外とルクスは兄弟の中でも一番男の子だった様ね」
「……ルクス君、不潔だわ」
「私はてっきり年上が好みなのだとばかり思っていたが、本当にノグマスで良いのかい?」
「……ルクス君、不潔よ」
なんだか話しが違う方向に進んでいるが、そういえばノグマスと言う名前だったな。
今は十三歳だったか……みんなが勘繰っている様な事をしたら犯罪だよ?
……まあ、この世界の法律では問題無いんだけどさ。
「よく分からないけど……あの子は魔力を持っているから、訓練したら魔道具の魔力充填位なら出来る様になるかと思ってさ」
姉からの威圧を感じながらも二階に着いて、テーブルの上に魔道具を並べながら話を元の方向へと戻す。
俺もその内に学校に入って、成人したらここを出て行くつもりだから、俺が居なくなっても困らない様にしておかないとな。




