31.冬の日
意識が戻り、二、三と瞬きをするがあまりにも眩しいので再び目を閉じ、瞼越しの光で目を慣らす事にする。
あれから寝ってしまったとして、今は昼くらいか?
感覚から言うと鞄の中に押し込められているのではなく、ベッドで横になっている様だけど……。
と、身体をもぞもぞと動かしてみるが、倦怠感はあるものの痛みは無い。
…………もう少しこのままで時間を過ごすか。などと考えているとノックの音が。
「おはようございますルクシアール様、今日もおしめを換えましょうねー」
この声はリトナか…………って、おしめ?
「ちょっと、おしめって何さ!」
「あ、お目覚めになられたんですね、人を呼んできますからそのままで!」
と、走って部屋を出て行ってしまう。
ひとまず『おしめ』が気になって下半身を確認すると、確かに……。
身体を見るに十歳相当なので安心したが、また赤ん坊からやり直しなのかと一瞬焦ったよ。
ともあれ、このまま装着しているのも違和感があるし、新しい下着を持ってトイレへと向う。
「ふう、すっきりした。しかし、力が何とかって言っていたけど、特に問題は無さそうだな」
普通にドアも開閉できたし、歩くのも問題ない。用を足すのだって何時も通りだ。
漫画みたいにドアノブを握り潰したり、歩くだけで飛び跳ねたりとかはしなかった。
「あ、どこに行ってたんですか?」
「どこってお手洗いだけど……って、みんな集まってどうしたの?」
両親に姉と使用人が数名、そこそこ広い部屋だけどこうも人が多いと狭苦しいな。
「大丈夫? どこか痛いとかは無い?」
「どこか変な感じとかは? どんな事でも違和感があったら言うのよ?」
姉と母が俺の顔や肩口をぺたぺたと触りながら聞いてくるが……。
「あの、状況が良く分からないんだけど」
「なんだ、ルクス。覚えていないのかい?」
「その『覚えていない』が、何を指しているのかが分からないんだけど」
「ん? それもそうか、……鐘の鳴った夜の事は覚えているかな?」
「うん」
「勝手に屋敷を出た事、勝手に緩衝地帯に入った事は?」
「うっ……うん」
『勝手に』を強調するなあ……。
「緩衝地帯で亜人と戦ったのは?」
この辺りはジャントラ達と打ち合わせしたかったんだけどな。
仕方ないから曖昧な答えで濁すか。
「…………何となく」
「ルクスを助けてくれた冒険者、ジャントラさんの報告では、亜人四十体程は魔法で倒されていたらしいから、それはルクスがやったんだろうと言っていたけど」
「…………うーん……」
「ただ、不思議な事にそれ以外の亜人、およそ四百体の死体も確認できた」
「…………」
「さすがにルクス一人では無理だろうとジャントラさんも言っていたが、実際はどうだったのかが知りたいんだけど、何も覚えていないのかい?」
さて、何て答えたら良いんだろうか……。
ここは定番の『あれ? 僕、何かやっちゃいました?』って……いや、無いな。
そもそも会話が繋がってないし。と、悩んでいる振りをしていると、父はそのまま話を進める。
「ジャントラさん達の話を纏めると、ルクスは四十体の亜人を倒した後に気絶。その後、何者かが残りの亜人を倒して去ったという事になるが――」
本当になんとも不可思議な話だな。
「やっぱりご先祖様たちが助けてくれたのよ!」
突然の発言に、ついに姉がおかしくなったのかと思ったが、思い当たる節はあるのでここは乗っておくか。
「ご先祖様って?」
「朝早くに黒い五体の影を見たって領兵の人達が言ってたの。それでみんな斧を持っていたんですって! きっと幼いルクス君を助けるために、ご先祖様達が力を貸して下さったんだわ!」
姉は物語が好きだから、自然とこういう風になるか。
イナルの目論見通りだ。
「まあ、仔細が分からないのは残念だが……ともあれ、ルクスは今日と明日の二日間は大人しくしていなさい、これはお医者様の言付けだからね」
「うん、分かったよ」
「それと、ルクスの行動はジャントラさん達と私達家族しか知らない。対外的には亜人同士が仲違いをしたとか、謎の黒い影のお陰で事態は収拾したと、そういう事になっているから気を付ける様にね」
父のそんな言葉で、皆自ずと部屋を出て行く。
……リトナを除いて。
「それでは何か食べますか?」
「あー、そう言えば、何だかお腹の中が空っぽな気がするな」
「気がするって……そんなの当たり前ですよ」
「……何が?」
「『お腹の中が空っぽ』と、言うのがです。なんせ二日間眠ったままだったんですよ?」
「え? 二日も?」
「ええ、なのでスープとか軽い物をお持ちしますね」
二日……だから『おしめ』だったのか……と、ようやく理解しながらも、食事の準備をしに行くリトナの背中を見送る。
もう無茶はしないとは言えないが、数日混沌する様な事はしないようにしよう。
◆
俺が目を覚ましてから安静日が二日……勝手に屋敷を出た事、勝手に緩衝地帯に入った事に対する謹慎が計四日。
昏睡していた時間も合わせて、亜人達や鬼人と戦ってから八日が経っていた。
「それじゃ、トラル村まで行ってきます」
「ええ、気を付けて行ってらっしゃい。そうだ、何か甘い物があったら買ってきてちょうだいね」
「うん、分かったよ」
父は明後日に控えた収穫祭に向けて領内を奔走している為、外出の報告は母にしたが、ついでに買い物も頼まれた。
あ、甘い物と言えば、闇と命の神ノーツ様への御礼もまだだったな……ついでに良さそうな物が無いか探してみるか。
光と守護の神ルーフ様は食べ物全般で大丈夫らしいから、同じ物でも問題ないよな?
好みは分からないが、他の神様の分も適当に見繕っておくか。
そんな事を考えながら歩いている内に村へと着き、まずは冒険者組合へと顔を出す。
「おはようございます、カルエナさん」
いちおう、組合内に入ってすぐに、俺の担当のカルエナに挨拶をしておく。
挨拶はビジネスの基本だしね。
「あら、ルクス君。もう体は良いの?」
「…………え? 何がですか?」
ここ数日でどんな情報が飛び交っているのか分からないので、迂闊な事は言わないように気をつけないとな……。
「いえね、ここ数日来なかったから、怪我とか病気とかでもしたんじゃ無いかなって」
「ああ、そう言う事でしたか。雪とか家の事とかで、中々都合が合わなくて」
「そうだったんだねー、まあ、無事ならそれで良いんだけど……あ、そうだ」
と、差し出されたのは、……手紙?
「これ、ルクス君の教育係をしてくれた『赤い馬』の人達からの手紙なんだけど、預かってたんだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
手紙の内容は父の話とほぼ同じ内容だったが、『赤い馬』の拠点は西都なので、機会があったら顔を出せと添えてあった。
あの四人組には今回の事で大きな借りが出来てしまったな。
あと、組合に来た目的である依頼の確認もしてみたが、六等級向けの依頼は残念ながら無かった。
まあ、境界外では緩衝地帯だけでしか仕事が出来ないのに、冬と言う時期もあって採集物もあまり無いから仕方の無い事だけどさ。
家では謹慎と言う事もあって監視が付いていたから、緩衝地帯で色々とやりたい事もあったが仕方ないか。
あれ? 緩衝地帯に入るだけなら組合証を見せれば大丈夫なんじゃ……まあ、村まで来てしまったものは仕方ない。
さて、依頼が無いので組合を出て、神殿に寄って祖父母にも顔を見せた。
祖父母は収穫祭で、神殿と施設合同で何かを売るらしく、その準備で忙しそうだったので早々にお暇した。
人手は欲しいが『自分達でやらないと意味が無い』と、手伝いも断られたし。
なんか、町内会とか地域のイベントに手伝いに行ったのに、『ここはいいから、他の所をお願い』と、たらい回しにされた挙句に放置プレイをされた時の気分に近いな。
……なんとも世知辛いですな。




