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帰れなかった勇者の新・異世界生活  作者: 乙三
少年期編
28/79

26.ディドルアの塔


「こちらは教育係への報酬になりますので、ご確認下さい」

「はいよ、確かに」

「あと、宜しければ教育内容や、教育対象の評価なども書いていただけると助かるのですが……」

「ああ、それは私が書くわね」


 俺の方は終わったので、今度は教育係の番だ。って、教育対象って俺の事か……魔法の事とか書かないでくださいよ?

 と、不安だったが、イナルが『大丈夫よ』と口パクで……宜しくお願いします。



「それで、明日以降はどうするの? あと四日分までなら組合の方で教育係の費用は持てるけど」

「僕としてはまたジャントラさん達にお願いしたいですが……商隊の人にさっきの話をしに行くんですよね?」

「そうだな、それの結果次第って所かな」

「じゃあ、私が教育係になってあげるよー」

「いやいや、サジュアも俺達の中の一人だからな?」


 カルエナの質問の答えはジャントラ……と言うか、その雇い主の意向による。

 俺がいくら希望した所で、雇い主が出立すると言えばジャントラ達はそれに従うしかない。そもそも優先するべきなのはあちら側で、俺の方は『暇だから』程度だろう。



「じゃあ、僕の方は今日と同じで、朝来て教育係が居なかったら一人で……という事で良いですか?」

「うーん、出来れば一人行動は避けて欲しいんだよね」


 おや、カルエナの方から待ったが掛かった。



「何かあったんですか?」

「今朝戻ってきた冒険者さんの話では、森の様子がおかしいらしいの。個体数とか分布とか、ちょっといつもと違かったって言ってたから」

「でも、森まで行くわけじゃありませんし……」

「まあまあ、落ち着けって。俺達の方も大丈夫そうならまた教育係を受けてやるから、一日二日位は様子を見たって良いじゃねえか。それにこういう情報や忠告を受けるのも長生きの秘訣だぞ」


 ジャントラの言い分はもっともだ。仲裁なんて嫌な役をさせてしまい申し訳ない。



「…………はい、分かりました。カルエナさんもせっかく情報を教えてくれたのに、すみませんでした」

「いいのよ、これも今は不確かな情報だから。これから戻ってくる人達の話を纏めてみないと詳しい事は分からないし」


 ちょっと冷静さを欠いているな、未開拓地の怖さは子供の頃から両親祖父母に言い聞かせられているじゃないか……。

 情報が集まるまでの時間なんて大した事無い……勘違いならそれで良いんだ。

 


「ジャントラさん、さっきはありがとうございました。どこか焦っていたようです」

「冒険者になったばかりだもんな、気持ちは分からなくもないさ」

「明日は朝に来て誰もいなければ、大人しく本でも読む事にします」

「だな、いい判断だ。っと、イナルも書き終わったみたいだし、俺たちは行くな」

「はい、今日はありがとうございました」



 出来れば、この人達にまた同道して貰いたいが……と、次いで俺も組合を後にする。

 さて、日没まではまだまだ時間があるので、気持ちを切り替えよう。

 まずは神殿に寄ってから、木工職人のベルナールの所へと向った。

 リバーシの製作では世話になったし、その後も何度か足を運んだが今回は間が空いているしな……。



「どなたかいますか?」

「はいよー、ちょっと待ってねー。…………はい、お待たせーってルクス君じゃないか」

「ご無沙汰してます、お元気でしたか?」

「ああ、そっちも元気そうで何よりだ。今日はどうしたんだい?」

「少し顔を見に……というか、これは何ですか?」


 いつも木片などが散らばっており、お世辞にも綺麗とは言い難い店内だが、今は大量の木箱で埋め尽くされている。



「これはあれだよ『りばーし』、いつもはすぐに持っていってくれるんだが、今回は少し待って欲しいと言われてね」

「それでこの状態なんですね」

「引き渡さないと支払いもされないから困ったものだよ」


 『組合内に在庫が無い作戦』じゃないか? これ。

 今度ジャントラ達にあったら教えてやろう。いちおう俺にも売買権は残してあるから、組合が売らないなら俺の方から流してやるだけだ。



「それで? 本当に顔を見に来ただけなのかな?」

「特に急ぎって訳でもないんですが、リバーシの権利も切れるし次の物を作っておこうかなって」

「なるほどね……それは、また何か楽しい物かな?」


 今回もリバーシの時と同様に、木片に炭で簡素な図を描き説明する。とは言っても今回頼む物は簡単な物で、直径十センチ程度の半球だ。

 これで何が? とベルナールは言いたげだが、その表情からは期待が薄っすらと見て取れる。



「これだけかい?」

「ええ、あとはリバーシの駒が相当数あれば」

「ふむ、とりあえず半球の物を作ってしまおうか」


 リバーシの時もだったけど行動が早くて助かる。

 しかし、店内にある簡単な作業場ではなく、建物の奥にある設備の整った場所で作るようで、俺は一人取り残される。

 なんとなく足元や壁際に転がっている木材を見ていると、奥からは作業音がし始めた。

 しかしこの音は旋盤? ……いや、技術レベルから考えると木挽きろくろか? そんな物まであるんだと言う驚きはあったものの、一定のリズムで削られていく木の音はどこか心地良い。

 ――その音をBGMに、木片を積み木にして遊び始めて少し、ふいに音が止む。



「ルクス君、お待たせしたね。こんな感じでどうだろう」

「うん、良いと思いますよ」


 曲面を下にして台に置き、指で突付くとゆらゆらと揺れる。うん、想像通りだな。


「それで、その後ろにいる女の子は? 娘さん?」

「いやいや、私は一人身だよ。この子は……言うなれば弟子だな」


 へえ、弟子を取ったんだ。

 歳は俺より少し上か、赤寄りの茶髪を後ろで纏めていて、子供の頃のベルナールと言った感じだ。

 ほんとに娘さんじゃないんだよな?

 ……しかし、どこかで見たような気が。うーん、思い出せない。



「ルクシアールです。ベルさんには事ある毎にお世話になってまして……失礼ですがどこかで会ってます?」

「おいおい、初対面の女性をいきなり口説くとは、いやはや男になったもんだな」


 おい、人聞きの悪いこと言うな。

 そんなに肉食系じゃないぞ俺は……たぶん。



「ジルーフです。何度かお会いしていると思います……お話しするのは初めてですが、テオドール様やエレーネ様にもお世話になってますし、ルクシアール様の事も何度か見聞きした事があります」

「爺ちゃんや婆ちゃん……ああ、神殿の」


 そう言われればそんな気がする……しかし、知っている人物の名前を出して信用させるのは詐欺の常套手段だ。

 『あはははは。あなた、まんまと私に騙されちゃったのよ』

 とか、こんな純朴そうな子が言うのかよ。……世も末だな。

 ――なんて想像は置いておいて、話を進めるか。


「神殿預かりの孤児だったが、すこし縁があってね。もう二年ほど働いてもらっているんだ」

「そうだったんですか、ジルーフさん、今後ともよろしくお願いしますね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 一通りの挨拶を済ませた所で、ベルナールにリバーシの駒をお願いする。



「別に製品じゃなくても良いですよ、失敗した物でも大丈夫ですので」

「端が欠けたりしていても良いのかな?」

「はい、問題ないです。あと真四角の立方体……正六面体で一から六の……なんて説明すれば良いんだろう」


 サイコロが欲しいけど、どう説明した物か……。



「もしかしてデッチンの事ですか?」

「デッチン?」


 ジルーフが「これですよ」と作業台の引き出しから取り出した物は、正真正銘サイコロだった。


「そうそう、これ。ベルさん、これの数字が書いてないのってすぐ作れるかな」

「その位なら……そうだな、ジルに任せるとしようかな」


 ジルーフは「はい」と元気良く返事をすると、床に転がっていた端材から、いとも容易くサイコロを作り上げる。



「数字は入れなくていいんですか?」

「一から三までを、同じ数字が対面になる様に入れてくれる?」

「…………はい、これで良いですか?」


 ちゃんと角も落としてあるし、何度か振ってみた偏りも無いし大丈夫そうだな。


「うん、大丈夫そうだね。ありがとう」

「こっちも駒の用意が出来たよ。しかしこれをどうするのか……」



 これもリバーシ同様に実演を兼ねて遊ぶ事にする。

 サイコロを振り、出た目の枚数だけ半球体の上に駒を重ねていく。

 地球にあったバランスゲームに属する物だな。


「あ、三……ふう、次はベルさんですよ」

「こんなに傾いて……、一だ、一こい! ……二か」



 震える手で一枚のせ、もう一枚といった所で積み重なった駒がバランスを崩す。


「あ、待ってくれ、あ、あーー!」


 ベルナールの懇願も空しく、積み上げた駒が床に散らばり、その横で頭を抱えたベルナールが転がり回る――。



「――と、こんな感じですが、どうでしたか?」


 少し経ち、落ち着きを取り戻したベルナールとジルーフに感想を聞いてみる事に。


「この緊張感はなんだろうな、『りばーし』とはまた違った面白さだ」

「私も緊張しましたが楽しかったです」

「それは良かった。今回の物は複数人で遊べる物をと考えてみました」


 姉のウルトにも、リバーシの待ち時間がつまらないとクレームが来ていたからな。

 特に奇数の人数だとどうしても暇な人が出てくる。

 そこで多人数プレイが可能な物を考えてみたが、ここの二人には好評な様だ。



「私はあれを思い出しました、ディドルアの塔」

「あーなるほど、確かに」

「ディドルアの塔?」

「はい、昔あった国の王様ディドルアが国民に命じて塔を作らせるお話です。国王自身の威光を知らしめる為の塔だったんですが、あまりに高く作った為に日に焼かれて溶けて崩れ、国王や国民は塔の下敷きに……そういったお話です」

「身の程を(わきま)えずに天へと挑んだ愚か者の……、戒めの物語だろうけどね」


 なんだかイカロスとバベルを合わせた様な話だな。

 しかし、どこの世界にもこういう話はあるのか……、あと千年ぐらい経てばこう言うのも神話になるのかな。



「そんな話があるんですね……じゃあ、これの品名は『ディドルアの塔』かな」

「随分と皮肉めいているが大丈夫なのかい?」

「ダメならダメで登録できないでしょうし、そうなったらその時にまた考えますよ」


 なんだか簡単に出来たな。

 まあ、簡単な物しか思いつかないだけなんだろうけど。



「それで、この制作費用はいくら位でしょう」

「そうだな、半球の台座に駒は五十もあれば十分だろう。あとサイコロ(デッチン)か……銅貨二枚かな」


 ちらっとジルーフの方を見たので、彼女の制作費も入っているのだろうな。

 たぶん冒険者組合と同じで、少し多めになっているんだろうが問題ない価格だ。



「これから商業組合に行って登録したあと、僕はそのまま帰りますが……もう一組作らなくても大丈夫ですか?」

「ん? 何でもう一組……ああ、すぐ作るからちょっと待っていてくれ」


 支払いと同時に促してみたが、ベルナールはすぐに気付いてくれた様だ……リバーシの件もあったしな。


「あ、ベルさん、僕にももう一組お願いします」


 奥から返事が聞こえた……良かった聞こえた様だ。



「あの、何でもう二組必要なんですか?」

「登録したら勝手に作れなくなるでしょ? ここで二人が遊ぶ分も作ったらって話だよ」

「ああ、なるほど。さっきの話はそう言う事だったんですね」

「ちなみにもう一組は、僕の所の使用人用ね」


 ベルナールの作業が終わるまでの少しの間、ジルーフがここでどんな事を学んでいるのか、どんな物を作れる様になったのかを聞く。

 最近は(くし)を作っている様で、ベルナールから合格を貰った物だけを店頭で販売しているらしい。

 いちおう『鑑定』で見てみると全て『七』だったので、現状、この子の技量で作れる最高の物が『七』なのだろう……ベルナールも案外厳しいな。

 とはいえ、お土産に丁度良いのでこの子の作った櫛を四個買う事にする。

 一個銅貨一枚だが、ベルの店なのだから法外な値段という事は無いだろうし。



「いやいや、お待たせしてしまい悪かったね」

「いえ、お土産も買えたし、良い時間を過ごせましたよ」

「その櫛を買ってくれたのか、……まだまだ見習いの作だが、品質は保証するよ」


 櫛の代金と合わせて追加分の支払いを済ませ、それから少し雑談をしたあとベルナールの店を出て商業組合へと向う。

 登録の件もだが、リバーシ関連の動向も気になるからな。


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