02.新しい家族
書くのは初めてですので、不備がありましたらお願いします。
――意識が徐々に戻り、まぶた越しに光を感じる。
窓が開けっ放しだったのか? ちょっと肌寒い気もするが、体が火照っている様なので頬を撫でる風も心地良い。
「朝食の準備が出来ましたぜ」と、宿屋の主人が起こしにくるまで、もう少しだけ眠る事にするのもありだな。魔王は倒したし、もう魔王軍の襲撃を警戒する必要も無い。今は久々の安眠を……。
――いや、違う。
ギアニカの魔王を倒して、日本に帰れないと聞いて…………。
そうだ、神様達と生まれ変わる話をして……意識の覚醒と共に、これまでの記憶を辿る。
もう転生した? ゆっくりとまぶたを開くが、光が強すぎて良く見えないし、体も動かし辛く力が入らない。
うーん、転生した後だとすれば、赤ん坊になっているって事か? 現状を確認しようにも、首が動かないので体や周囲に視線を向ける事が出来ない。
しかも、視界は明暗が分かる程度で不鮮明。分かる事と言えば、体に感じる重力から何処かしらで横になっている事位だ。
さてさて、この状況……どうするか。赤ん坊になっていると仮定すれば筋は通るが、結論を出すにはまだ早いだろうし、魔法か何かで…………そうか、魔力か。
幸いにして、体内に魔力を感じる事が出来たので、ギアニカでやっていた魔力系の鍛錬方法を試してみる事にした。
まずは魔力を体内で動かし、それを広げ全身に行渡らせる。
元々は、細胞一つ一つに魔力を馴染ませて貯蔵タンク代わりにし、体内の魔力保有量を上げる為のものだけど、魔力が行渡る感覚から全体像をイメージすれば、現在の体の形状が把握できるだろう。
魔力に慣れてない体なので、魔力を動かすのにも広げるのにも苦労はしたが、大体は理解できた。
大きめの頭部、それに不釣合いなほど小さな胴体、縮こまっている手足。やはり赤ん坊の体だよなこれは……性別は男か。
魔力を体外に放出し、その反響から周囲の状況を知る探知系の使い方もあるが、魔力に敏感な生物が居ると困るので今回は止めておこう。
もうちょっと視界がハッキリすれば良いんだけど……赤ん坊の目ってどの位から見える様になる物なのだろうか。日本でもギアニカでも結婚してなかったから、こういう知識に疎いのが悔やまれるな。
そう色々と考えている内に、眠気に襲われたので素直に従う事にする……頭を使いすぎだな。
それに、現状で出来る事といえば、魔力の内循環で総魔力量を増やす事くらいだし、周囲の状況を知れたとて、赤ん坊の体じゃ何も出来ないに等しい。
なので、他は追々という事で今は素直に眠ってしまおう――。
◆◆◆
「うあー」
転生してから体感では二ヶ月位か……今日も今日とて、赤ん坊ライフを満喫中だ。
食事である母乳と排泄には未だに抵抗があるものの、何とか生き残っている。ちなみに今の発声は排泄を伝える合図だったりする。
体重の方は徐々に増えている様で体が重く、順調に成長しているはずだ。とりわけ、これまでで一番の変化といえば、視界に色が付いてきた事だろうか。
お陰で、周囲の人間のほとんどが金髪碧眼で、おおよそ日本人らしからぬ外見という事が分かった。
先程の声でおしめを変えてくれている女性……メイドA(仮)も、少し暗めだが金髪だし青緑の綺麗な瞳をしている。
それと、まだ焦点距離が短いので遠くにある物はぼやけてしまうが、身の回りの風景から生活というか文明の水準も見て取れる様になった。
灯りは蝋燭なので、電気は無いか普及していない。俺が寝ているベッドや桶など、細々とした物を見渡しても、金属や木製品ばかりなので、プラスチック等の化学製品は無いと思う。
恐らくは産業革命前、それこそ地球の中世とかそんな文明レベルだろう。家やこの部屋を見ても、使われているのは木とレンガがメインだし、窓ガラスの無い窓とかね……空気が凄く冷たいので、おそらく時期は冬だろうが、それなのに木戸だけの窓とか厳しすぎる。
まあ、勇者として過ごした世界、ギアニカも同程度の文明レベルだったので慣れたものだけど……壁や屋根のある場所で寝られるだけましだよな。
それに、木材やレンガの様に自然由来の材料は、なんとなく落ち着くので好きだ。
ああ、周囲の変化といえば、ずっと隣で寝ていた人……恐らくは母親であろう人が、最近になって軽い運動を始めた事もだ。
産後の母体は、安静にしなければならない期間があると聞いた記憶が……多分……あったと思うので、それが終わったのだろう。最近は俺を抱きかかえて、家の中を散歩する頻度が多くなっている。
お陰で色々な物が見られるし、様々な情報を欲している俺としてはありがたいが、母親なのであれば、あまり無理はしないで欲しい。
で、その母親(仮)から話し掛けられる言葉の中に『ルークス』『ルクス』という単語が高頻度で混ざっている。俺の名前か『赤ちゃん』か……母親(仮)の名前や『お母さん』『ママ』みたいな言葉かもしれない。
ギアニカでは、翻訳スキルというのがあったので言語に苦労しなかったが、ここでは苦労しそうだ。
「□□、□□□□□、□□□□」
「□□、□□□□□ルゥクス、□□□□」
「ルクス□□、□□□□□□□」
布製のおしめが滞りなく交換され、母親(仮)とメイドA(仮)が何かしらの会話をしている。言葉は聞き取れるが、それが何を意味しているのかが分からないので、未だに言語は分からない。
こういうのってどうやって覚えるのだろうな……日本語対応の辞書とかあれば便利だが、そんな可能性はゼロだろうし、育児経験の無い事が口惜しい。
まあ、赤ん坊の段階では自発的な行動は殆ど無理なんだし、なる様にしかならないか。
◆◆◆
そんな生活を続けながらも年月は流れ、俺もようやく三歳になった。
「おはようルクス君、三歳の誕生日おめでとうー」
と、眠りから覚めて上半身を起こした所で、隣で寝ていた姉に言われたのだから間違いない。
「……お姉ちゃん、おはよう……って、なんで同じベッドで寝ているの?」
「もうお父さんもお母さんも起きちゃって寒いから……」
生後一年程は、壁も厚く暖炉も備わっている部屋で生活していたが、二足歩行が可能になり始めた頃からは両親の寝室で寝起きをしており、俺は父親と、この姉ウルティアナは母親と同じベッドで寝ている。
姉の上にも兄が二人いるが、その二人は子供部屋を与えられて、そこで寝起きをしている。姉の部屋もあるが、さすがに五歳での一人寝は怖いのだろうか、寝る時だけはここに来ているのが現状だ。
「朝晩は、ずいぶんと寒くなってきたし……仕方ないか」
「そうだよ、仕方ないんだよー」
と、言い残し、俺が起きた事で捲れた布団を掛け直して、もぞもぞと潜って行く……。
この国にも、日本ほどハッキリとはしていないが四季があり、俺が生まれたのは晩秋や初冬といった季節で、朝晩の冷え込みはきつくなってきている。
昨年は雪が多めで大変だという話も聞いたし、あと何年ここで過ごすかは分からないが、何かしらの暖房や防寒対策は考えたいところだな。
あれこれ考えながら厚手の服に着替え終えたので、未だにもぞもぞ動いている姉に声を掛ける。
「僕、準備が終わったから朝ごはん食べに行くけど……お姉ちゃんはまだ寝てる?」
「ああー、私も行く! でも、着替えたいから私の部屋に寄ってね」
「これも仕方ないのかな……あ、その前にトイレ」
部屋には、三歳の俺用におまるが置いてあるが、使用に関して俺にはレベルが高すぎるので、まだ一度も使った事がない。
肉体に精神が引っ張られている感覚はあるものの、これでも中身は五十を越えている。さすがに仕切りの無い場所で用を足すのには抵抗があるのだ。
トイレ、姉の部屋と寄り道をしてから大広間に行く。最近は寒くなってきたので、食事場所は暖炉の無い食堂から大広間へと移っている。
「お父さん、お母さん、おはよう」
「お父さま、お母さま、おはようございます」
「ああ、二人ともおはよう。それと、ルクスはお誕生日おめでとう。もう三歳か……早い物だな」
「おはよう、ウルト、ルクス。ルクスは誕生日ね、おめでとう。それにウルトも連れて来てくれたのね、偉いわ」
「違うわよー、わたしがルクス君を連れてきてあげたのー」
部屋に入って、まずは両親に挨拶をする。
父親の名はドリアル・ディアレ、三十四歳。
いま住んでいるこの国『ガルディベール王国』の貴族でディアレ家の当主だ。
爵位はグラウというらしいが、本や会話で得た情報と序列を考えた結果、脳内変換で男爵相当としている。
母親の名はレジーナ・ディアレ。年齢は父ドリアルと同じだが、年齢の話はタブーになっている。何処の世界でも同じなんだな……。
両親共に金髪碧眼で整った容姿をしている、精神面は至って温和。抜けている所も多いけど、良い両親と言って問題無いだろう。
「お爺ちゃんとお婆ちゃんもおはよう」
「お爺さま、お婆さま、おはようございます」
昨日から、祖父テオドールと祖母エレーネも、家に来ている。
この人達は父ドリアル方の祖父母で、先代の当主だ。普段は別居しているが、俺が三歳の誕生日と言う事で、ドリアルが呼んだのだろう。
「おお、二人ともおはよう。朝の挨拶もちゃんと出来て偉いな」
「ウルトちゃんも、ルゥクスちゃんもおはよう。ルゥクスちゃんは三歳のお誕生日おめでとう」
祖父テオドールもグラウ……男爵位を持っているが、家督と領地を父に譲って以降は隠居生活している。
爵位は王から賜るが、家督や領地の譲渡は各貴族に一任されている様だ。当然報告はしないと駄目なんだろうけど。
祖父母共に五十代なので、まだ隠居には早い気もするが、領内で畑を耕したり村の子供に読み書きを教えたりと、充実した日々を送っているらしい。
「シーザー兄ちゃんにディル兄ちゃん、おはよう」
「シーザー兄さま、ディル兄さま、おはようございます」
「ウルトにルクス、おはよう。ルクスは三歳のお誕生日だね、おめでとう」
「二人ともおはよう。ルクスも三歳か……ちょっと前までは赤ちゃんだったのにな」
長男のシーザベルトは、両親に似て気質は温厚、外見も整っている。
本が大好きで、俺も文字を教えて貰う事が多い……十二歳ながらも落ち着いており、その上サラサラな金髪でイケメンとか……勝ち組決定だな。
次男のディルナートは頭を使う事が苦手で、本を読むよりも剣を振るっていた方が好きなタイプだ。でも、十歳と言う年齢を考えれば、やんちゃっぷりも歳相応か。
兄シーザーと双子かと思うほどに似ているが、こちらは短髪。ちょい悪な雰囲気のイケメンってモテるんだよな。
そして、朝の挨拶を一緒に回っていた姉、ウルトことウルティアナ、五歳。
無邪気と言う名を冠した人形の様な容姿と性格で、一番子供らしい子供だろう。
何故か俺に構ってくる事が多いが、嫌味を感じさせないのは、その容姿と性格ゆえなのかもね。
最後に俺ことルクシアール、三歳。ちゃんと発音すると『ルゥクシィーアール』となるので、小さい頃は『ルークス』『ルゥクス』と呼ばれていたが、姉が『ルゥ』と言えなかったので『ルクス』となり、それが皆にも定着した。
外見はそんなに悪い事はない……だた、上の三人が整った美形揃いなのに比べ、若干たれ目な俺は『ちょっと抜けてる顔よね』とか『ふにゃっとしてる』などと言われてしまう。
まぁ、吉田大吉が三歳だった頃と比べたら雲泥の差なので、これでも十分に満足しているが。
祖父母に両親、兄が二人に姉が一人。そこに俺を合わせたのが、この世界アスルタでの家族、ディアレ家だ。
母親方の祖父母には会った事は無いが、御存命でどこぞの領地の現役領主様なのだとか。
いつかは会って挨拶をとも思うが、嫁に出した娘は他家の者になるので、そうそう会う機会は無いらしい。どの世界にも色々と柵があるものだな。
ほぼ、何時も通りに家族への挨拶を済ませると、メイドさん達が朝食を運んできたので、俺も椅子に座り配膳されるのを待つ。
本来は椅子を引いてもらう様だが、面倒だし、なにより子供だし。
それに祖父の代から、そういう面倒な事しない様にしているらしく、それを父も引き継いでいる。
もちろん客人がいた場合は別なんだろうけど、普段から格式ばっているよりは気が軽い。
「さて、今日でルクシアールが無事に三歳となった。これからも家族として、皆で互いを支えあっていこう。……乾杯」
父ドリアルの音頭で飲み物に口をつける。
三歳の誕生日は特別な日なのでちょっぴり期待したが、……何時も通りの水でした。
俺が住んでいるガルディベール王国の文化形態では、基本的には毎年毎年誕生日で祝ったりしない。特別な事があるのは、一・三・十・十五歳の四回だけだ。
一歳の誕生日には、無事に一歳を迎えられた感謝をと、変な儀式的な事をしたが、それは当然覚えていない事にしている。
三歳になると、神殿に行って神様の加護や恩恵を貰う。「神様とかどんなファンタジーだよっ」と、突っ込みたくなるが、俺自身も大概ファンタジーだし、神様にも直接会っているしね。
で、その加護如何によって今後の進む道を大雑把に決める様なので、お祝いと言うよりは、子供の貰った加護や恩恵から親が今後の教育方針を決める。そんな意味合いが大きい様だ。
十歳は半成人。職業によっては働く事が許されるので、独り立ちが可能な年齢となる。冒険者や商業組合への登録が出来るのも、この年齢からだ。
十五歳は成人。大人として扱われ、土地や家庭を持つなど色々と出来る様になるが、大抵の場合は二十五歳位までには家庭を持って第一子を……と言うのが、一般的らしい。
「さて、食事も終わった様なので、ルクスは神殿に行く準備を。他にも行きたい者がいれば、各々に準備をしてきなさい」
「わたしも行くー」
ウルトの同行宣言に、皆、やっぱりか……と、言う様な顔をしている……。
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