17.冒険者
両親と兄姉、使用人達との関係も良好なまま数年経ち、俺も十歳になった。
両親は共に健在で、期待した弟か妹は増えなかったものの、仲睦まじいのは相変わらずだ。
うん、変わりないのが一番だね。
長男のシーザーは貴族学校を卒業し、今は父に付いて領営を学んでいる。家も少し離れた場所で一人暮らしをしている……もちろん使用人は居るけど。
次男のディルも無事に貴族学校を卒業し、今は領軍の新米指揮官候補として日夜訓練に明け暮れている。こちらは領軍の宿舎に入る義務があるので、今頃はむさ苦しい寮生活を満喫しているだろう。
二人とも卒業と同時にグラウ、男爵位を得ているのでもう立派な貴族様だ。
とは言っても略式なので、任官するか領地を継ぐかしないと正式な爵位としては認められない様だけど……男爵(仮)みたいな物なんだろうな。
貴族学校が『家を継ぐ為に必要な知識を得る場所』と考えれば妥当な所か。
姉のウルトは来年入学予定だが、女性に爵位は貰えないらしい……女性蔑視だと某団体に怒られるんじゃないかな。
まあ、女性の場合は将来の旦那候補との目通し的な意味合いが強いそうなので、『同年代の男連中に顔を覚えられろ』ってのが目的なんだろう。
……そういえば兄達は嫁候補を見付けて来たのだろうか。
兄姉達は各々に自分の人生を歩み始め、接点が少なくなって寂しくもあるが……今後の展望に期待と応援をしていこうと思う。
そして俺、ルクシアールはと言えば……。
「それじゃ、ちょっと行ってくるね」
「ええ、気をつけて行ってらっしゃい」
「馬車とかで行った方が良いんじゃないのか?」
十歳になって最寄りの村……トラル村まで一人で行く事が許される様になった。
今日は始めて一人で村に向うのだが、母と違って父は心配しているよ様だな。
「大丈夫だってば、ちゃんと日没までには帰ってくるから」
一人行動が許される様になったと言っても、所詮は十歳。
外出、帰宅時の報告に、日没までの門限付きなのは妥当な線だろうな。
とは言っても、十歳と言えば半成人として扱われる。これでようやく次の一歩が踏み出せる――。
トラル村にある冒険者組合。寄ろうとしている場所は色々とあるけど、俺は村に着いて真っ先にここへ来た。
商業組合とドラッツ親子の金物屋、そのほぼ中間にあり何度も前を通ってはいたが、年齢の事もあり入る事は今まで無かった。
木戸を開けて中に入ると、まだ朝と言える時間だが室内は活気に満ちていた。
貼り出された依頼書を吟味する人達、備え付けられた机での談話、がちゃがちゃとなる装備品。
今まで接する機会が無かった世界、そしてどこか懐かしいこの喧騒に心が躍る。
「ようこそ冒険者組合へ、本日はどの様なご用件でしょう」
周囲を見渡しながらもカウンターまで歩みを進め、受付嬢から投げかけられた質問に対しての答えは勿論。
「登録をお願いします」
「ご登録ですね、それでは左端の窓口で手続きを行いますので――」
との案内に従い移動する。
「ご登録ですね、私はあなたの担当となります、カルエナです。よろしくお願いします」
猫耳だー! 凄いよ! こんな所に居たんだっ!!
獣人は結構見掛けていたけど、猫科の人は居なかったので半ば諦めていたが……神様ありがとう。
「……はい、よろしくお願いします」
「では、こちらに記入を……代筆も出来ますがどうします?」
「あ、文字は書けるので大丈夫です」
名前に年齢、それと特技に得物か……。
「あの、得物は武器の事だと分かるんですが、特技と言うのは……」
「何が出来るかですね。『技能』があればその名前を書いてくれれば良いですが、『技能』が無くても……例えば文字の読み書きとか計算とかも書いてくれると、仕事の斡旋とかで有利になると思うよ」
「あと、名前ですが本名だけしかダメですか?」
「うーん、登録名だから何でも良いけど、変更出来ないから変な名前にしたら後悔するよ?」
なるほどね、それなら名前はルクスで、特技は識字と計算……あと風の基本魔法位は書いておくか。
得物に関しては剣・槍・弓など、勇者時代に一通りの武器は使っていたし、当然知識もあるけど……この世界では使った事がないからな。
いま持っている知識を十歳の体で再現できるかも分からないから、とりあえずは剣にしておいて当分はソロでの活動をしながら慣れていけばいいか。
「はい、出来ました」
「それでは確認しますねー、ルクス君ね…………この識字はどの位?」
「イラデオ文字は大丈夫ですし、ロフシート文字も大抵の物なら読み書きできますよ」
「一応、この書類を声に出して読んで貰える? …………うん、本当だったね、ごめんなさい」
「……いえ、気にしないで下さい」
そこは『ごめんなさいにゃ』って言って欲しかった……。
ともあれ、仕事を任せる以上は能力の把握をするのは当然だし、何より相手がこんな子供じゃ確認もしっかりとしないとね。
「この計算というのは…………一つ小銅貨三枚の薬草を二十個買ったらいくら?」
「銅貨一枚と小銅貨十枚です」
「それを十回繰り返したら?」
「小銀貨一枚と銅貨二枚です」
「こっちも大丈夫だね…………風魔法?」
「はい、風と自由の神ベンク様から恩恵を賜っていますので」
「試しに……危なくないヤツってここで出来る?」
「ええ、大丈夫ですよ……」
と、カルエナに人差し指を向けて……。
「風よ、巻いて集いて玉となれ……風弾」
「うわっぷ」
球状にした風をカルエナの顔に当ててみたが……そこは『うにゃ』って……くそっ。
所持している本『基本魔法大全』には詠唱文も書いてあったので、人前で使う事を想定して覚えておいたけど正解だったな……恥ずかしいので普段は言わないけど。
「うう、……えっと、これでどのくらい? うーんと、最大で使ったらどうなる?」
少し乱れた茶色い髪を手櫛で整えながらも、風魔法について聞いてくるが……最大でやったら? 人の五体が千切れてばらばらに弾け飛ぶとか、この村を壊滅させる事くらいなら余裕ですよ。
なんて答えじゃダメだよな……こういうので間違えると、後々面倒になりそうだし。
「……人を少し吹き飛ばすくらい?」
「ん? ……その位なら殺傷性はあまり無い……っと。使える魔法は全部こんな感じ?」
「そうですね、暑い時に涼むのに使ったり」
「そう、……なるほどね」
うん、上手くいった様だな。そろそろ詐欺師とかの技能が増えるんじゃないか心配だ。
「武器は剣……今は持ってないの?」
「ええ、登録が済んだら買いに行こうかと」
「それなら問題ないかな……うん、書類も大丈夫なのでこれで登録手続きをするね」
「はい、よろしくお願いします」
「これで手続きは終了で、ただ今からルクス君は冒険者となりましたー。おめでとうございます」
と、拍手のジェスチャーをする。
「いちおう新人向けの研修もあるけど、どうする?」
「えっと、どんな物なのか聞いても良いですか?」
「基本的な知識は組合内にある本に書いてあるから……ルクス君なら大丈夫でしょ?」
「ええ、大丈夫です」
「あ、本を見るのは自由だけど、持ち出しは禁止だから気をつけてね。罰則もあるから」
まあ、本は貴重だから転売とかも気をつけないとダメだろうし。
「で、知識はいいとしてそれを使う実践の機会を、組合側で用意しますよって事なのよ」
「はあ……」
「要は、先輩冒険者に依頼を出して、実際に外で色々と教えてもらうの。簡単に言えば教育係みたいなものかな」
「それは良いですね、でも依頼料とかは」
「そういうのは全部、組合が出すから心配ないよ。有能な冒険者が増えれば組合としての利益にもなるしね」
「そうですか、…………それならお願いしようかな」
「そう? それなら時間とか条件の指定ってある?」
よく分からないので、いちおう日没には帰宅しないとダメな事だけ伝えておいた。
依頼書の製作に少し時間が掛かると言うので、その時間を使って金物屋へ行って武器に使えそうな物があるか探さないと。
いけ好かない鍛冶屋もあるけど、あそこは最後の手段だな……あまり質も良くないし。




