16.揚げチポリ
「ルクス君、起きてるー?」
自室を与えられてから十数日、毎日の様に繰り返されるこれにも慣れてきたな。
そして、返事も聞かずに部屋へと入ってくる姉も。
「やっぱり窓があるのって良いねー」
「そういえば、お姉ちゃんの部屋は窓がなかったっけ」
俺に宛がわれた部屋は離の二階、倉庫区画の最奥で三方に窓がある角部屋だ。
窓を全開にすれば風が通り抜ける快適な構造だが、階下は洗濯場だし冬場は寒そうだ。
「部屋、代わってあげようか? ここで寝られるならだけど」
「うーん、それは無理かなー。そんな事よりも朝ごはん行こ?」
『たまに』とは言っていたけど、姉はまだ両親の寝室に潜り込んでいる様だし、ここでの一人寝は無理だよな。
そんな姉に手を引かれ、何時もの通りに食堂へ。
すでに配膳は済んでおり、朝の挨拶もそこそこにして席につく。
最近の朝食は、パンと具沢山のスープが定番となっている。パンも黒ではなく茶色で、多少は食べ易くなってきた。
これもリバーシ様のお陰だな。
前にトラル村で見掛けた物は、銅貨二枚で売られていた。
確か、量産体制が整って、諸経費を合わせても銅貨一枚半前後で出来る様になったと聞いたので、およその純利益は小銅貨二十枚。
その十五%……小銅貨三枚がうちの取り分となる。少ない様にも感じるが、今では組合を通して世界各国で売られているので、十五%と言えども馬鹿に出来ない額を稼いでくれている。
権利の失効まではあと五年近くあるので、俺が十歳になる頃までは安泰だろう。
朝食を食べ終え、お茶を飲みながらまったりしていると、ふいに父から予定を聞かれる。……このあと両親と姉が村に行くから、俺はどうするんだ? という事だろう。
「うーん、留守番かな……本でも読んでるよ」
「えー、ルクス君もいこうよー」
「でも、お姉ちゃんの服を作るのに行くんだから、僕が行っても仕方ないし」
……というか、落ち着いて本が読みたい。
別に邪険に扱うつもりは無いが、朝から晩まで一緒だとさすがに……姉も本を読むなら別だけど、残念ながらそんな大人しい性格では無いからな。
そう言う訳で、一人だけ留守番する事にした……キーシャ、メルア、バーノンと、これから眠るだろうリトナは居るけどね。
「じゃあ、僕は部屋に居るから、何かあったら呼んでね」
と、いちおう留守番隊長のキーシャに声を掛けてから部屋に戻る。
母が出掛けるのにキーシャが留守番とは珍しいが、サリスに経験を積ませる為だろうな……キーシャも五十代だし、後継は育てておかないとね。
年功序列で言うと後継候補はメルアだけど、秋は居ないので常勤とは言えないし、バーノンは料理人だしで、結局サリスにお鉢が回った訳だ。
何でも出来るハストも六十代だし……人材不足が深刻だな。
まあ、そういうのは父さんが考えれば良い事なので、俺は俺で予定通りに読書を楽しむ事にする。
「ふむ、ユクシクス草とバエロッテ草とヨウネジ草を、一対一対二で混ぜれば解熱剤か……」
読んでいるのは雑貨屋で買った調合の本で、序盤の調合に関する知識、中盤の道具の説明を経て、ようやく調合レシピまで来たわけだが……ユクシリクス草もバエロッテ草もヨウネジ草も知らないよ。
何となく、開いている窓から中庭に生えている草に『鑑定』をしてみる。
エルギヒス草『七』・一年生植物で世界各地に自生し、家畜の飼葉や庭草など幅広く利用されている。繊維質で食用には適さない――。
『食料庫』の実験でも使った草だが……まずは植物図鑑から覚えないと始めないとダメだな。
しかし、ただの雑草だと思っていたのに『七』とは、やるじゃないか。
さて、調合の本はまだ早かった様なので、次は錬金……も、ダメだろうな。
調合にしろ錬金にしろ、まずは素材の知識を得ない事には始まらない様だ……書物の絵よりも現物で確認した方が正確だろうし、外へ行く時は『鑑定』をフル活用しよう。
残った本は基本魔法大全か。
古い本なので情報の鮮度もそれなりだからと、少し安くしてもらったけど、この世界の魔法の知識は皆無なのでありがたい。
「まずは火魔法か…………火弾に火壁……おっ、炎蛇! これはカッコいいかも」
とはいえ、部屋の中での魔法実験はダメだろうと、キーシャに断りを入れてから中庭に移動する。
軽く火弾や火壁を試した後に、本命の炎蛇を…………動かないな。
ああ、俺が動かさないとダメなのか。
日本で見た動画を思い出しながら、左右にうねうねと動かす……ふむ、中々リアルに動かせるもんだ。
でも、結局は自分で動かさなきゃならないなら、何も蛇じゃなくても良いよな。と、四足動物や鳥類も試してみる……さながら炎の動物園だ。
ふと、人型は? と試してみたが、これはダメだ……怖すぎる。
こんなのが襲ってきたらどうすればいいんだよ……やっぱり水弾? ……通り抜けた。
考えてみれば、火は物質じゃなくて現象だから物理攻撃は効かないか。
なら水壁で遮断は……出来る。押し潰して消火も可能だし、土壁でも同様に対抗できそうだな。
火人? 炎人? ……うーん、なんかかっこ悪いな。
名前はあとで考えるとして……性能もだけど、視覚的な恐怖の方が影響あるから、対人戦では有効かもな、これ。
その後も水・風・土・雷と、この世界の五大要素を試してみたが、問題なく使えた……氷は水に分類されるのか。
ただ、どの要素でも、弾・刃・壁・擬態・付与の五系統の使い方だけで、いまいちパっとしない。
「なんか、その属性だけの必殺技みたいのが欲しいよな」
火だったら高温の大火力で……爆発とか派手で良いよね。
まあ、プランは色々あるけどここじゃ試せないし、基本的な部分は押さえたので今はこれで十分だろう。
次は光・闇だけど、弾・刃・壁・擬態・付与に意味はあるのか?
光の方は照明にも使うし、死霊系には有効そうなイメージだが……闇は謎だな。
……いちおう使えたけど。
光を付与した光の剣に、闇を付与した闇の剣……まあ、ちょっと良いかもね。
最後に空間魔法の『星』と、重力魔法の『月』か……これらは名前が変わっただけで、効果は勇者時代に使っていたものと同じ様だ。
でも、空間魔法を付与した魔法の鞄は『収納庫』や『食料庫』のカモフラージュとして使えるな……これは採用。
あと、どの属性にも割り振れなかった無属性ってのもあるけど、身体強化とか感覚強化とか、五歳児にはちょっと扱い辛いものが多い。
結局、本に載っている魔法は全部試したけど、珍しい使い方は擬態系だけだったな。それでも、どんな魔法が使われているのかが分かったのは大きいか。
まあ、読んでいたのは基本魔法大全なので、どこかに応用編の本もあるのだろう。
ふう、ずっと伸ばし伸ばしにしてきた魔法関連も片付いたし、次は……。
と、その前に、太陽の位置的には昼を少し過ぎた辺りなので、自室に戻る前にちょっと厨房によって何か無いか物色を。
「おや、ルクシアール様、どうしました?」
「ちょっと小腹がすいたので、何か無いかなーって」
「そうですね……」
バーノンが居たのでお任せにしようかな……ん?
「このジャガイモどうしたの?」
「ああ、昨年取れた分が悪くなりそうなんで……ほとんど俺ら使用人の賄い用ですけどね」
「そっか、……あれは? 揚げチポリ。リトナさんから聞いてない?」
「ああ、そういやそんな事も……ただ、良く分からなかったんですよね」
いつ出るんだろうと思っていたけど、食卓に上がらなかったのは説明が下手だったからなのか。
「えっと、小麦粉と塩はあるよね?」
「ええ、それ位ならありますが」
「じゃあ、今から作ってみる?」
と、急遽、揚げチポリを作る事に。
皮むきとかは面倒なので、綺麗に洗って土を落とし、芽が出ている部分を取っていく。
ここでキーシャとメルアが来たので選手交代、俺は監督に……子供は邪魔だよね。
洗い終わった物をバーノンが細切りにしていく……最初こそ手間取った物の、慣れたあとの手際の良さはさすが本職と言った所だ。
一度水にさらし、笊でしっかりと水気を切り、小麦粉を全体にまぶす。
途中から俺も手伝ったけど、やはり大人の作業量にはついていけないな……。
出来上がった物を揚げる作業は危ないので、さすがに俺は手伝わせて貰えなかったけど……うん、香ばしい匂いがたまらん。
揚げ終わった物に軽く塩をまぶせば、揚げチポリの完成―!
「どう? 美味しいでしょ?」
「こいつは良い。単品としてはもちろん、焼物に添えたりも出来るし、何より簡単で美味い」
「それは良かったよ。キーシャさんやメルアさんも食べてみてよ」
二人にもおおむね好評だった様で、チポリを二十個ほど使って作られた揚げチポリは半分以上が無くなった。
こうなるとハンバーガーが欲しくなるけど、挽肉はあるし他の材料も全部手に入るから、誰かがその内に考え出すだろうさ。
帰省の為に、次回は年明けになりそうです。。。




