15.五歳
――月日は流れ、俺ことルクシアールも五歳となって数ヶ月、季節は夏を迎えた。
「ディル兄さまはもう着いたかな」
「大丈夫でしょ。入学式も終わってんじゃないかな」
姉ウルトの問いに当然の如く答えるが、馬車で片道一月掛かる道程なので、不安になる気持ちも分かる。
この国の貴族の子は、十三歳になると国内に数箇所ある貴族学校に、三年間通わなければならない。
もちろん家も例外ではなく、長男のシーザーが二年前に、続いて次男のディルも今年入学した。
今頃は、兄弟との久々の対面を果たし昔話でもしているだろうさ。
数え年では無いから少し違和感があるけど、うちはみんな夏以降の生まれで歳をとった翌年の入学になる。
当然と姉も俺も同じ道を辿るのだから慣れないとな。
「そっか、そうだね。それで今日は何するの?」
……切り替え早いな。
「たまには、お姉ちゃんが決めても良いんだよ?」
「うーん、『りばーし』は夜にやるから、川にいこっか」
「家から出るなら、誰かに頼んで付いて来てもらわないと……」
姉は七歳、俺は五歳になり、上の二人も居なく退屈だろうと、大人が同伴であれば敷地内から出る事も許される様になった。
さすがに村まで行く事は禁止されているが、それでも行動範囲は数百メートル程まで一気に広がった。
「おや、ウルティアナ様にルクシアール様、こんな所にどうしました?」
中庭方面に移動した所で声を掛けてきたのは、今の洗濯&買出し担当のメルア。
恰幅の良い体格で、歳は三十後半だったか。秋になると、実家の手伝いの為に帰省するので年中いる訳ではないが、俺が生まれた時にはすでにここで働いていたのでベテランの域だ。
そしてリトナは…………。
「リトナちゃんなら、ついさっき休んだ所だけど……呼びますか?」
「ううん、リトナさんに用があったわけじゃないから」
リトナはサリスの後を継いで夜番となり、今ではレアキャラとなっている……頑張れ。
そしてサリスは日中の掃除&雑務担当になり、顔を合わすのが日常になった。
「そう? 何かあったらサリスちゃんに話すと良いですよ」
「うん、ありがと」
で、そのサリスは…………居た。
「サリスさん、少し良い?」
「これは、ウルティアナ様にルクシアール様、いかがしました?」
「川に行きたいんだけど、大人が一緒じゃないとダメだからー」
と、姉が説明してくれたので、俺は黙っている事に。
しかし、メルアの時は黙っていたのに……姉は何故かサリスには懐いているんだよな。
「かしこまりました。それでは準備しますので、玄関の所でお待ち頂けますか?」
「うん、よろしくー」
以前は接点も少なく暗い印象だったが、今はがらりと変わり、その茶色寄りの金髪も心なしか輝いて見える。……ちなみに領兵の方との結婚が決まっているんだよな。
◆
川は正面の門を抜けて真っ直ぐ、緩やかな坂を百メートル程下った先にある。
未開地との境にある大河から開拓時に引き込んだ支流、更にそこから延びる用水路なのだが、長い年月を経て自然の一部と言った様相になっている。
「少し前の長雨で濁ってるかと思ったけど、大丈夫そうだね」
そう言っている間にも姉は靴と靴下を脱ぎ、すでに川に入っている。
水深も三十センチ無い程度だし、流れも穏かなので特に危険は無いだろう……多分。
見ているだけではつまらないので、姉に次いで俺も川に入り、足裏に感じる石ころの感触を楽しむ……大人だったら足つぼ同様に悶絶しているだろうな。
お、水晶…というか石英と俺が呼んでいる『ロスピーロ』を発見。
雑貨屋に売っていた、六角柱の結晶体がロスピーロって名前だったので、そういう訳にしているが……。
しかし、増水時に流れてきたのか、『鑑定』を使いながら川底を見ていると、何個かの石英が見て取れる。
「なにそれー!」
「小さな粒だけど、薄紫色で綺麗だよね」
確か紫水晶はアメシストだったか? 放置していると色が変わるとか褪色するとか。
何回かここには来ているが、大抵は不透明の白色や褐色だったりするけど、紫の物は初めて見た。
実は、大量にあればガラスとかに出来るかと思ったけど、窓ガラスの分を集めるのが大変そうなので、このプランは廃案にしたという過去がある。
「また、ルクス君だけずるい!」
「またって何さ」
「リソトープもルクス君だけ見つけてたもん!」
ああ、そう言えばそんな事もあったな……。
「じゃあ、これもお姉ちゃんにあげるよ」
「いや、わたしが自分で探す!」
と、勢いよく川の中ほどへ……まあ良いけどさ。
「サリスさん、これ、どこかにしまっておいてくれる?」
「紫水晶ですか……かしこまりました」
「それってどんな石? 何かに使えるの?」
「一般的には装飾品ですかね、指輪とか首飾りとか。このままではなく、磨いて宝石にしてから使用します」
「そっか、僕には必要ない物か」
装飾系には興味が無いんだよな。もう少し大粒の結晶であれば、原石のまま棚に置いて飾るのもありだけど。
その後も『鑑定』頼りに、もう何個か拾い上げてみたが、どれもこれも似たようなサイズだったので、姉の近くにさり気なく落としておいた。
「だめだよー、ぜんぜん見付からない……」
くそ、作戦失敗……。
「さっき、そこらへんでキラッと光ってたよ……小魚かもしれないけど」
「本当?」
「石の間にあるかもしれないから、少し石をどかしてみた方が良いかもよ」
「わかった!」
まだ確認していない石英の場所を教えて、さっき姉の周囲に撒いた物を回収していく。
ついでに毎回やっている白・緑・茶色の石を拾い、岸に集めておく……今回のでだいぶ集まったな。
「あったー! ルクス君あったよ=!」
ようやく見つけたのか……と、摘まんでいるのは子供の小指大はありそうな大きい物だった。
「おおー、お姉ちゃん凄いよ」
「そうですね、これほど大きい物は希少だと思いますよ」
「そうでしょー、やっと綺麗な石を見つけられたよ」
『鑑定』で見てみると評価は十段階で『八』、中々の上物だな。
……元々『優』とか『劣』とか、かなり曖昧な鑑定表示だったので、『創造』で十段階評価に改造したが、こんなに良い評価が出たのは初めてだ……。
◆
「ねえ、ルクスくーん、そろそろ帰ろうよー」
「…………うん」
あれから、ほんの少しだけ探してみたが、最高で『六』か…………まあ、別に宝石とかに興味は無いし、他の石を探すついでだったからどうでも良いんだけど。
ともあれ昼も過ぎた頃だし、サリスから布を受け取とって足を拭き、靴下を履いて紐を縛る。
ゴムが無いから衣類の殆どが紐で縛る構造で、夏用の靴下も例外ではなく若干面倒だ。
冬用は毛織で少しは伸縮性があるんだけど、さすがに今の季節は履けないからな。
「ふう、これで帰りの準備も……」
積み上げられた白や緑、そして茶色の石が目に入る……まあ、何往復かすれば持ち帰れるだろう。
「ルクシアール様、こちらをお使い下さい」
そう手渡されたのは、革で補強された頑丈そうな雑嚢。
積んだ石を右手で拾い上げて、水魔法で洗浄。左手に持ち替えて、火と風の魔法で温風乾燥と繰り返し……そうして全ての石を鞄に詰め終える。
確かに全部入ったけど……凄く重い。
こっそりと収納庫に入れてしまおうか。いやいや、出来ればばらしたくないから別の方法を……。
「ルクシアール様、お持ちしましょうか?」
ぐ…………。
重たいから女性に持ってもらう? 馬鹿な、それは男として受け入れられないよ……。
なんて、フェミニスト気取りって訳じゃないけど、自分の尻は自分で拭きたい。
「いや、うん、大丈夫だよ」
身体能力的に難しいのは承知済みだから、やっぱり魔法だよな。
重さ……重力……………………飛行魔法か。
飛行魔法を使って浮かび上がる直前で止めれば……と、早速試してみたが、どうやら上手くいった様だ。
勇者時代にも装備だけ重いままなんて事は無かったし、もしかしたらと思ったけど。
「急に軽やかになりましたけど、本当に大丈夫ですか?」
「なんだかルクス君がフワフワしてるー」
ちょっと加減を誤った様なので、少しだけ重力軽減を弱める。
少しきついが、自分の蒔いた種なのだから、これくらいは我慢しないとな。
「はあ、やっと到着か……家の前の坂を、こんなにもキツいと思ったのは初めてだよ」
「お疲れ様でした、ルクシアール様」
「サリスさんも付き合ってくれてありがとう」
「いえ、また御用がありましたら申し付け下さい」
と、サリスが裏口に向うのを見送ってから家に入る。
「二人とも、おかえりなさい」
「お母さん、ただいま」
「お母さま、ただいま帰りました」
「ええ。……そうそう、ルクス。あなたの部屋の準備が出来たみたいよ」
「本当? 行ってくる!」
「わたしも行くー!」
母屋に余分な空き部屋はないので諦めていたけど、離れにある倉庫の一室を自室に出来るよう父が取り計らってくれた。
一階には空き部屋が幾つもあるけど、基本的には来客用だし、そもそも一階自体が人に見せても良いスペースで、二階の生活空間とは別物になっている。
最近増えてきた私物も、都合上空き部屋になっている兄達の部屋に置かせてもらっていたが……これで心置きなく物が増やせる!
「わあー広いねー」
「ウルト? ルクスも来たか。ちょうどいまベッドが組み上がった所だよ」
組み上げたのはハストだけどね。
「これ、買ってきたの?」
「いや、屋根裏部屋にこういう使わない家具とかが保管してあるんだ」
「……屋根裏」
父と姉のやり取りを聞きながらも、部屋に設置された家具を見てまわる。
「ルクシアール様、如何でしょうか」
「うん、大切に使うよ、ありがとう」
全ての家具を組んでくれたであろうハストには感謝しかない。
「何か不足な物はございますか?」
「うーん、上で作業が出来る様な机か板が欲しいかな」
「作業台ですか……」
「うん。あそこに机はあるけど、あれを傷付けたりしたら勿体無いでしょ? だから、ボロボロでもいいから傷が付いても問題ない様なのがあれば良いなって」
「なるほど……そういう事でしたら見てまいりましょう」
お手間をお掛けして申し訳ない。
「なんだ、それならルクスも屋根裏部屋に行ってみるか?」
「お父さん、本当に良いの?」
父さん、それは良い提案だ。どんな物があるのか一度見てみたいと思ってたんだよ。
「ルクス君、ダメだよ! 屋根裏部屋に行ったら食べられちゃうんだから!」
「え? そんな事は無いと思うけど……」
と、姉の発言に理解が出来ないと、父とハストの視線が俺に集まる。
まあ、この発言の示す所を俺は知っているけど。
「……前、家の中を探索してた時に屋根裏に続く階段を見つけたんだけど、その時一緒にいたお母さんが、上がろうとしたお姉ちゃんを止める為に『屋根裏にはこの家の守り神様がいて、大人の大きな体は大丈夫だけど、小さい子供が入ってきたら食べちゃうのよ』って……多分その事だと思う」
「そうなの! だから、わたしよりも小さいルクス君は食べられちゃうの!」
純粋なのかアレなのか……。
嘘だと言っても聞かないだろうし、嘘と理解して勝手に上がる様になってもな。
「……そう言えばそうだった、僕が上がったら大変な事になる所だったよ」
「もう、危ないところだったんだからー」
その内、恥ずかしいエピソードとして語られる事になるだろうが、今はこれでいいか。
その後、ハストが持ってきた机は要望に叶った物で、簡易的だが頑丈そうな作業台が俺の部屋に設置された。
さて、次は私物の搬入か……父の私室に置かれている服に、兄達の部屋に置いてある石とか本とか、……それ位か。
そうこうしていると「ルクシアール様、宜しいでしょうか」と、サリスとメルアが布団などを運び込む。夏仕様だから大した量は無いけど、子供の俺じゃ運べないよな。
「そういえば、板の魔道具って今はどこにあるの?」
「一階の倉庫にありますが、お持ちしましょうか?」
「うん、お願い」
あの板……じゃなくて重力魔法の魔道具があれば、俺だけでも私物の搬入が出来る。それに、燃費が悪くて他の魔道具よりも使い勝手が悪いが、常時魔力供給できる俺が使う分には何の問題もないからね。
――そして夜。
思えば、この世界に来て初めて一人で寝るのか……。
誰にも気を使わなくて良い開放感と、ほんの少しの心細さ。こんな感覚も懐かしいな。
しかし、これで久しく出来なかった自身の確認が出来る。
日中は姉、夜は隣に父が居たから不審な行動は取れなかったからな……。
早速『加護』と心の中で唱えると、目の前にはこれまでに賜った加護がウインドウ表示される。
創造神様に、風と自由の神ベンク様、それと土と財貨の神テアル様。創造神様の加護は内緒にしておきたいので、ベンク様とテアル様だけ表示する『加護・二』を用意して……。
――加護に関してはこれ位しかやる事がないんだよな……加護って何なのか未だに良く分からないし。
次は『恩恵』、……先程と同様にこれまで賜った恩恵、もとい技能がウインドウ表示される。
最初に賜った『創造』『収納庫』『鑑定』、これらは創造神様に由来する物なので、加護同様に非表示側だな。
次にベンク様から賜った『風魔法』と『回避』、これは表示してもOK……テアル様から賜った『土魔法』と『石工』も大丈夫かな。
あと、いつの間にか増えていた『釣り』『製図』『魔力操作』も、問題無いだろう。
最後に、『創造』で『収納庫』を改造した『食料庫』。
これは生きている物を収納出来ないという欠点を改良した物で、製作当初に入れた雑草は今でも青々としているし、同時に入れた虫も取り出せば普通に動き出す。
生命を入れられないのは時間停止が起因では……と考えて、試しに作ってみたら上手くいったと言う偶然の産物だが、上手くいったのだから使わせてもらっている。
……雑草や虫が食料かと言われれば少々思う所はあるが、勇者時代にはそれすら食べなきゃいけない状況もあったし、俺の認識としては非常食扱いなんだろう。
一応、生きている人間や獣人を含めた人種は入れられない様にしている。何と言うか、精神衛生上、良くないと思うんだよね。
ともあれ、時間の流れを一億分の一に設定してあるので、俺が生きている内に収納物が腐敗したりする事は無いだろうな。
……これは当然非表示だ。
開示しても良い物は『恩恵・二』にして……と、ここで欠伸が一つ。
やりたい事はまだまだあるけど、今日の所は素直に眠る事にする――。




