14.決着
「これで最後ですねー」
買出しを終えて屋台巡りへと来た訳だが、俺と行動する事によって得られる報酬の『ちょっと豪華な昼食』が無くなる事を嘆いている様だ……。
ストーブ関係は大詰めだけど、今作ってもらっているリバーシはこれからなので、また村へ来る事はあると思うが……それば黙っておこう。
「じゃあ、今日はリトナさんの食べたい物を買うといいよ、全てお任せします」
「本当ですか? それじゃあ――」
……今までの食事量じゃ少なかった様だな。
「お腹一杯になった?」
「はいっ」
うん、良い笑顔だ……しかしその対価は決して安い物ではなかった。
えーっと、木工屋に払うのが小銅貨二十五枚と、商業組合への登録が銅貨三枚だったから……うん、まだ多少の余裕はある。
父さんに資金の補充をしてもらっておいて良かったよ。
「どうしようか、木工屋さんはもう出来たかな」
「まだそれ程経っていませんし、先に雑貨屋で買い物をした方が良いかもしれません」
確かに……。
間を空けずに行っても急かしている様で悪いし、ここはリトナに従って雑貨屋に行くか。
例の如く、まずはビスケットを大量に買い込み、必要量を確保した後に店内を物色する。結構な頻度で来てはいるが、雑多な店内は見ていて飽きないんだよな。
暫くして、頃合も良さそうなので木工屋へと向かう事にする。
「こんにちはー、先程注文した者ですが出来てますかー」
「ああ、坊やか。出来ているよ、確かめてみな」
駒は勿論、盤の方も問題ないな。
「しかし、作ってから聞くのもあれだが、これは何に使う物なんだ?」
「うーん、それは後で教えるとして、まずはお金の支払いと……そうだ名前、僕はルクシアールです。お姉さんは?」
「私かい? 私はベルナールだよ、ルクシアール君」
「それじゃあ、ベルナールさん、また後で来たいんだけど、まだお店閉めないよね?」
と、小銅貨二十五枚を渡し、「日暮れまではやってるよ」との返答を確認してから商業組合へと移動する。
そのままストーブと同じ様に登録し、再度ベルナールの店へと赴く。
「ベルナールさん、さっきはばたばたしてしまってごめんなさい」
「いや良いさ、坊や……じゃなくてルクシアール君だったね」
「ルクスで良いですよ。それで、先程作ってもらった『リバーシ』の説明に来ました」
「ルクス君だね、私もベルで良いよ。それで『りばーし』だったか、……結局あれは何に使う物なんだい?」
そんな疑問を手っ取り早く解消する為に、盤の中央四マスに白と茶色の駒を互い違いに並べ、早速ベルと対戦をする。
「まずはベルさんの番、僕の白い駒を挟む様に手持ちの駒を一枚置いて……そう、そうすると挟まれた僕の駒はひっくり返って茶色の駒、ベルさんの駒になる」
「ふむふむ……」
「今度は僕の番だから白でベルさんの駒を挟んで、挟まれたこの駒が白に変わる」
「こうやって交互にひっくり返していくのか」
「うん、それで最後に自分の色の多い方が勝ち……分かった?」
「なるほど……これは斜めも良いのかい?」
「うん」
基本的なルールを教えながらも手を進めていく……ルールと言っても物凄く簡単だけどね。
「ああ、ルクシアール様の駒が一個に!」
「ふふん、これは早々に決まりそうだね」
リトナもベルも……そんなお決まりの反応をして。
白一色に染める事もできるけど、圧勝する事が目的じゃないので、良い勝負を演じつつ僅差で俺が勝つ様にコントロールして……。
「ああ、あと数枚だったのに!」
「よかった、ぎりぎり勝てたよー。次はリトナさんもやってみる?」
と、今度はベル対リトナのゲームを観戦する。
こういうのって、ルールが単純なほど熱中しやすいんだよな。
「やった! ほら、ルクス君! 見てたかい? 勝ったよ勝った!」
「ああー、途中までは私の方が多かったのにー」
楽しそうで何よりです。その後、二人で数回対戦し、気力切れか漸く落ち着いた。
「どう? 面白かった?」
「そうだね、うん、面白かったよ。もう一度……いや、何度もやりたくなってしまうね」
「そっか、それは良かった……それでね、さっきこれを商業組合に登録してきました」
「ん? …………あっ……」
「そう、これは僕の物だから持って帰ってしまう。ベルさんがもう一度やりたいと思っても、手元には無い。しかも登録されているから、似たような物を作る事すら出来ない」
「そんな…………」
「やりたい、でも出来ない。作り方は知っているのに、そもそもあれは私が作ったのに……気付くと机に円形の木片を並べている……」
…………
ちょっとふざけ過ぎたか、ベルは呆けた様な表情のまま空を仰いでいるので本題に。
「と、まあ、おふざけはこの辺にして、僕と契約をしてリバーシを作ってくれませんか?」
「……え?」
「僕はこれを色々な人に楽しんでもらいたいけど、作る事が出来ないのでベルさんにお願いしたいんです。……ちゃんと一組毎に銅貨一枚半を支払いますし、どうですか?」
「先程は驚かされたが…………分かった、製作を請け負おう」
「よかった、ちょっと悪ふざけが過ぎたので」
「ただ、私にも本業があるから、手が空いている時だけになってしまうが、それでも良いかい?」
「ええ、もちろんですよ」
その後はストーブと同様にリトナが書面を作り、俺とベルさんの署名をする。
「それじゃあ、作るのはお任せしますね」
「ああ、次来る時までに何組かは作っておこう」
ベルの店を後にしての帰り際、商業組合に寄って契約書の内の一枚を提出する。
「これで作ることに関しては、これで一段落かな」
「これも旦那さまを通して、商業組合で販売を?」
「そうだね、お父さんに任せれば大丈夫だと思うよ」
場合によっては、このリバーシも交渉材料にすればストーブの方は上手く行くだろう。
後は俺の身の安全の確保か。
村からの帰路、自衛策を考えるも結論は一つしかなかった。
「魔法の練習でもしようかな」
「急にどうしたんですか?」
「ほら、僕が体を鍛えた所でたかが知れてるでしょ? 三歳だし」
「まあ、そうですね」
「一応短剣を持たされてるけど、僕が装備した所で大した効果も無いでしょ?」
「……まあ、はい」
「そこで魔法なら、練習すれば自衛程度には使えるんじゃないかなって」
三歳児が、殺傷性のある魔法をがんがん使うのは不味いと思って、空調とか乾燥にしか使わなかったけど……多少はやっておくべき状況だろう。
「あまり危ない事はしないでくださいよ?」
「うん、痛いのとか苦しいのは嫌だからね」
リバーシに時間を取られたせいか、家に着く頃には日もだいぶ傾いていた。
父はまだ帰ってきておらず、夕食時になって漸く帰宅。疲労困憊といった感じだ……申し訳ない。
「ルクス、ちょっと良いかい?」
「うん」
食事の後で父に呼ばれて執務室に。
机に広げられた資料を盗み見たが、どうやらあと一歩といった所か。
「やはり小銀貨一枚は難しいみたいだよ」
「そうなの?」
「ストーブの制作費、銅貨九枚は動かせない。ここに、設置する費用と大工の利益を載せるとどうしてもね」
窓枠に嵌める部材とかか……それは削れないな。
「あとは輸送費とかも掛かってしまうし……最終的には小銀貨一枚半といった価格になってしまうんだ」
「輸送費?」
「ほら、ここで作って色々な所に送るのに、馬車とか護衛とか色々とね」
そんな物は掛からないだろうに……おのれ、商業組合。
分かっていてやろうとしているなら悪質だし、分かっていないのならば組合として無能も良い所だ。……絶対に前者だろうけど。
「輸送……運ぶ……蝋燭と一緒だね」
「蝋燭? 何が一緒なんだい?」
「一箇所で火をつけて持ち運ぶのは大変だなって。その場で火をつければ楽だよね」
「ん? …………持ち運ぶから大変か……その場で…………ここで作って運ばずに、運ぶ先で作ってしまえという事か、なるほど……それなら」
図面だってあるし、製作のノウハウと指導はドラッツ親子に任せれば良い。職人は組合員が各地に居るだろうから、人員不足に陥る事は無いだろう。
「あと、今日、こんなの作ったよ」
と、リバーシを持ち出し、説明も兼ねて父と遊ぶ。
「これで銅貨一枚半か、もっと高くても売れそうだけどな」
そうだね、そしてストーブを安価で売る補填に、リバーシの利益を回せば組合も納得すると思うよ。
と、子供が説明する訳には行かないので、何とか気付いてください。
父は国にも連絡を入れている様なので、多少なりとも援助はあるだろう……愚王で無ければの話だけど。
まだやれる事はあるけど、あまり口を出すのもな……兄のシーザーに話をして、そこからヒントを送るのもありか。
リバーシに関してはリトナが知っているし、製作自体も難しくないから何とかなるだろうし、あとは纏められた書類にサインするだけか?
製作とか販売の許可とか、なんか大量の書類が来そうな予感がするけど、そういう決済の権限も貸与とか出来ないのかな。
はあ、あれこれ考えるのも疲れたし、とりあえず今日はもう寝てしまおう。
◆
――あれから、雪の合間を縫って何度か村に行き、数十枚の書類に署名した。
屋敷の方に呼び出しても良かったんだけど、屋台での食事と天秤にかけると村に行くメリットの方が大きいから、寒い中の外出も吝かでは無い。
しかし、契約も無事にまとり、ストーブの量産や流通も商業組合のお陰で目処がつき始めた頃、国が介入してきた事により事態は一変する。
凍死者数の削減にと、ストーブを国策として扱いたいと打診してきた為だ。
父は即座に賛成したが、それに不満を持ったのが商業組合。まあ、これまでの苦労はなんだったんだよ! と、俺も言いたいけどさ。
それに、幾度もの会議を繰り返し、漸く確保した利益を横から掻っ攫われる形となるのだから、不満があるのは当然だ……が、ここは穏便に、リバーシの製造と販売の一任で納得してもらった。
俺としては、今後の事を考えると国策にして正解だったと思うし……ストーブの生産によって、鉄は分かるとしても銅や銀までもが高騰するとは考えが及ばなかったよ。
父さんも心身ともに疲弊していたしね……。
そんな感じで色々と苦労はあったけど、ストーブは国に、リバーシは組合にと丸投げ出来たのだから、俺にとってもベストな結果だろう。
……責任も合わせて貸与したので、頭を悩ませる事もなく、利益の一部と権利の貸与料だけ受け取っていれば良いんだから。
――そして数ヶ月経ち、年も明けた晩春。
「ああー、昨年末から春にかけての忙しさが嘘の様だよ」
「本当ですねー。色々と大変でしたが御給金も上がったので、結果としては良い事の方が多かったですけど」
「おお、それはおめでとう」
父さんは、ちゃんと利益の還元もしてくれているんだな……金を溜め込んだところで誰も得しないからね。
「それで、今日はどんな御用事で? また何か始めるんですか?」
「いやいや、何もしないよ。せっかく穏やかな日常が帰ってきたのに」
色々な事も解決したし、暖かくもなってきたんだ、もっとゆっくりしようよ。
しかし、改めて考えてみると、この騒動の発端はストーブが欲しいと思った俺で、それにみんなを巻き込んだだけなんだよな……。
リバーシなんかも作って、父を陰ながら補助した気になって、無事解決! みたいな空気を出しているけどさ。
いや、……国策になる位、みんなが改善したいと思っていた事だし、不労所得で俺も領も潤うのだからそれで良いじゃないか……そう考えでもしないと、何と言うか恥ずかしいよな、主に俺が。
「――ルクスくーん!」
ふいに遠くから聞こえた声に、リトナは馬車を止める……そのまま進んでも良かったんだけどな。
「ルクスくーん!」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
村へと向う荷馬車に乗って数分、家から走ってきたであろう姉が息を弾ませている。
「ずるい! 私も行く! 寂しいもん!」
「うん、それは分かったけど、お母さんには言ってきた?」
「…………大丈夫、……多分」
「ごめん、リトナさん。いったん家に戻ってくれるかな」
「かしこまりました、ルクシアール様」
このまま姉を連れて行ったら、俺は年下の弟だからまだ大丈夫だと思うけど、リトナはさすがに怒られるだろう。
「そういえば服の調整をしていたんじゃないの?」
「だって、休憩なのにルクス君いないし、窓から荷馬車が見えたから」
「休憩中に抜け出してきたのか……凄く怒られるんじゃ」
「だって……」
もう少しすると日中は汗ばむ季節になってくる。
なので薄手の服を出し始めたが、成長期の子供達は昨年の服が入る訳がない。
この国では、服一着あしらうにしても、そこそこの金額が掛かるし、特に女性用の服はひらひらしたのが付いているから尚更だ。
そこで子供用の服は予め大きく作られており、中に仕込まれた紐の長さを変える事で、ある程度は調整が効く様に出来ている。
その調整の最中に姉は飛び出してきた訳だ……。
「まあ、女の子は大変だよね。家の中ですら、きっちりとしていないと駄目なんだから」
「ルクス君みたいに長袖一枚でもいいなら楽なのにね」
「駄目ですよ、ウルティアナ様。そんなはしたない」
「だってさ、……僕も付いていくから、諦めて謝りに帰ろうか」
結局、俺も掴まり村行きは流れた……リトナも昼を期待していただろうと、銅貨を渡して何か食べ物のお土産を頼んだ。もちろん『美味しくないと嫌だから、多少味見はしてね』と添えて。
しかし、村行きが中止になって暇になるな。
暇な原因は色々あるけど、やはり父や兄達がいない事が大きい。
長男のシーザーが貴族学校に入る年齢になったので、昨日の内に近くの街まで父に送られていった。
街までは片道二日、そこで兄だけ学校行きの専用馬車に乗り、学校のある西都イルザーフまで行く。西都までは約一ヶ月掛かるので、今頃に出ないと来月の入学式に間に合わないらしい……片道四十日とかどんな罰ゲームだよ。
そう言う訳で、父も長男もいない。と言うか、シーザーは寮生活になるので数年会えない。
それに加えて、次男のディルは領軍の訓練に参加する為、朝早くに家を出て行った……何かと騒がしい季節だな。
「ルクシアール様、姿勢を崩さない様、お願いします」
「うん、ごめんなさい……ハストさんってこんな事も出来るんだね」
「はい、先々代様の頃より仕込まれておりますので」
何もする事がないので、俺も服の調整をしているが、男物の服は裾を合わせる程度で、ドレスの様に大変ではない……。
しかし、やってもらっているのに悪いけど、こんなごてごてした貴族服なんて着る機会無いと思うよ?
「こちらの衣装は全体的に小さいようですので、もう一つ大きい物を用意致します」
「うん、じゃあこれを脱いで待ってるよ」
そうか、この世界に来て数年、俺も順調に育っているんだな。




