11.すとーぶ
「荷台に上着がありますので、寒かったら羽織ってくださいね」
「うん、大丈夫だよ」
小雪の降る中、トラル村から家へと帰る途中、少し寒かったので魔法を使う事にした。
「あれ? なんか背中が……あ、これって噂の暖かくなる魔法なんじゃ」
なんだよ、暖かくなる魔法って……しかも噂になってるのか。
「名前の事は置いておいて、確かに空気を暖かくする魔法だね」
「一人だけずるいですよ、私も暖かくして下さい」
「いや、だから背中を暖めてあげてるじゃない」
「背中だけじゃなく、全身をお願いしたいのですが?」
「いや、それは駄目でしょ」
「え……それは、使用人だから……ですか?」
使用人だからって差別はした事無いだろうに。……多分。
「そうじゃなくてさ……そうだな、小雪が降る中を走っている荷馬車が一台、荷台の幌はもちろん、それを引く馬の頭にも薄っすらと雪が積っていた。しかし、その馬車を操っている御者には雪がまったく積っていなかったのです」
「ちょっと、ルクシアール様? 急に怖い話をしだしてどうしたんです?」
「いや、だからそれがリトナさんなんだって。魔法で全身を暖めたら頭や肩の雪が解けて、さっきの話みたくなるんだってば」
「え? ……ああ、そういう事でしたか。それなら、腰を重点的にお願いします。腰が冷えるとお腹が痛くなるので」
「はいはい」
何かと注文の多い使用人だけど、背中からお尻にかけてを暖めてあげる。
確か、女性は体を冷やしちゃいけないって……何の知識だったかな。
そうこうしている内に家へと着き、買ってきたビスケットを渡し、両親に使った費用の事など今日のあらましを報告する。
六日後まではストーブの事はお預けなので、ゆっくりとしたいな。
――なんて事を考えている間に十日が過ぎた。
「やっと村に行けるね」
「まあ、私は買出しで行ってましたけど」
村から帰ってきて五日目、雪が降って荷馬車が動かせない状態が続き、今日になってようやく村へ行く許可が下りた。
「僕の代わりに、新しい暖房の様子を見てきても良かったのに」
「雪の中、村の反対側まで行きたくありませんよ。それに私では、正直良く分かりません。何で煙突が無いと駄目なんですか?」
暇もあってか、ストーブの構造に興味を持ったリトナに説明したが、『煙突効果で新しい酸素が供給されなくなると、燃焼効率が下がって火力が落ちる』……なんて、説明できないので本当の面倒だった。
「まあ、それはそれとして、ちゃんと出来ていれば今年中にうちに置けるね」
「どこに置くか決まっているんですか?」
「この十日で色々見たけど、一階にある大広間や食堂には窓が無いから置き辛いかな。大広間には暖炉があるから、まだ可能性はあるけど」
「そうなると二階の……階段前の広間ですか?」
「それが一番可能性が高いかも」
「ルクシアール様の……旦那様方の寝室には置かれないんですか? 御自身が作った物なら近くに置いておきたいのでは?」
「いやさ、気付いたんだけど、僕、魔法があるから暖房は要らないんじゃないかって」
「…………そう言えばそうですね」
現に今も暖かくなる魔法で荷馬車を包み、リトナはもちろん馬も快適空間内に居る。
屋敷内で噂になるくらい広まっているなら、使用人を含めた家族の前だけでならと、この風魔法は解禁した。
とは言っても、色々と不都合もあるので、範囲は俺から数メートルだけにしてある。
「おお、村の屋根も真っ白だー」
今日の荷馬車も幌が張ってあるので、御者台の脇から進行方向の景色を楽しんでいる。
「数日前は地面も真っ白で、歩いてここに来るのも大変だったんですよ? でも、実家のあるヒキト村を思い出しました」
「歩いて村まで来て……あの小さな樽を抱えて帰ってきてたの?」
「そうですよ? ルクシアール様がいるから荷馬車ですけど普段は歩きですから」
そういえば、前にそんな話をしていたっけ。
「まずは鍛冶屋で良いんですよね?」
「うん、最初に行ったほうが良いと思うし、よろしく」
所詮は三歳児、リトナの様に村まで徒歩で来る事は禁じられていた。連絡しているとは言え、約束した日から四日も過ぎているから、最初に顔を出すのが筋だろう。
「おう、坊主。ようやく来たか」
「父さん、そんな失礼な」
「いえ、大丈夫です。こっちも遅くなってごめんなさい」
店の扉を開けるとエルバとドラッツの二人が出迎えてくれた。
「それで、どうですか?」
「最初に作ったのは、悪いがうちでもう使ってる。作るのに掛かった日数は五日半で……ほれ、あれだ」
「うん、大丈夫そうだね」
飾り気のない簡素な物だが、機能的には問題なさそうだ。
ん? 最初に作ったって……と思っていると「で、量産の方だが、四日で二個だな」 と、奥から完成品を二個持ち出してきた。
「え? もう量産したの?」
「雪のせいで時間が出来たからな……慣れたらもっと出来るかもしれないが、余裕を持って作るとなると、これが限度だ」
エルバの話を聞くに、同じ部品を二個ずつ作って最後に組み立てる方法をとった様だ。だから二日で一個ではなく、四日で二個という訳だ。
「これなら、材料費と諸経費の銅貨八枚に加えて、私たちへの報酬……制作費銅貨一枚を加えても、一つ銅貨九枚で作れます」
「おお、すごい!」
「これなら、一年頑張れば買える金額ですよ」
リトナの発言で我に帰る……費用の捻出に一年も掛かるのか。
「とりあえず、この二つは持って帰って……あと二つ出来ます?」
「ええ、渡された資金にはまだ余裕はありますが、登録がまだですので早めに済ませた方が良いですよ」
「……登録?」
「ええ、これはどういう物で、誰が考えた物かと組合で登録するんです。売りに出す場合や、真似されない為にはやっておいた方が良いかと」
ああ、著作権みたいな物か。って事は、すでに登録されていたら著作料を払わなくちゃならない訳だ。
どちらにせよ、商業組合には行った方が良さそうだな。
「いらっしゃいませー、商業組合へようこそ……ってエルバさんとドラッツさんでしたか」
「おはようございます、ミラさん」
「おはようございます、それで今日はどの様なご用件で?」
元気良く出迎えてくれたのは、くるりと捻じれた茶色い角の生えた女性だった。
俺の中では羊の角だけど、ここでは確かクラピレーダンとか言う動物の物だったか。ギアニカに居た魔族にも同じ様な角を持った個体もいたし、なんだか複雑な気分だ。
「今日は登録をお願いしたいのですが」
「おや、新しい調理器具でも作られましたか、是非とも使用させて頂きたいですね」
「いえ、私ではなく、こちらの方でして……」
「ああ、ルクシアール様とリトナさんですね、初めまして。商業組合オロント支部のミラ・トトスと申します。以後お見知り置きを」
これだから商人は……知らない振りして知ってたり、そのまた逆もあったりで気味の悪い事この上ないな。どこまで情報を掴んでるんだか……。
「うん、おはようございます。とうろく……というのをしに来ました。よろしくお願いします」
「これはご丁寧に、こちらこそ宜しくお願いしますね」
まずは登録手数料の支払い……銅貨三枚も掛かるのか。
で、提出用の本体と三面図はエルバが用意してくれたので、とりあえずはミラの言う通りに書類へ記入していく。
考案者は俺の名前を、製作者はエルバ、ドラッツ両名の名を。用途は……屋内外両用の暖房器具と……品名はそのまま『すとーぶ』で良いか。
「へえ、その御歳でもうイラデオ文字どころか、ロフシート文字まで扱えるのですね」
文字を書く為に下を向いているが、頭上からミラが発したそんな言葉に『観察されている』と思うのは気のせいだろうか……。
「お父さんとお兄ちゃんに教えてもらったからね」
「そうですか、御兄弟にも劣らない才覚をお持ちのようですね」
「……ん?」
危なかった……「いえいえ、そんな事ありませんよ」と答える所だったよ。何となく本性を隠さなくちゃいけない気分にさせる女性だな。
「これでいいかな」
「ええっと……はい、書類への記入は問題ありませんね。次は現物の登録ですので場所を移動します」
誘導に従い、少し奥まった一室に案内される……うへぇ、魔法陣か。
これには良い思い出が無いんだよな。
「この陣の中に現物を置いて頂いて、代表者が祈りを捧げます。権利が認められれば無事に終了となりますが、類似品がある場合は、権利は認められませんので御理解を」
床に敷いてある布で何となく分かったが、やはり神様関係か。しかし、神様が著作権を判断するの? 神様も大変だな。
それに代表者か……と、周囲を見ると俺に視線が集まっていた。
「僕?」
「そうですね、大抵は考案者が代表を務めますので、ルクシアール様が宜しいかと」
そんなミラの後押しもあって、俺がやる事になったが何も問題が起きません様に。
…………
「やあ、はじめまして、ルクシアール君」
「……はい、はじめまして」
祈りの姿勢で目を瞑った瞬間にこれだ……。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ、僕は土と財貨の神テアルだよー」
「……テアル様」
ああ、姉の加護神様の御名だったような。
「そうそう、ウルティアナちゃんの加護神で、商売の神様でもありまーす」
「はい……えっと、それは分かりましたが、俺はなぜ神界に呼ばれたのでしょう……やっぱり他の世界の知識、ストーブは不味かったですか?」
「ん? ああ、大丈夫大丈夫、そういうので呼んだんじゃないから」
「はあ、それでは……」
「ベンクちゃんと色々遊んだんでしょ?」
「ベンクちゃん……ああ、ベンク様」
風と自由の神ベンク様の事か。
「遊んだと言いますか、助けて頂きまして――」
「主神様も普段は『直接関わってはいかんぞ!』なんて言ってるのにさあ」
「あの……」
「だから君なら呼んでも良いのかと思って。君なら怒られないでしょ?」
「えっと……」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと加護とかもあげるから安心して」
「……」
「それじゃ、また機会があったらね。そうそう、今度はストーブみたいのじゃなくて楽しいのが良いな」
…………
「ルクシアール様? 大丈夫ですか?」
ああ、大丈夫大丈夫。話を聞かない神様と邂逅して、ちょっと疲れただけだから……。
「うん、少しぼーっとしちゃってた」
「そうでしたか、登録は無事に終わりましたので、こちらを御確認下さい」
渡された紙は、さきほど記入した物だが、その上から赤い色の文字で『受理』と……って、判子だよなこれ。そして下部には権利の期間などと共に、『神様が権利を保障しますよ』的な事が書かれていた。
「この十五年と言うのは……」
「ルクシアール様の持つ権利の期間ですね。この期間以内はルクシアール様の許可無く、複製品や類似品の製造、販売、それと破棄が出来なくなります」
「破るとどうなるの?」
「大抵は商業組合が取り締まりますが、あまりにも悪質ですと、最悪の場合は『雷と秩序の神メルス様』に罰せられます」
こわっ、神罰じゃないかそれ。
「えーっと、この後はどうすれば良いの?」
「受理されましたこの書類の写しを取らせて頂き、終了となります」
これでやっと終りか……なんか疲れた。
全員で最初に居たホールへと戻り、ミラは写しを作る為に奥へ。少し待たされるみたいだな。
しかし、土と財貨の神テアル様か、風貌や言動も子供みたいな神様だったな。人の話を聞かないし。
「それにしても『すとーぶ』って名前にしたんですね」
「変? なんかストーブって感じしない?」
「うーん、言われてみれば……すとーぶ、ああ、なんかそんな感じがしてきました」
リトナは詐欺とかにあっさりと引っかかりそうで心配だな。
と、少ししてミラが小走りで戻ってくる。
「お待たせいたしました、こちらの原本はルクシアール様がお持ち下さい」
「はい」
「これにて登録は完了です、お疲れ様でした」
ミラから原本を受け取って……ふう、やっと終わったか。
「ルクシアール様、私共は製造、販売、流通にも精通しておりますので、御入用の際は是非とも当組合を宜しくお願いします」
「…………はい」
そういうのは父に任せるつもりなので、三歳児に営業をかけないで下さい。
商業組合から金物屋へと戻ってきて、これで一息と思ったら今度は契約書作りらしい。
ストーブが登録された事により、ドラッツ親子が製作するのにも契約を結ばなければならなくなった……神罰は怖いからね。
簡易的な文章だが、製作の許可と俺とドラッツ親子の署名を。署名には血を垂らしたインクを使用する事により、偽造防止になる様だ。
神様が契約を掌っているのなら、こんな事をしなくても大丈夫そうだが、儀式的な物なのだろうと、この世界の慣例に従う事にする。
「ルクシアール様、契約用の筆記油を買ってまいりました」
「はいはい、それに血を一滴落とせば良いの?」
同じ文言の契約書を四通用意し、署名した各々が一通ずつ、残りの一通を組合で保管してもらうようだ。
「新王暦一一三八年……星の月、三十三日。ルクシアール・ディアレ……っと。これで良い?」
「はい、大丈夫です。これでエルバさんとドラッツさんが作る分に関しては、何の問題ありません」
エルバやリトナがこういう事を知っていて良かった。組合を頼っていたら、またあの女性に観察されるからな。
組合への提出もエルバに任せて、俺達は買出しと昼食へ行く事に……。
「あ、失敗した」
「えっ!? 何か不備がありましたか?」
「いや、不備って程じゃないんだけど、ストーブの製作依頼を四個にしておけば良かったなって」
「はあ、……そんなにお屋敷に置くので?」
「いや、今日は三十三日でしょ? 二個作るのに四日だから、四個で八日……」
「…………ああ、収穫祭」
「そうそう、時期を合わせれば、堂々と来れたなーと思ってさ」
この世界の一年は九ヶ月で、一ヶ月は四十日。月と月の間には休息日が一日あり、時期によっては祭りや大きな市が立つ日でもある。
あと数日で『星』の月が終り、その後の休息日には年内最後の祭りである収穫祭が、ここトラル村でも行われる。
「次来た時に、もう二個頼めば良いのでは?」
「うーん、次の二個が出来たら、僕が口を挟める事が無くなるんだよね」
「えーっと、良く分かりません」
「作るのは鍛冶屋さんでしょ? もっと良くするのも二人だし、もう僕に出来る事が無いので村に来る理由も無くなるのです」
「そんな、……私のお昼が」
「まあ、今日と次の二回はあるんだから。ほら、買出しを済ませて美味しい物を探そうよ」
失意のリトナを励ましつつ、まずはいつもの商家に買出しへと向う。
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